思索

    ♤


 肌寒い外へと出ると、俺は振り返って聖堂を見上げていた。


「この国は宗教国家で、わたくしは南東部のこの街のシスターです。その中でも巫女神官という特別な役職で先ほども言ったとおり、この聖堂の管理をしています。」


 クランフェリアは丁寧に話を続ける。


「普段は聖堂の一般解放をしていませんが、今日は一年十四ヶ月に一度の特別な生誕祭ですので、数時間後にはこの聖堂で礼拝が行なわれます。」


 ゆっくりと歩き出して彼女が生活しているという母屋に移動すると、中へ迎え入れられた。

 屋内は暖かく整然としていて、彼女がとても几帳面で真面目な性格であることがわかる。

 客間に案内されて椅子に座るように促される。


「今、お茶を淹れますのでゆっくりくつろいでいてくださいね。」


 部屋の中を見渡す。

 必要最低限の家具を揃えた質素なもので小物が綺麗に並んでいる。

 雰囲気が良く、落ち着ける部屋だった。


 あまり眺めるのは失礼だと思い、大人しく座って懐のタグを取り出してみる。

 タグを手の内でもて遊んでいると、記憶がなく焦りもある中で少しだけ考える余裕が出てきた。



 ふと彼女に目を見やると、お茶の他に食事でも用意しているのか歩き回っている。


 彼女はとても小柄だった。

 並んで立つと彼女とは頭一つほどは差があったように思う。

 ベールを外して髪を結んだようで、先ほどとは違った可愛らしい印象になっていた。

 ケープを羽織っている時には気づかなかったが胸はかなり大きく、目で追ってしまうほどにスタイルが良い。

 それでいて腰は細く、尻も柔らかそうな膨らみのある大きさだ。

 特定の誰かがいるのかはわからないが、特別な立場でなければ男が放っておかないことだろう。


 そこまで考えて途端に不謹慎だと思い、頭からやましさを振り払う。

 俺が今考えなければならないのは、これから何をするべきか――という事なのだ。


    †


「今、お茶を淹れますのでゆっくりくつろいでいてくださいね。」


 彼を母屋へと招き入れ客間に案内した後、キッチンへ足を向けます。

 少しだけ考える時間が、わたくしには必要でした。

 礼拝に関しては何も心配することはなく、決められた段取りを粛々と進められるでしょう。


 ベールを外して髪を上げ、高い位置で結ぶと次の思考に移ります。

 彼、ヒツギ様に対する処遇でした。

 ただの行き倒れの方であれば必要な介抱のあと、出来る限りの手伝いをして普段の生活へと戻っていただくのが最善です。

 ですが、彼は記憶をなくして名前も帰る場所もわからず、嘘をついているようにも思えません。


 湯を沸かし茶葉をポットに入れ、食事の用意に取り掛かります。

 ここまで会話したうちに信者の方ではないと判断しましたが、なによりあの血塗られたロザリオが気がかりでした。

 服の上から二つのロザリオに触れると、熱を発する錯覚を感じます。


 巫女神官のロザリオは所有者本人が独自のシンボルをかたどって作り出したものであり、信者の方の所持は禁止されています。

 隠れて製作して身に着ける敬虔な信者の方がいないということもありませんが、彼はそのような方ではないでしょう。


 肩越しに客間の椅子に座っている彼を見ると、軽く頭を振って考え事をしているようでした。

 部屋を見られることの気恥ずかしさを感じつつも、その場にいてくれることに安堵します。



 不思議と赤の他人のようには思えなくなっていました。


 彼のロザリオはまるで複製したかのように細部や微小なキズまで同じでした。

 血に塗れていなければ、わたくしのものだと勘違いをしていたに違いありません。


 何故それだけ精巧なものを手にして、完全な密室状態の聖堂で倒れていたのでしょうか。

 彼を見ると落ち着かない気持ちになるのは何故なのでしょうか。


 頭を悩ませながらお茶と豆のスープ、パンを一つ二つとお皿の上に乗せます。

 普段から清貧を是としているので立派な料理を用意できず、いつもの食事を作ってしまいました。

 ヒツギ様には物足りないかもしれません。



 心を落ち着かせるために、右手の三つ指を合わせて円と十字を描き、印を切りました。

 三つ指とは、親指と人差し指と中指をそれぞれ宗教における三位一体に喩え表したものです。

 それを上下左右に順に十字を切ることで信仰を表します。


 ひと息をついてから客間へと向かいます。

 彼は一体何者なのか、見極める必要がわたくしにはありました。

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