第21話

馬が嫌い。-21


結局、僕は僕だった。


弁護士から呼ばれて弁護士事務所に行くと、Sとその両親がいた。あと、お腹が大きくなっているSの奥さんも。

子供の父親を犯罪者にしないでくれと泣く人々。そんな事をしても無駄だと淡々と話す弁護士。僕は何を見せつけられていのだろう。


弁護士が側にいる安心感からか、僕はSと一緒にいた彼女からの謝罪は無いのかと聞く。

Sはその場で直ぐに連絡して、彼女が来るのを待つ事になった。彼女が来るまでの間に僕は何故かSの妻から怒鳴られた。

僕が不倫した訳じゃないのに、何でこうも関係の無い僕を責めるのだろう。Sに惚れる女性は、皆同じ性格をしているようだ。悲劇のヒロインって奴。寧ろお前たちは加害者だろ。


Sの両親は、Sは昔は良い子だったと僕に熱弁してくる。何処で間違ったのかと泣く。全部じゃないかな。

俺の親を泣かせやがって、と泣き叫ぶS。そんなSを見て感動し、擁護している親達。


暴言は慎むように弁護士から注意されても止まらないS達の発言。この人達の思考はよくわからない。


弁護士が僕を守るように立ちはだかる。然るべき罰をと。それはとても大きな背中で、力強かった。


僕は結局自分の力で立ち向かっていなかったからだろう。あまり大事にはしなかった。


ーーー


今日はクリスマス。この数日、ケーキの販売も予約分は勿論の事、当日分も全部無事に完売した。本当、地獄だった。

工場からカットされたスポンジは送られてくる。店で行うのはデコレーションだけなんだけど、用途に合わせて10種類のチョコレートクリームを作るのには目が回った。ここまで味に拘るからこそ、カリソンのケーキがリピートされている。


明日は休みだから、乗馬クラブのお手伝いをしてウサギのケーキで癒されよう。帰り支度をしている時に梨瀬シェフに呼ばれた。


「有馬オーナーが待っているから、事務所に行っておいで」


「何か用事ですか?」


「さあ?ほら、行って。お疲れでした」


戸締まりはしておくからと店から出されて、芯まで冷える暗闇の中、スマホの明かりを頼りに事務所まで向かう。

野外運動場はもう誰もいない。馬は寒いのが平気だと言うけど、好きじゃない馬もいるそうだ。行くよと声をかけるとむずがるらしい。人と同じだな。


いつもの道を歩いて事務所に向かい、扉を叩いて開けると、なんと有馬オーナーの側にクッキーが寝ていた。


「クッキー!!」


僕は思わず駆け寄り、クッキーの側にしゃがみ込んで顔を見る。左前足に包帯が巻かれていて、ここが痛いんだとペロペロと舐める姿に涙が出てきた。


「お前、だ、大丈夫か?足は?他には?痛いよな。ああ、クッキー、ありがとう。ありがとう。ごめんな」


「浦良君。お仕事お疲れ様でした」


「あ、あの、有馬オーナー。クッキーは、クッキーは大丈夫なんですか?」


「骨折しているから絶対安静なんだけど、どうしてもここに来たいって言うから。馬が心配なんだろうね。暫くは事務所と家の往復だけって約束で連れて来たんだ」


クッキーがしゃがむ僕の太ももにドスリと顔を乗せてくる。初めて認められたようで、嬉しくて顔が綻ぶ。撫でても良いかいと声をかけながら、クッキーの頭をそっと撫でた。初めて撫でた感動と、フワフワで滑らかな触り心地。馬と全然違う触り心地と温かさだ。


「ありがとうクッキー。君の治療費は貰ったからね。ゆっくり養生してね」


そう。僕はSにクッキーと馬達に対する損害賠償を請求した。何で畜生なんかにと騒ぐソイツは、畜生以下だった。柵の補強費用は驚くほど高かったけど、Sの両親が一括で払ってくれた。


「クッキーが生きて戻ってきてくれたなんて。今日は人生で最高のクリスマスプレゼントだよ」


「そうだよな。だが、もっとプレゼントはあるぞ」


ロッカーからヒョッコリと顔を出したのは、琢磨だ。今日はバイトじゃないのに。何でそこに隠れてるんだ?というか、何故サンタの格好をしている。


「これ、リゼさんからお前にだって。俺も貰った。プレゼントを貰うって、いくつになっても嬉しいよな!」


サンタの白い袋からピンクの可愛い袋を取り出して渡される。中身は実寸大の蹄鉄クッキーだ。アイシングで星とかハートがデコレーションしてある。『メリークリスマス!ウララ』不恰好に書いてあるこれは、梨瀬シェフの子供達が作ってくれたらしい。嬉しくて頬が緩む。今度のお礼は何が良いだろう。ラテアートも作ってあげよう!


「てかお前、サンタのくせにプレゼント貰ったのかよ」


「俺、あの子達から愛されているからな!いいだろー」


「クリスマスケーキもあるよ。アフロ君もそろそろ来るんじゃないかな」


有馬オーナーがケーキの箱を取り出した。これは、夢にまで出てきたカリソンのクリスマスケーキだ。どうしよう、色々と胸がいっぱいで食べられないや。


「メリークリスマス!アフロサンタが来たよ!」


用意していると、アフロさんがサンタの格好で事務所に入ってきた。アフロの上に申し訳程度に乗った帽子が、何とも不恰好になっている。


「さあ、浦良君。このまま厩舎に行こう。今の君は馬達にとってサンタクロースだ」


「え?どういう事ですか?」


「いいから。前はリゼさんにお願いしていたんだが、浦良君に世代交代だ」


背中を押されて事務所を出て、厩舎に向かう。そのままキャンディの馬房前に立たされると彼女はニョッキと顔を出してきて、身構える暇もなく僕の頭を舐めてくる。


「ひいっ…ぬるって…」


「ヒヒーン!!」


それはまるでキャンディの歓喜の雄叫びのようで、周りの馬達も興奮し始めた。ガンガンと暴れるように興奮する馬もいる。


「な、何ですかこれ。何されてるんですか、僕」


「有馬オーナーから馬達に、リゼクッキーのプレゼントなんだよ。一個しかあげちゃだめだからね」


キャンディが前足をガリガリと床に擦り催促してくる。そうか。今の僕は全身から甘い匂いがするだろう。だから馬が興奮したんだ。


「ルフナぁ〜。はぁあ〜。な〜んて可愛いんでしょうねぇ〜。美味しいか?そうかぁ。お〜ヨシヨシ。大好きだよぉ〜」


琢磨は既にルフナにリゼクッキーを食べさせている。鼻の下を伸ばした顔に、若干引く。


「ほら、ウララちゃんもあげなよ。皆待ってるぜ」


言われて見れば、馬房から馬達がニョッと首を出している。そのまん丸で黒い目は期待に満ちていて、幼い頃の自分が重なる。あげないと。待っているから。

アフロさんからリゼクッキーを貰い、キャンディの口元に差し出す。


「メリークリスマス。キャンディ」


僕の手からクッキーを受け取り美味しそうに食べる姿に、僕は自然と笑顔になる。


「メリークリスマス。アールグレイ」


「メリークリスマス。ドアーズ」


紅茶乗馬クラブにも、サンタからのプレゼントがやってきた。


ーーー


琢磨と信陽さんと温泉に来ている。秘湯であるがゆえに他に誰もいない。


「いやぁ〜ウララちゃん、大変だったなぁ」


「お疲れ」


Sとの事件を要約して話すと、労いのように肩を揉まれた。


「弁護士さんから聞いたんだけどさ。Sは妻とは離婚して、彼女の実家のある他県に引っ越したってさ。

妻の腹の子は自分の子ではない。認知も養育費も払わないと言って、それはそれで揉めてるそうだよ。

弁護士さんの所に押しかけてきたらしくて、依頼は受けてやるから相談料払えって言ったら逃げ出したらしい」


「何でそんなにSはモテるんだろうな。俺にはわからねぇわ。信陽さん、わかりますか?」


「知らん」


「ですよねっ!!」


琢磨が水飛沫を立てて立ち上がり、温泉の横に積もっている新雪に裸のままダイブした。


「俺には愛しのルフナがいるもんねぇ〜っ!」


「僕はレイクちゃん!…人形だって愛してる!」


「俺はハーレー883」


男3人、それぞれ夢中になっているものを叫んで深雪にダイブする。信陽さんも結構ノリが良い性格だ。火照った体にフワフワの雪の感触が気持ち良い。


「人の好みはそれぞれさ!俺達は来世に期待しよう!」


馬鹿な事をしているな。だけど、それが最高に楽しい!


「信陽さん、聞きたい事があるんです。キームンさんって一体何者なんですか?

任せろって言われてから、S先輩が僕に二度と関わらないって他県に行ったんですよ。あれだけ地元から離れないって言っていたSがです」


「…リゼを任せるに相応しい男だと言っておこう」


「何ですかそれ。琢磨は知っているんだろ?」


「いんや、知らない。キームンさんは良い人だからさ」


良い人。だから敵にしてはいけない人という事なんだろう。信陽さんを見るに、これ以上は聞かない方が良さそうだ。


「さあ、そろそかな?カウントダウンするぞ!」


「…あ、もう新年になってる」


「マジか!あけましておめでとう!」


「おめでとう」


琢磨が新雪を両手で抱えて空に投げた。それは、白いクリスマスクラッカーのように暗闇に映え、僕達に舞い散る。

こんな日が来るなんて、こんな楽しい正月の迎え方があるなんて。僕の知らなかった世界がまた広がった。幸せだ。


「おめでとう!!良い年にしよう!!」


新しい年のはじまりだ。

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