余計な出費
夜泣きもそれほどせず、ひどくぐずることもなかった
その一方で、何もない誰もいないところをじっと見つめたり突然笑いだすということも、よくあった。それに比べれば、二歳の頃に、母親と一緒に風呂に入っていたら前触れなく脱糞し、糞を湯船に浮かべたことなどむしろ微笑ましいエピソードだろう。
しかも、やがて次男が生まれると、なぜか泰規の異食行動や、『誰もいない空間を見て笑い出す』などいう振る舞いが急速に収まっていった。加えて、普通は次子が生まれると上の子はそれに嫉妬したりということが多いと聞いたものの、泰規については特にそんなこともなく、弟を可愛がってくれたという。
そんな様子に、母親は、
『ああ…やっぱり優しいいい子じゃないか……』
とも思ったとも。
けれど、泰規が小学校に上がって間もない頃、<事件>が起こった。
泰規が弟を可愛がり遊んでやってることが多いのに安心して、母親は子供達だけで遊ばせていることが多かった。その日も、家に二人を残して母親は買い物に出掛けていたが、帰ってくると、弟が頭から血を流して床に倒れていて、泰規がただそれを見下ろしていたという光景が目に飛び込んできた。
「泰規! あんた何したの!?」
あんなに弟を可愛がっていた泰規のそんな姿に、母親はパニックを起こしかける。だが、よく見ると床にはガラスの破片が散らばっており、庭に面した<掃き出し窓>の下側のガラスが割れていた。そして、
「おしりずもうしてたら、こうなった……」
異様なほどに淡々とそう話す泰規にゾッとしながらも、状況を察する。確かに二人は、よく<尻相撲>で遊んでいた。当然、五歳と二歳の子供同士では下の子に勝ち目などないものの、勝敗というよりも、ドーンと突き飛ばされるのが面白かったらしく、弟も喜んでいたのだ。
けれどこの時は、勢い余って掃き出し窓に頭から突っ込み、ガラスが割れ、それで怪我をしたのだというのが分かった。
幸い、出血が派手だった割に傷そのものは大したこともなく、乾いたタオルで抑えておくだけで血も止まったこともあり、医者に診せることもなかった。買い物から帰ってきたところで再び家を出るのは、面倒だったのだ。
母親は、大きなガラスの破片は箒と塵取りで集め、それでは取り切れない細かい破片は掃除機で吸い、割れた窓については、ゴミ袋とガムテープで塞いで応急処置とした。
『まったく……ガラスって高いんだよ……余計な出費を……』
そんなことを思う母親の傍で、頭に絆創膏をいくつも貼られた弟と、泰規は何事もなかったかのようにボールで遊んでいたのだった。
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