オニヤンマの生首

そのようにして、学校ではいかにも陰気でノリが悪く友達もいなさそうな泰規やすきではあったものの、自分の集落に帰れば泥遊びもするし土いじりもするし虫取りのために山野を駆け巡ったりもする、野卑な面もある子供だった。ヨシヒロとユキヒサという友達もいた。


そしてよく、蜻蛉とんぼを捕えるために虫取り網と虫籠を携え、ヨシヒロとユキヒサと共に山に入っていた。


泰規達が住んでいる辺りでよく捕れるのは<シオカラトンボ>という、やや青みがかった灰色の体を持つ蜻蛉だったが、たまに<オニヤンマ>も見られ、やはり一番の狙いはそれだった。


しかしオニヤンマは、<最強の蜻蛉>とも呼ばれており、体が大きく力も強く飛行速度も速いので、数が少ないこととも合わせて容易には捕らえられなかったが。


ちなみにシオカラトンボは別に珍しくないこともあって、捕らえればよく蟷螂かまきりを探しては食べさせるということを行っていた。


蟷螂は動かないものは獲物と認識しないと聞いていたので、眼前でわざと左右に動かしてみた。すると鎌が反応し、がっちりと捕えてくれる。こうなるともうシオカラトンボは逃げられないので手を放し、蟷螂がシオカラトンボを頭から貪り食っていく様子をつぶさに観察した。


もしかするとその様子を<夏休みの自由研究>にでも活かせばよかったのかもしれないが、泰規にはなぜかそういう発想がまったくなかったようだ。


もしかすると子供心に虫を戯れに殺している自分の行いを<自由研究>などにまとめても評価されないと思っていたのかもしれない。


この時も、シオカラトンボの複眼が蟷螂に食われていく様をじっと見てはいたものの、特に感慨を抱くこともなく、それでいて、シオカラトンボの頭がなくなり胴体がなくなり羽がちぎれて落ち、尻尾の途中まで食われたところで蟷螂が満足したのかいきなり残りを放り出してその場を去っていったのを見送った。


そんなことを何度も繰り返し、ある日、遂にオニヤンマを捕えることに成功する。


網に入った時の手応えも、シオカラトンボとは比べ物にならない。大変な力強さを感じ、泰規は興奮した。


残念ながらヨシヒロやユキヒサは一緒ではなかったが、とにかく自慢するために虫籠に入れておくことにした。


逃がさないように慎重に虫籠に入れても、オニヤンマはシオカラトンボよりずっと存在感があった。しかも、虫籠の網を食い破ろうとでもしてるのか、がっちりと食らい付いていた。


そして虫籠越しに眺めていた泰規だったが、改めて自分の手で掴んで眺めたくなって、虫籠に手を突っ込んで羽をつまみ、出そうとした。


なのにオニヤンマは虫籠の網に食らい付いて離れようとしない。だからつい力を入れて引っ張ると、


「あ……」


オニヤンマの首がちぎれて、頭の部分だけが虫籠の網に食らい付いた状態で残ってしまったのである。


すると、残った生首だけがまるで泰規を睨み付けるようにしていた気がして、彼はその虫籠をガレージの隅に放置したのだった。


それからもずっと、オニヤンマの生首だけがそのまま残されていたそうだ。


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