黒い塊

そうやって、


<ヘビイチゴに似た赤い頭を持つ小人が蛇に丸呑みにされるという光景>


を見た泰規やすきだったが、それにも拘らず彼は、


『サンタクロースはいない』


『小人とか妖精とかもいない』


と、考えを改めることはなかった。自分が見た光景も、


『これが幻覚ってやつか……』


と思っただけだった。


そんな泰規は、ある日曜日に居間で昼寝をしていたら、ふと、何となく目が覚めてしまって、ぼんやりと部屋の中を見回した。


特にいつもと変わりない。ただの居間だった。なのでもう一度眠ろうと目を瞑ったのに、なぜか眠れない。まあ、十分眠ったことで眠気が失せてしまったのだろうが、起きる気にもなれず、やっぱりぼんやりと部屋の中を見ていた。


「……?」


そうしていると、何か妙なものが視界に捉えられたことで、彼はそちらに視線を向けた。それは柱だった。居間のふすまを受け止めるための柱だ。そこを、何か黒いものが、ゆっくりと転がり落ちてくる。


ゆっくりと。本当にゆっくりとだ。大きさは、ピンポン玉よりは少し大きいくらいだろうか。色は黒だと分かるのだが、輪郭が酷く曖昧で、長い髪の毛を何本か軽く丸めて作ったような印象があった。


けれど、髪の毛でないのはなぜか分かった。落ちてくる速度も、あまりにもゆっくり過ぎる。むしろ何かの生き物がゆっくり柱を下っているという印象がある。


恐怖は感じない。ただ意味不明なそれが気になって、目を逸らすことができなかった。


そうしてたっぷり一分以上を掛けてその<黒いもやもやとした何か>は柱を転げ落ち、床に触れたと思った瞬間に煙が掻き消えるようにふわりと霧散してしまった。


「……?」


結局、自分が見たものの正体はまったく分からなかったものの、泰規はそのことを両親には話すこともなかった。どうせ話し掛けてもロクに聞いてくれないことは分かっていたからだ。


そんな風に泰規は、酷く冷めたところもある子供だった。その一方で、無駄に親に逆らうわけでもないので、何度叱られても玩具おもちゃを片付けなかったり、ガレージの屋根から転落して頭を打ったり、ということもありつつ、全体的に見ればむしろ手のかからない子供であっただろう。


しかし両親は、子供に一切関心を示さない父親はもとより、母親も泰規が虫を虐げることに関心を持つ傾向にあることは気付いていなかった。そこまで彼のことを見ていなかったということだ。


<手のかからない子>


という上辺しか、見ていなかったのだ。


だから彼自身、親に対しては何の情も感じていなかったようである。


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