狸寝入り

ヨシヒロの家で見た<小さな老女>が誰であったのかは、結局、泰規やすきには分からなかった。単にたまたま遊びに来ていた近所の人だった可能性ももちろんあるし、そもそもヨシヒロの曾祖母がこの時点で寝たきりであったことを知らなかった泰規には、どうでもいいことだった。


なお、泰規が住んでいた集落には<学校>はなく、麓の町にある小学校に、片道三十分以上歩いて通っていた。


それは、アスファルトではなくコンクリートで舗装された道であり、それもところどころ破損しているようなものだった。


とは言え泰規自身は他の場所をよく知らないので、『こういうものだ』と思っていたようだ。


けれど、たまに狸などが自動車に撥ねられて道端で死んでいたりすることもあるような場所でもあり、その日も、学校の帰り道に道端で死んでいる狸を見付けてしまった。


もしかしたら学校に行く際にもすでにそこに倒れていたのかもしれないが、狸の姿は雑草などにまぎれると少し見えにくくなるものでもあり、気付けなかったのかもしれない。ではなぜ、帰り道では気付いたのか?


答えは簡単。蠅が集まってきていたからだ。朝に通った時には蠅が目に付くほどはおらず、帰る時間に多数の蠅が飛び交うようになったことで否が応でも目に付いたということだろう。


そうやって蠅が集まってきていることからも分かるように、<狸寝入り>と呼ばれる、ショックで意識を失った状態ではなく、完全に死んでいたということだ。


実際、倒れていた狸は目を見開き、その目はすでに濁っていて、命を感じさせるものではなかった。口も開かれて、そこから尖った歯と鮭の切り身のような色をした舌がだらりと覗いていた。


臭いはまだそれほどではないようだが、獣的なそれはする気がする。


泰規は、そんな狸の死骸を特になんの感慨もなくただ見詰めていた。多少の興味だけはあったのかもしれない。近付く気にはなれなかったものの、かと言って『怖い』とも思わなかった。


『動物は死ねばこうなる』


と、何となく心のどこかで思っていただけのような気もする。


そうしてしばらく見つめていた泰規だったものの、やがて飽きたのか、家に帰っていった。


帰ってからも特に狸が死んでいたことについては触れなかった。そもそも泰規は、学校であったことなども両親に話すこともなかった。この両親は自分に対してはあまり関心がなく、


『生まれたから仕方なく育てている』


程度にしか思っていないのを、子供心に悟っていたのかもしれない。




なお、翌日、泰規が学校に向かった時には、その狸の死骸は影も形もなくなっていた。誰かが処分したのか、野犬などが持ち去ったのかは定かではないが、泰規にとってはどうでもよかったのだった。


この時点の泰規には、<死>というものに対する<恐怖>を基にした関心がなかったのかもしれない。


たぶん、死んでいたのが人間であっても、彼は動じることはなかっただろう。


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