ほうれい線と笑窪

赤城ハル

第1話

 笑うとほうれい線と笑窪えくぼが繋がった。

「え!?」

 ショックで一度固まる。

 そして鏡の前で両の手で顔をぐっと挟み、そして上へと引き上げる。

「…………」

 少ししてから手を頬から離す。

 そしてもう一度、笑顔を作る。

 鏡の中のほうれい線は笑窪と繋がる。

「ああー! まじ! まじかー!? 歳か!? それとも太ったから? 顔が丸くなったから? うっそー」

 顔を天井へと向けて、鏡から目を逸らす。

 もう30代後半だし、それでか?

 嫌だな。老けは。

 老けたくなーい。でも老けてしまった。

 これは現実。背けたい現実なのだ。

「何!? どうした!?」

 ショックで声を大きくしてしまったのか、甲斐性のない彼氏が驚いて洗面所に顔を出して聞く。

「……皺が一気に伸びた」

「皺?」

「ほうれい線」

 私は口角を伸ばし、両方の人差し指で笑窪と繋がった左右のほうれい線を指す。

 彼は腕を組んで目を細める。

「ん? ……んん、いつも通りじゃない?」

「ええ!? ほうれい線こんなに長かった? 違うでしょ?」

「対して変わんないんじゃない」

 そして彼氏は洗面所から離れた。

 …………。

 対して変わらないとか言われた。

 がくりと腕をぶら下げる。

 全然違うし。

 伸びたんだよ、ほうれい線が。

 ほうれい線は老けの証。女の敵。

 笑窪と繋がったことにより、そこからさらに伸びてきて、そして最後は顎につくのだろうか。

 もう一度、鏡に向き直る。そして笑みを張る。

「…………」

 やはりほうれい線と笑窪が繋がった。


  ◇ ◇ ◇


 リビングに戻ると彼氏がカップ麺の緑のたぬきを食っていた。

「食うか? 赤いきつねが残ってるぞ」

 どうして今、私に食欲があると思うのか。

 私は美顔ローラを使い、顔をマッサージする。

「吸って食えば表情筋も強まって、ほうれい線も薄くなるぞ」

「何よ、その理屈」

 ジト目で私は返す。

「吸う時って、ひょっとこみたいになるじゃん。ほら、あの口に器具を咥えさせて表情筋を鍛えるやつもひょっとこみたいになるじゃん」

「口に器具を咥える?」

「ほら、翼がついたやつだよ」

「……ああ! あれね。そうね。確かにひょっとこみたいになるわね」

 それは玉に翼が付いたもので、中心の玉を口で咥えて、翼を動かすことで表情筋が鍛えられるという器具。

 ちょっと前に有名なサッカー選手をCMに起用して話題になった美顔器具。

「なんかお腹が空いてきたわ」

 私は立ち上がり、棚から赤いきつねを手に取り、台所のポッドで湯を赤いきつねに注ぐ。

 別に本気で信じたわけではない。

 ほんの少し小腹が空いたから。

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ほうれい線と笑窪 赤城ハル @akagi-haru

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