第4話 幸せに繋がるもの
「……」
目を覚ますと、辺りの風景は一変していた。
どこかの室内のようだ。
しっかりした木組みの部屋。透き通った硝子の窓。
外からは、ざわざわ、と活気のある声が聞こえてきている。
太陽の位置からして、昼くらいだろうか。
村ではない、とルミナはぼんやりとした頭で察した。
あの村が騒がしいのは誰かが喧嘩しているときか、年に一度の精霊祭のときだけだ。
暖かい布団と柔らかいシーツがルミナの身体を挟んでいる。
もう一眠りしたいという欲求を堪え、ルミナはゆっくりと身体を起こした。
「良かった。気が付いたんだね」
胡乱な目を向けると、すぐ傍に一人の男が立っていた。
眼鏡をかけたやや細身の男。白い肌をしているが病的ではなく、ただ単に畑仕事をしたことがないのだろう。
男は少しだけズレた眼鏡の位置を正しながら、ルミナを優しい瞳で見つめた。
「体調はどうだい?」
「平気です。あの、ここはどこですか? あなたは?」
「ここはウェスターという街だよ。そして僕はマードック。しがない医者さ」
ウェスター。その名前をルミナは何度か聞いたことがある。
村をずっと東に進んだ先にある栄えた街だ。
「目が覚めて良かったよ。君、一週間も眠っていたんだよ」
「どうして私はここに?」
「……落ち着いて聞いて欲しい」
やや声のトーンを落とし、マードックはベッドの脇の椅子に腰掛ける。
しばらく口をまごつかせたあと、彼は言いにくそうに切り出した。
「君のいた村はもうない。魔物に襲われて……その、全滅した」
「……」
「旅の商隊が辿り着いた時には、もうみんなやられていた。君は、あの村の唯一の生き残りなんだ」
マードックのそんな説明を、ルミナは答え合わせをするような心持ちで聞いていた。
精霊の力で生き残りがいないかを確認はしたが、それでも不安は拭えなかった。
第三者から
「辛いかと思うけど、気を確かに」
「いいえ。せいせいしています」
「……それは、どういう?」
「私、落とし子だったんです」
「落とし子……って、あの落とし子?」
知識としては知っているが、今は存在しない。
マードックの反応から、ルミナは落とし子が一般的でないこと再確認する。
他にも、ルミナはいろいろなことを話した。
孤児だったこと。
ずっと独りぼっちだったこと。
落とし子に選ばれたこと。
精霊の愛し子に選ばれたこと。
――そしてその力で、罪を犯したことまで。
隠すつもりはなかった。
精霊に人間の善悪を判断する力はない。だから愛し子は、普通の人間よりも強い正義感と倫理観を持たなければならない。
それをルミナは、完全に無視した。
精霊の力を私欲のために振るい、村人を殺した。
理由はどうあれ、人間の社会では許されることではない。
だからすべてを話して、罰してもらいたかった。
「――それで、君はどう思ったの」
「私は――……」
マードックが聞き上手だったこともあり、ルミナはつい、話すつもりのなかったことまで話した。
落とし子に選ばれてどう思ったか。
笑いながら殴られ、蹴られ、どれだけ辛かったか。
誰に助けを求めても無視され、どれだけ傷付いたか。
すべてを諦め、どれだけ早く死にたいと願っていたか。
精霊が力をくれて、掌を返す村人達を見て、何を成そうと決心したか。
すべて。
すべて。
すべて。
口が止まらなかった。
気付けば太陽は傾き、外は茜色の世界に変化していた。
それほど長く話をしていたことに、全く気が付かなかった。
「――という訳で、あの村は魔物じゃなくて私が滅ぼしたんです」
「……」
話し終わる頃には、マードックは相槌も打たずに俯いていた。
まさか助けた相手が大量殺人者だとは露とも思わなかっただろう。
「安心してください。あなたに危害を加えるつもりはありません。早く衛兵に連絡してください」
「そんなこと……しないよ」
「……え?」
顔を上げたマードックに、ルミナは目を見開いた。
彼は顔をくしゃりとさせ、涙を流していた。
「どうして……泣いているんですか」
「君が泣けなくなってるからだよ」
「どうして私が泣く必要があるんですか? あんな連中のために流す涙なんてありません」
「そうじゃない。君自身のためだ」
嗚咽を漏らしながら訴えるマードックだが、ルミナは何のことだかさっぱり分からない。
「君のしたことは許されることじゃない。けど僕は……君を責めるつもりも、どこかに突き出す気もない」
「……」
「辛かったね。苦しかったね。でももう大丈夫だよ」
マードックはルミナを胸に引き寄せた。
嫌悪と共に肩を突き飛ばされるでもなく、妙な気持ち悪さを伴って肩を抱かれるでもない。
ただ優しく引き寄せ、体温を交換するように触れ合う。
「ここには君に危害を加える者はいない。安心して」
「……」
そのまま、優しく頭を撫でられた。
髪の毛を引っ張られるでもなく、燃やされるでもない。
まるで壊れ物を扱うかのように、マードックの手はどこまでも優しかった。
――ルミナの頬を、何かが掠めた。
それは……涙だった。
自分の目から流れているのに、目尻からこぼれ落ちるまで全く気が付かなかった。
「……あ、あれ。なんで。悲しくないのに」
すぐさま涙を拭き取るルミナを、マードックは強く抱きしめた。
「いいんだ」
「え?」
「泣きたいだけ、泣いて良いんだよ」
「……」
――なに泣いてるんだ、気持ち悪い!
――それで同情を誘っているつもりか? この疫病神!
「辛いときは泣いていい。声を上げて泣くんだ」
「……」
村人の言葉が、マードックの言葉に上書きされ、消えていく。
ルミナは彼の身体に恐る恐る、手を伸ばした。
――触るんじゃねえよ、汚ねえ!
「っ」
もういないはずの村人がルミナを責め立てる。
伸ばした手を何度も振り払われた記憶が、脳裏にこびり付いている。
マードックも、同じように振り払うんじゃないか。
そうではないと分かりつつ、ルミナは躊躇した。
そんなルミナの背中を、マードックはもう片方の手で優しく叩いた。
「大丈夫。僕は君を受け入れる」
「う……」
止まりかけた涙が、今度こそ堰を切って溢れた。
ルミナは彼の背中に手を回し、嗚咽をもらしながら大声で泣いた。
「う――ああああ、わあああん! あああああああん!」
マードックはルミナが泣き疲れて眠るまで、ずっと頭を撫で続けた。
▼
「……ひどい顔」
翌朝。
視界が狭く感じるほど腫れた瞼に、ルミナは「うへぇ」と鏡の前で声を上げた。
「ホントだね。酷い顔だ」
「そう言うマードックも」
ルミナほどではないが同じく腫れた瞼の彼を指差し、笑いかける。
顔はとんでもないことになっていたが、気持ちは晴れやかだった。
自分でも知らないうち、感情に蓋をしていたようだ。
復讐の際に漏れ出たのは恨みや怒りといった黒い感情のみ。
それ以外は依然として蓋がされたままなことに、自分自身で気が付いていなかった。
マードックはあの会話の中で、それを見抜いたようだ。
「あのままだったら、君は遠からず自殺していたと思う」
「……」
図星を突かれ、ルミナは押し黙った。
ダン爺の言葉が無かったら、おそらくルミナはここにはいなかった。
「辛いときは人に話して、いっぱい泣く。そうすれば人はまた活力を取り戻せる」
どうやらあれも治療の一環だったようだ。
道理で話し方が上手いと思った。
「しばらくはここで療養するといい。遠慮せずに頼ってね」
「ありがとう」
「それじゃ、僕は仕事に行ってくるから」
「うん。行ってらっしゃい」
マードックを見送ってから、ルミナは胸に手を当てた。
――暖かい。
春のぽかぽかした日差しに似た彼のぬくもりが、まだ自分を包んでくれているようだ。
ただ――同時に、言い様のない不安も胸の中に同居していた。
マードック。
初めてルミナの話を聞いてくれた。
初めてルミナに同情してくれた。
初めてルミナを抱きしめてくれた。
今、胸の中に渦巻くもの。
これがどういう感情なのか、ルミナには分からなかった。
ただ、一つだけ分かっていることがある。
彼の存在は、きっとダン爺の言っていた「幸せ」に繋がっている。
そういう確信がルミナの中にあった。
誰にも渡したくない。
ずっと側に置きたい。
彼を独り占めしたい。
――彼を、手放さない。
絶対に。
「協力してくれるよね?
--------
一旦完結
「ルミナは将来立派なヤンデレになるな」と思った方は★を、
「マードック逃げて」と思った方は♡をお願いいたします
「まあまあ面白い話書くやん」と思って下さった方は作者フォローもよろしくお願いできればと思います
ここまで読んで下さり、ありがとうございました
虐げていた娘が精霊の愛し子でした nns(ななし)/八緒あいら @midorinohito
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