乳児期
それでいて、あまりひどく泣き叫ぶこともなく、夜泣きもそれほどしない、妙に冷めたところのある赤ん坊だった。なのに、よく、誰もいないところをじっと見つめていたこともあったという。
しかも、ある程度まで成長してくると今度は、やはり誰もいないところを見ながら笑っていたりもしたとのこと。
けれど、つかまり立ちができるようになり、離乳食も始まると、座卓の上に父親が灰皿に山盛りにしていた煙草の吸殻を、両親が目を離した隙に食べてしまい、それに気付いた母親が慌ててかかりつけの医院に連れていくも、その途中で嘔吐し、意識を失い、呼吸も止まりかけるという事態に至った。
幸い、医院に駆け込んだ後は適切に応急処置が行われたことで呼吸も戻り、そこからさらに町の病院へと緊急搬送され、そこで徹底した胃洗浄が行われたことで一命をとりとめたということがあった。
煙草の吸殻を食べてしまったことは、離乳食が始まった赤ん坊の手の届くところに吸殻を放置しておくという父親の失態だったが、泰規には元々、目に付いたものを何でも食べようとしてしまう傾向があった。それを知っていて吸殻を放置していたのだからなおのこと問題ではありつつ、そのこと以上に、本当に何でも口に入れて食べてしまおうとするのである。
与えられていた赤ん坊用の
そんな泰規の様子に、母親は、
『この子、どっかおかしいのかも……』
と思ったこともあったそうだ。思いながらも、下手に診断を受けて何らかの異常が判明してしまうことを恐れ、医者には診せなかった。なにしろ、煙草の吸殻を食べてしまった時にはさすがに死にかけもしたものの、それ以外ではいたって健康なのである。耳も聞こえているし目も見えている。比較的おとなしいとはいえ動く時はよく動く。食欲もあり、便通も問題ない。
だから、
けれどある時、洗濯のために家の外に出ていた間に泰規の姿が見えなくなっていたことで母親が慌てて家の中を探すと、
「泰規っ! あんたまた何食べてんの!?」
いつの間にか廊下から玄関に下りていた泰規が、靴箱の下に溜まっていた<砂>を一心不乱に食べていて、驚いて声を上げた母親に、ひどく不満そうな顔を向けたのだった。
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