メイド

真紗子が住む家は、家事や炊事をはじめとした維持管理のすべてを一人のメイドが行っていた。そのメイド以外の誰も、そういうことに関心を持つことなく動くこともなかったのだ。


この家は、そのメイドがいるからこそ<家>として機能していると言えるだろう。それでなければただの廃墟と変わらなかったと思われる。




メイドの朝は早い。朝の五時に起床し、彼女のための住居である離れから母屋へと赴き、掃除を始める。もっとも床や廊下といった平坦な部分はそれぞれの場所に配されたロボット掃除機が行ってくれるので、一人でも間に合っているという部分はあるだろう。メイドは、壁や窓や天井や調度品やトイレやキッチンといった、ロボット掃除機では対処しきれない部分の掃除を担当していた。


外見は四十代くらい。黒髪をしっかりとまとめてメイドキャップの中にしまい、文字通り<絵にかいたようなメイドそのもの>といった見た目に反しない働きぶりだった。


それでいてあまりに淡々としたその働きぶりには、どこか人間味を感じさせない面もあったが。彼女にとってはそんな毎日のルーチンを繰り返すことが重要だったのだろう。決められたスケジュールで動作するロボット掃除機と同じで。


けれどそんな彼女でも決して立ち入らない場所がある。この家の現在の主人である男と、その男の異母妹に当たる女の自室である。それらは共に入室を固く禁じられているため、立ち入ることがない。中がどうなっているかも不明ではあるものの、それを詮索することさえ禁じられているため、彼女は考えることもない。


その一方で、真紗子の部屋については管理を任されており、そっと扉を開けると、薄暗がりの中でキラリと光るものがあった。真紗子の目だった。まるで暗がりに潜む猫のようなその姿を見ても、メイドは動じることがなかった。いつものことだからである。


真紗子は、夜が明け空が明るくなる頃には目を覚まし、あの<首のない球体関節人形>を抱いて、ただベッドの上で佇んでいるだけだった。


そうしてメイドが来て遮光カーテンが明けられると、寝巻から普段着に着替えさせられることになる。


寝巻もやはり血のように赤いそれだった。


ベッドから下りてドレッサーの前に立つ彼女の寝巻をメイドが脱がせていくと、下着は普通に白い木綿のそれである。そこに真っ赤なお気に入りのワンピースを着せていく。その間、首のない人形はドレッサーの上に置かれ、真紗子はただそれを見詰めていた。


そして着替えが済むと、人形を手に取り、トイレに寄ってからリビングへと向かう。


それを見届けたメイドは、真紗子の部屋の掃除を始めたのだった。


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