客間にいたもの
その客間には仏壇があって、
けれど、この時はなぜか意を決して客間の障子を開けてしまった。家の中でも一番薄暗く、元から陰鬱な印象のある客間の。
「!?」
その泰規の視線の前には何か緑色のものがあった。薄暗い部屋の中で視界全体を緑色のものが覆っている。何かと思って上を見上げると、そこには、逆三角形型の頭と、何とも言えない光沢のある巨大な目。
それを見た瞬間、普段は酷く冷めた表情をした可愛げのない子供のはずの泰規が、
「うわーっっ!!」
と声を上げた。そして慌ててダイニングキッチンに向けて走った。そうしてダイニングキッチンに逃げ込んだが、
「ひっ!?」
そこにも巨大な影。今度は、蠅とり紙を体にまとわりつかせた蠅だった。しかもねばねばとした粘液に絡み取られて上手く動けないらしく、もがいている。
すると泰規は今度は風呂場のドアを開けた。けれどそこにも巨大なアシダカグモがみっちりと詰まっていて、身動きが取れない様子。
「ぎゃーっっ!!」
ゴキブリと並んで大嫌いな蜘蛛を間近で見てしまって、本気の悲鳴を上げてしまう。
子供部屋に逃げ込もうとしたらなぜか扉が開かず、ダイニングキッチンや風呂場からは蠅と蜘蛛が何とか這いだそうとしている。
仕方なく泰規は、客間からどうにか出ようとしている蟷螂の前を走り抜け、居間へと逃げ込んだ。幸い、居間には何もいなかったが、恐る恐る振り返ると、客間から這い出そうとしている蟷螂と、その向こうには蠅と蜘蛛の姿。
泰規は居間から両親の寝室に使われている和室に逃げ込み、そこの窓を開けて、
「おかあさん!! おかあさん!!」
と声の限りに母を呼んだ。これまで出したことのない大きな声だった。必死な声だった。父親のことは意識の外に追い出してしまえるほどにどうでもよく、母親のことも決して好きとは言えなかった泰規だが。この時ばかりは母に助けを求めた。
なのに母親は、洗濯機の方を向いて、泰規には背を向けて、彼の声が全く聞こえていないかのように反応がなかった。
「おかあさん!! たすけて!!」
泰規がどんなに声を張り上げても、母はまったく振り向こうともしてくれない。
そうしているうちにも、蟷螂と蠅と蜘蛛が、強引に居間に入ってきた。よく考えれば蟷螂と蠅と蜘蛛が完全に一緒に入ってこられるはずがないのに、酷く歪な形になって、力尽くで入ってきたのだった。
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