虫同士のような関係
ところで、
蝶や蝉などはまだいいが、
泰規はよく、それに捕えられてもがく蠅の姿をじっと眺めていたりもしたそうだ。しかしそれは、
『可哀想』
という同情心ではなく、
『そうやって足掻きながら死んでいく蠅の姿を観察している』
といった方が近かったのかもしれない。実際、それを眺めている泰規には感情らしい感情が見えなかったのだから。
母親はそんな泰規のことを、
『気持ち悪い子……』
と内心では思っていたりもした。一方、父親の方は、子供そのものに関心がなく、時折、自分の虫の居所が悪い時に理由もなくひっぱたいたりして八つ当たりするだけで、遊んでやることさえなかった。仕事のない時には、町の方にパチンコをしに行ってるか、パチンコをする金がない時には居間でタバコを吸いながらだらだらとテレビを見ているだけにも拘わらずだ。
その所為もあってか、泰規は、父親のことを『嫌って』さえいなかった。完全にどうでもいい存在としか思っていなかった。なぜか分からないが家にいる、
<大きな虫>
のようにしか思っていなかったらしい。たまに殴られたりするのも、その大きな虫に噛まれる程度にしか思っていなかったようだ。
それでいて、ゴキブリと大きな蜘蛛だけは苦手だった。ある時、風呂場に大きな蜘蛛、おそらくは<アシダカグモ>らしき人間の掌ほどの大きさの蜘蛛がいて、
「ぎゃーっ!!」
と悲鳴を上げたことがある。それに母親が慌てて駆け付けると、箒ではたいて殺し、塵取りで掬って風呂場の窓から竹林に向かって放ったりもした。
なお、この時、父親は居間にいて暇そうにしていたが、一切、腰を上げることさえなかった。だから泰規も、この父親のことを<大きな虫>程度にしか認識していなかったのだと思われる。
なにしろ、我が子の悲鳴に反応さえしないのだから。つまり父親にとっても泰規もその弟も、<家に勝手に居ついている虫>程度にしか思ってないということだ。泰規が父親のことを<大きな虫>程度にしか思っていなくても、それは父親の認識が転写されているだけでしかない。
それこそ、傍にいても同じ場所に暮らしていても、互いに相手を何とも思っていない、
<虫同士のような関係>
であったのだろう。
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