真紗子
真紗子は元よりまともじゃない環境に生まれ育ったからか、明らかに普通じゃない様子の子供だった。
一応、喋れるはずだが、いつも陰鬱に押し黙り、言葉を発することはほとんどない。それどころか感情そのものを失ってしまっているかのように、表情を変えることがほとんどなかった。
そして服は血のように真っ赤な色のものを好み、それ以外は一切身につけようとしないのだ。
胸まで伸ばされた髪は母親代わりのメイドが整えてはくれるものの本人は全く関心がないらしく、乱れていても絡まったりしていても、まるで気にする様子もない。
また、ほとんど外に出ないからか、肌は蝋のように白く、それでいて唇は服と同じく血のように赤い。正直、人間味を感じさせない姿ではある。
その彼女はたいてい、母屋のリビングにいた。首のない、真っ白なドレスを着た<球体関節人形>を抱いて。
何をするでもなく、ただ生気のない目を空に向けたまま。すると、
「真紗子さん……」
不意に名を呼ばれる。彼女の母親代わりを務めてきたメイドだった。けれど彼女は聞こえていないかのように反応しない。それでいてメイドは、彼女の前にプチトマトが盛られた皿を置いた。
やはり血のように赤いプチトマトだった。
すると真紗子は、表情も変えずただプチトマトを手に取り、自らの口へと運んだ。それは<食事>と言うよりも単なる<作業>のようだった。<食の楽しみ>のようなものは一切見られなかった。
むしろ、ロボットがエネルギー源を補充しているだけのような……
そんな様子を、リビングの隅に控えたメイドだけが見守っている。
本当に異様な光景だった。どこにも人間味が感じられない。あまりにも異様な空間。
もっとも、この家には、そうでない場所などどこにもなかっただろうが。
真紗子がプチトマトを食べ終えると、メイドは彼女の口元を白い布で拭き、皿を手にリビングを出ていった。
そんなメイドの背中をいつの間にか視線をそちらに向けた真紗子が見ていた。ただ見ていた。何の感情も見て取れない、人形のような表情で。
「……」
それから不意に真紗子は立ち上がり、首のない人形を抱いたまま、リビングから出ていった。そうして廊下を歩き入っていったのはトイレだった。なので、
『食べて、出す』
という程度の生身の人間としての生理機能は備えているのだろう。だから『生きている』のは間違いない。なのに、普通の人間として見るとあまりに異様だった。
少なくとも、人間としてまっとうな精神活動は備えていないのだと思われる。
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