登っても怒られない木

そうして泰規やすきはオオクワガタを探し求めていたものの、朝から晩までずっとというわけではもちろんなく、気が乗らない時には別のこともしていた。


その一つが、<木登り>である。


泰規の住んでいた辺りには桃が多く植えられていたために、実は家の周りには背の低い、幹の太さも知れているものがほとんどで、しかも他人の畑なので勝手に木の登ったりすれば当然叱られるため、そちらには上ることはなかった。ただ、畑とは関係ない木も少数ながら生えていて、その一つが、桃畑の片隅に生えていた柿の木だった。


その柿の木はいわゆる<渋柿>で、昔は干し柿を作るために実を採ったりしていたものの、干し柿を作る手間が疎まれて廃れ、それでいて何となく切り倒すのも惜しまれて残されているものの一つだった。


しかし泰規達のような幼い子供にはその辺りの事情などどうでもよく、


<登っても怒られない木>


という意味で重宝していた。だからその日も泰規はいつもの柿の木に登り、遊んでいた。何が楽しいのか実は本人もよく分からなかったのだが、何となく無性に登りたくなることがあって、それで登っていただけに過ぎない。


そうして登ると、その柿の木には途中に<うろ>があり、泰規はそこに収穫されずに残されて熟し過ぎた柿の木などを入れて様子を窺っていた。テレビのアニメで、木の洞に動物が集めた果実が自然発酵して<猿酒>と呼ばれるものができると見たので、興味本位で試してみたのだ。


が、実は<猿酒>なるものはただの空想の産物と考えられてもいて、野生の果実が条件さえ合えば酵母によって発酵してアルコールを生じることは事実としてあるものの、アニメで描写されていたような<猿酒>にはならないと考えた方がいいそうだ。


もしそんなことがあったとしても非常に恵まれた偶然が重なった上でのことなので、子供の思い付きで易々とできるものでもないというのも間違いないだろう。


実際、泰規の試みは上手くいくことはなかったのだ。


ただ、この時はなぜか、泰規が何となくがっかりした気分ながら木の洞を覗き込んでいた時に突然意識が遠のき、気が付いたら木の根元で横になっていたのだった。


「……?」


木を下りた記憶はない。手を滑らせたりして転落した記憶もない。ただ、体のあちこちは痛かったので。転落したのは確かなようだ。なのに、その瞬間の記憶がないのだ。


それが、木の洞で醸成されていたアルコールが気化したものを吸ったことで昏倒したのか、それとも単に下りる際に手を滑らせて転落し、頭を打ったことで記憶の一部が失われたのかは、分からない。


ただそんな、<腑に落ちない出来事>があったという事実だけが残ったのだった。


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