オオクワガタの幻
そんな中で泰規は<オオクワガタ>を捕まえたいと思っていたのだが、泰規が当時、テレビや図鑑を見てイメージしていた<オオクワガタ>というのは、実は外国のクワガタだったらしく、泰規がずっと<ヒラタクワガタ>と呼んでいたものが本当は<オオクワガタ>だったらしい。
彼がそれを知ったのはずいぶん後のことなのでこのことについては脇に置くが、とにかく彼は、
<彼が思うオオクワガタ>
を探し求め、林の中を何度も歩いた。
時には木に蹴りを食らわして落ちてくるのを期待したりもしたが、当時、五歳やそこらだった大希が飛び蹴りを食らわしたくらいではそれなりの太さの幹を持つ木は揺らすことなどできず、弾き返されて逆に足を痛めることもあった。
それでも彼は諦めず、夏の間は延々と探し求めた。
クワガタ捕りにはヨシヒロやユキヒサも付き合ってくれたものの、やはり<泰規が思うオオクワガタ>が捕まることはなかった。
けれどある時、一人で探していた泰規は、木の幹にとまっていた<泰規が思うオオクワガタ>を発見。捕まえて、オニヤンマの生首がそのままになったものとは別の虫籠に入れ、持ち帰った。
こうしてヨシヒロやユキヒサに自慢するはずだった泰規だが、なぜか家に帰ったところで目が覚めて、自分が子供部屋にいたことに気が付いた。
「……あれ……?」
確かに林に入ってオオクワガタを見付けて虫籠に入れた記憶がある。林の下草や積もった落ち葉を踏みしめ、それが靴の中に入ってきて足をつついて痛かった覚えもある。そして、オオクワガタを掴んで引っ張ったもののすごい力で抵抗されて、それでもなんとか引きはがして、ガシガシと足を動かしてなおも抵抗を試みるオオクワガタの姿をしばらく見た後で虫籠に入れた記憶があるのだ。
なのに、ガレージに行ってみると、オニヤンマの生首がそのままになったのとは別の虫籠は空で、オオクワガタの姿はどこにもなかった。
だから泰規は、
「ぼくのオオクワガタは……?」
母親に問うてみたものの、
「? 知らないよ。お母さん、虫なんか触らないし」
と、素っ気ない答。確かに、母親は虫を触るようなことは基本的になかった。風呂場に出たアシダカグモを箒ではたいて潰した時も、塵取りで掬って窓から放り出しただけだ。
「……?」
泰規は酷く納得できないものを抱えながらも、現にないものはないので、再びオオクワガタを求めて林に入っていったのだった。
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