青年と少女

    ♤


 目覚めると鮮やかな彫刻の高い屋根が見えた。

 ひんやりとした外気に意識や感覚が鮮明に戻ってくる。


「大丈夫ですか?どこかお怪我はありませんか?」


 可愛らしいハスキーな高めの声へと顔を向けると、修道服に身を包んだ少女が心配そうにこちらを見ていた。

 天窓からの逆光のせいか、まるで天使のようだった。

 介抱してくれていたのだろう、俺の身体を抱えるように支え、額に当てている柔らかな手は温かい。


「ここはどこだ……それに君は……」


 頭の中が真っ白だった。

 身体は痛むが大きな怪我はないようで、まず疑問を口にした。


「わたくしはクランフェリア。教会のシスターでこの聖堂を管理しています。」


 名乗った少女は俺より五、六歳は若いであろう整った小さく可愛い顔をしている。

 ベールから覗く長い髪は綺麗な亜麻色で、紅い瞳の十字型の瞳孔が印象的だった。


「あなたのお名前は何ですか?どうしてここで倒れていたのですか?」


 質問を返されるが、頭の中は霧がかかって何一つ思い出せない。


「わからない。気がついたらここにいて……何も思い出せない……」


 そして、これまでの記憶も綺麗に無くなっていることを伝えた。

 とても信じてもらえないだろうが自分自身も何者であるか知れず、途方に暮れて頭を押さえる。

 神妙な面持ちで話を聞いていた彼女は口を開く。


「場所を変えましょう。まずはわたくしの母屋でお休みになった方がよろしいかと思います。」


 行くあてがない身としては有り難い提案だった。

 申し訳ない気持ちを伝えつつ、好意に甘えることにした。


    †


 手早く礼拝の準備の確認を終えると、彼の座る長椅子の元へ戻ります。


 ふらつきながらもしっかりと立ち上がる彼の背はやはり高く、わたくしは見上げないといけません。

 初めて会ったとは思えない不思議な感覚がありました。

 凛々しい彼の瞳と目が合うと、わたくしの顔が火照っていきます。


「お名前が思い出せないというのは少し困りましたね。なんとお呼びしたらよいのか。」


 実際それほど呼び名に困ることはないのですが、記憶のない方との会話の経験もないため、話しかけ続けることにしました。

 話題によっては何かを思い出すきっかけになるかもしれません。

 彼は困った顔をして、自らの衣服をあちこちとまさぐり始めました。


 普段から身に着けている持ち物があれば、記憶を探る手掛かりになることでしょう。

 同時に、つい懐にしまったわたくしと彼の二つのロザリオのことを思い出します。


 すぐに返していいものか、それによって急激な事態の変化が起こるかどうかと逡巡しゅんじゅんしているうちに、彼は懐に何かを見つけたようでした。


 彼の手には一枚の輝く金属タグのようなものがあり、眺めた後にこちらへ差し出してきます。

 何とはなしに受け取り見ると、品のある綺麗なタグには繊細な刻印が施されていて価値のあるもののように見受けます。

 印章はわたくしのいる宗教国家や周辺国では見たこともなく、共用語で名前のような文字列が並んでいました。


「ヒツギ……とはあなた様のお名前でしょうか。」


 口に出して呼ぶと、何故かそれが彼の名前であると当然のようにしっくりときました。

 タグを彼に返します。

 二人で一緒に聖堂を出てしっかりと施錠をすると、すでに陽は高い位置まで昇っていました。

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