第3話 最後の一人が残した言葉
狩人たちを始末したルミナは、次の標的へと目を向けた。
「ひぃ!?」
目に入ったのは、村の中年女たちだ。
「ポーラさん。タニアさん。ステフさん。テリーナさん。いつも食べ物をお裾分けしてくれて、ありがとうございます」
ルミナが頭を下げると、彼女たちの肩が、びくり! と震えた。
「どうしたんですか? そんなに怯えて」
「ち……違うの、あれは」
彼女たちは落とし子であるルミナに食べ物を分け与えていた。
当然、善意から来るものではない。
与えられたものは腐っていたり、そもそも食べられないゴミばかりだった。
それを『食べ物』と称して、ルミナに与えていたのだ。
――せっかく持ってきてあげたのに食べなさいよ!
――栄養たっぷりでおいしいわよ!
――お腹を空かせて可哀想なルミナのためを思っているのよ?
――そうそう。私たち、なんて優しいのかしら。
ルミナが拒否すると、彼女たちはルミナを取り押さえて口の中に押し込んだ。
――いいから食えって言ってるのよ!
――大きすぎて食べにくい? 男ができたときの練習と思いなさい!
――そうそう。まあ、あなたなんかを好きになる男なんていないけどね。
――キャハハハハ!
殴る蹴るが飽きたから、たまたま別の手法を試したら面白い反応を示した。
ただそれだけの理由で、ルミナはあらゆるものを食べさせられた。
純粋な悪意の塊。
そのことを彼女たちが一番よく知っている。
だからこそルミナのお礼に怯えているのだ。
「たくさん『おいしいもの』を頂いたので、是非お返しをしないといけませんね」
ルミナが一歩近付くと、タニアが慌てて弁明する。
「あ――あれは、ステフが言い出したの! 私は最後まで反対したのに!」
「何を言っているの!? 『面白そう』って食い付いたのはあんたじゃない!」
「そもそも私は落とし子に反対していたの! 村長にも言ったわ!」
「あんたのその意見がコロコロ変わるの、昔から嫌いだったのよ!」
喧嘩を始め出す四人。
言い方は様々だが、要するに自分は悪くない、だから助けてくれと言っているのだろう。
もちろん返事は否だ。
「喧嘩しないでください。みんな平等に『お返し』しますから」
「や、やめ――がふ!?」
太い蔦が飛び出し、四人の口を覆った。
開いた蔦の先から、どろりとした液体を放出する。
「これまでごちそうになったものを混ぜ込んだ特製スープです。お味はどうですか?」
「んごぉ!?」
「そうですか。たっぷりあるのでどんどん食べてください」
「う゛ぉええ!?」
彼女たちにできるのは、ただ白目を剥き身体を痙攣させながら特製スープを呑み込むことだけだ。
「栄養も満点です。ただ、食べ過ぎには注意して下さい」
「……! ……!!」
ルミナは水袋のように腹が膨らんでいく四人を、満足するまで眺め続けた。
▼
逃げ場を失い、戸惑う人々をルミナは容赦なく屠っていく。
その気になれば、村人全員を同時に葬ることもできた。
しかし、ルミナはそれをしない。
いつ、どこで、誰に、何をされたか。
相手がすっかり忘れていることでも、ルミナにはそのときの記憶がしっかりと焼き付いていた。
それを再現する形で、相手に返す。
石を投げてきた者には石を。
刃を向けてきた者には刃を。
毒を与えてきた者には毒を。
それぞれ返していく。
精霊はルミナの危機に反応し、自動で彼女を守ってくれた。
その上で思う通りに形を変え、ルミナの望むものを与えてくれる。
おかげで一切の反撃を気にすることなく復讐に集中できた。
そのぶん一人一人を相手にするので時間はかかったが。
「もう朝か」
明るみを帯びてきた空を見上げ、ルミナは誰かの血と脂がこびり付いた頬を拭った。
夜通し精霊の力を使い続けたせいだろうか、いつもよりも強烈な眠気が襲いかかってきた。
限界が近いと、なんとなくルミナは察する。
「ダン爺。あなたで最後よ」
残った一人にそう宣言する。
村の占い師、ダン爺。
占い師というのは自称で、ルミナほどではないが村人からは浮いた存在だった。
彼はルミナの復讐が始まった直後から、ずっと祈りを捧げていた。
言い訳をするでもなく、暴れるでもなくただじっと沙汰を待っていた。
その姿勢を汲んで、後回しにしていたのだ。
「あなたは何もしなかったわね」
落とし子になったルミナを虐げるでもなく、かといって庇う訳でもない。
言わば単なる見物人だ。
助けてくれなかったことに関してやや思うところはあるが……特別恨むようなことは一切無い。
『やられたことをやり返す』を繰り返したルミナにとって、何もしなかったダン爺はいい復讐の方法が見つからない相手だった。
「苦しまず、ひと思いにやってあげるわ」
「ありがとう」
「何を言っているの。これからあなたを殺すことには変わりないわ」
「そうではない」
「……?」
意味が分からず、ルミナは伸ばしかけた手を止めた。
「どういう意味よ」
「復讐してくれてありがとう、という意味だ」
ますます訳が分からない。
訝しむルミナに、ダン爺は祈る姿勢を解いて顔を上げた。
「……少しだけ、昔話をさせてくれ」
▼
ダン爺がまだ少年だった頃。
彼の幼馴染みが落とし子に選ばれた。
それまで仲良くしていた友人は全員が掌を返し、村ぐるみの迫害が始まった。
ダン爺はそれに反抗し、幼馴染みを連れて村を出ようとしたらしい。
結果は失敗。連れ戻され、暴行を受ける。
それから二人の接触は禁じられた。
次に間近で対面したのは十年後。
彼女が落とし子の任を解かれた時だ。
落とし子が交代する。
それは死以外にない。
「それ以来、ワシは村を憎み続けた。生きている間にそれを成し遂げてくれたんじゃ。ありがとう以外に言う言葉はないじゃろう?」
「……」
「ワシはお前さんの言うように『何もしなかった』。不平不満を心に浮かべているのに自分では怖くて何もできず、ただ誰かが代わりにやってくれるのを待っていただけじゃ」
自嘲するダン爺。
しかし人間の本質は本来そういうものだ。
疑問を打ち消し、大きな流れに身を委ねる。そうすることが最も楽だと分かっているからだ。
ルミナ自身、自分以外の誰かが落とし子に選ばれていたら……きっと疑問を呑み込み、村人と一緒に迫害していただろう。
自分だけが清廉潔白だなんて思わない。思えない。
話は終わりだとばかりに、ダン爺は俯いた。
「どうせ老い先短い命じゃ。ひと思いにやってくれ」
「わかったわ」
ルミナが手をかざすと、ダン爺の身体を蔦が這う。
「そうじゃ。一つだけ」
「なに?」
「ワシが言うのも何じゃが……これまで不幸を背負った分、これからは幸せになってくれ」
「……考えとく」
開いた掌を握ると、ダン爺の身体が形を崩した。
ルミナを残して、村人は誰もいなくなった。
「……」
本当は、全員を殺した後に死ぬつもりだった。
ルミナは外の世界を知らない。
この村だけが、ルミナにとって唯一の世界だったのだ。
それを壊した。
ならばルミナも壊れるべきだ。
しかし、ダン爺の最後の言葉が自死という選択に疑問を投げかけていた。
――これからは幸せになってくれ。
「……幸せって、なによ」
眠気が限界を超えた。
ルミナは思考も何もかもを放棄し、その場で目を閉じた。
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