球体関節人形

真紗子の血縁上の父親である男がそのような状況であるのとまるで鏡映しにしたかのように、真紗子の血縁上の母親である女も、ほぼ同じ状態だった。違いがあるとすれば、女の方はゲームだけでなく球体関節人形にもはまっているということか。


女の部屋は、ゲーム機の品揃えやゲームソフトの数は、男に比べると明らかに劣っていた。その代わり、何体もの球体関節人形が部屋のあちこちに飾られている。


女は、その人形一体一体を、毎日、<世話>していた。自分の血の繋がった実の娘には一切興味を示さないというのに、人形だけは熱心に世話をするのだ。


一体目は、専用の薬剤でメイクを落とし、丁寧にケアを行い、メイク道具を出してきて、入念にメイクを始めた。しかもその手腕はもはやただの愛好家のそれじゃなかった。もはや球体関節人形のメンテナンスを行う専門の職人の手際といってもいいだろう。


また、その作業を行っている間、恐ろしいまでの集中力を見せていた。瞬きの回数も極端に減り、表情もなく、呼吸すらしていないようにさえ見える。それはもはや、狂気を感じさせる姿ですらあった。


いや、そもそも、ずっと部屋にこもり切ってゲームと人形の相手にのみ延々と興じている時点ですでに狂気なのかもしれないが。


ちなみに、彼女が所有している球体関節人形は、紫外線や温度による変質が起こりやすいこともあり、部屋を暗くしているのはそれが理由でもあった。なので、男の方に比べるとまだ部屋を暗くしておく合理的な事情はあるのかもしれない。


もっとも、他人からすればどちらも同じなのだろうが。


そうこうしているうちに一体目のメイクを終え、二体目は服を着替えさせ始めた。球体関節人形は、要するに<高級な着せ替え人形>であり、そのための専用の衣装や小物類も実は多く売られている。今回彼女は、最近手に入れた<SANA>というブランドのドレスに着替えさせることにしたようだ。


「……」


しかし、元々着せていたドレスを脱がせた時、ドレスの染料が人形の肌に移っていた。<色移り>である。すると彼女は、綿棒を出してきてそれに中性洗剤を塗布。再びすさまじい集中力を見せて、色移りした箇所を修復し始めた。丁寧に根気強く、染料を落としていくのである。


これもまた、普通の愛好家はメーカーや専門の業者にメンテナンスを依頼するようなレベルのそれだった。なのに彼女はすべてを自ら行うのだ。


彼女にまっとうな発想があれば、自ら球体関節人形のメンテナンスを行う事業を始められるほどの技術だったのだろうが、そもそも自身が大切にしているに人形にしか情熱を注げないので、やはり商売としては成立しないのかもしれない。


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