ヨシヒロの曾祖母

この頃の泰規やすきは、とても不安定な状態だったのかもしれない。熱に浮かされていたからかもしれないが蟻に食べられて死ぬことを恐れなかったり、それでいて池で不可解な現象を目の当たりにしてそれに怯えて近付かなくなったりと、ある意味では一貫性がなかっただろう。


けれどそれも、急速に自我が確立されつつある子供には珍しくないものであった可能性もあるのか。一日一日、脳が発育し同時に再構成されていたのだから。




そんなある日、泰規はヨシヒロと遊ぼうと考えて、彼の家に行った。けれども、


「ごめんね、ヨシヒロは今、お父さんとお母さんと一緒に買い物にいってるんよ」


ヨシヒロの祖母にそう言われて、少し不貞腐れたような表情になってしまった。


それでいて、待っていれば帰ってくるかと思い、ヨシヒロの自宅周辺で待つことにした。ヨシヒロの家は代々農家をしていて、敷地の中には築百年以上と言われる母屋と、ヨシヒロとその両親が住む新しい家と、農機具や収穫物を保管しておくための倉庫などが並ぶ、独特のそれだった。


また、敷地に接している林との境目には椿つばきが植えられていて、泰規はヨシヒロと共によくその花の蜜を舐めたりしていた。なのでこの時も、勝手に花を手に取り、その尻の部分に口をつけて蜜を吸い、味わった。


けれど、二つ三つと口にすると飽きてしまって、椿の向こう側の林を覗き込んでみた。林はそのまま谷になっていて、下の方には川が流れているはずだった。泰規はその川を見ようと覗き込んでみたものの確認できず、しかし林に入ってまで見に行こうとはこの時は思えず引き返し、ヒシヒロの家の庭に戻ってきた。


さりとてヨシヒロはまだ帰ってきていない。それが不満で、泰規はふと目に付いた野菜や農機具などを洗うための水道のところに置かれていたプラスチック製の古いタライに目をつけて近付いていき、何気なくそれを蹴飛ばしてしまった。


泰規のイメージとしては、少し蹴ったくらいでは足の方が弾き返されると思っていたのに、「パキッ」という軽い音と共に簡単に穴が開いてしまったのだ。劣化して脆くなっていたらしい。するとそこから中に溜まっていた水が流れ出し、泰規は慌てて手で押さえようとしたが壊れたタライがそれで直るはずもなく、


『大変なことになってしまった!』


と彼は泣き出してしまった。するとそんな泰規に、


「泣いたって直らないよ」


と、冷たく突き放すような声が掛けられた。思わず振り返った彼の視線の先にいたのは、ヨシヒロの祖母ではなく、さらに年老いた感じの小さな老女。


ヨシヒロには、祖母だけでなく、曾祖母もいたらしいので、その曾祖母だったのかもしれない。


その後、タライの中に溜まっていた水がすべて流れてしまうと、泰規は諦めたように泣きながら家に帰った。


ただこの時、泰規は知らなかったのだが、ヨシヒロの曾祖母はすでに寝たきりで、起き上がることはできなかったそうだ。


では、あの時に泰規が見た老女は、いったい、誰だったのだろうか……?


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