エピソードG

「ねえ、アキラくん。お願いがあるんだけど」


 突然事務所にアニメっぽい可愛い声が響く。晶除霊師事務所兼自宅のマンションのオーナーの娘さん、優奈ちゃんだ。この4月から高校生だが多少霊感があるらしく、以前ちょっとした霊のトラブルがあったのを解決し、この事務所を紹介してもらう事になったきっかけになったのだがそれはまた違うお話。


「実は部屋の模様替えしてて、タンスとベッドの位置を変えたいんだ。ちょっと手伝ってもらえないかな〜?」


 優奈はこの春から同じこのマンションで一人暮らしをしている。通学する高校が実家から少し遠く、本人の強い要望があり引っ越して来たらしい。何かあった時は助けてやってくれ、とはご両親からも頼まれているし、家賃も格安にしてもらっているから頼まれたなら断れない。


「しかし、何でまた模様替えしようと思ったんだ?」


 タンスを持ち上げ、下にホームセンターで買ってきた台車をかましながら聞く。普通に持ち上げるには僕には無理な大きさだ。いや、持ち上げれなくはないがぶつけたり落としたら大変だ。


「この前、たまたま見たYouTubeで風水の動画やってて、この間取りならベッドが東の方がいいってやってたんだ!ほら私、霊感とかあるでしょ?風水とか影響うけやすいんだ」


「なるほど」


 確かに霊感と風水は関係ある。例えば黄色い財布を使えばお金が貯まるってのも風水的な意味合いだがそれなら世の中で販売されてる財布は全部黄色になるだろう。同じ風水でも人によって効果がある、ないが出るのは霊感的な力が影響しているというのが除霊界隈での通説だ。霊感が強い人ほど、風水も効く。


 部屋はマンションの5階だ。エレベーターを降り東の角地が優奈の部屋らしい。さすがオーナーの娘、南と東に窓があるいい部屋だ。でも2LDKは一人暮らしには広すぎるんじゃないか?

 タンスを台車ごと動かし、あらかじめ空けて置いたスペースへ降ろそうと…その時。


「ギャァァァッ!!!」


 思わず耳を塞ぎたくなる金切り声がするが両手が塞がっているため鼓膜にモロに食らった、耳が痛い。


「な、なんだ?どうした!?」


 タンスから手を離し、目をやると優奈が震えながら壁を指差す。


「ご…ゴキブ…」


「ああ、ゴキブリか。うちの事務所もたまにでるね。このマンション、駅も近いしいい物件だと思うけど結構築が古いらしいからね」


 ゴキブリであんな声を出すとは。まあ、割と大きかったし、わからなくもないが。まだ耳の奥がキインとなってる。

 

 タンスを動かす時に床が傷にならない様、敷いていた新聞紙を一枚丸めるとそのままスパーンッ!!と叩く。


「ヒッ!!」


 ポトリとゴキブリが落ちる。優奈が小さな悲鳴を上げたが構わずそのまま新聞紙ごとクシャッと丸めゴミ箱へ。


「さあ、タンスはここでいい?」


「や、や、やだ〜!聞いてないよ、こんなデカいゴキ…が出るなんて!」


「まあ、古い建物だからねえ…心配なら害虫駆除業者頼んでみたら?オーナーさんならツテもありそうだ」


「最悪〜マジで頼んでみようかな」


「そん時はうちの事務所も頼むわ」


「え、アキラくんとこも出るの?」


「割と出るね。でもまあ、そんな害がある虫でもないから気にしてない」


「見た目だけで精神に害を受けるんですけど!?」


 とりあえずタンスもベッドも動かし、優奈の希望は叶えた。害虫駆除の件も僕からオーナーに連絡したから近いうち業者も入るだろう、何やかんやでオーナー夫妻は娘には甘い。ついでに事務所もやってもおう。気にはしないがいい気もしないからね。一応客商売だ。


 程なく一週間もしないうちに害虫駆除業者が入った。さすがオーナー、娘に対しては迅速に動くな。これで優奈も安心して暮らせるだろう。ついでにうちも駆除してもらえたから今回はタンスを持ち上げた甲斐があったな。

 

「ちょっとアキラくん!助けて!」


 4月に入り、高校に通い出した優奈が制服姿で事務所に飛び込んできた。


「で、出たの!」


「ん?幽霊か?」


「ち、違うわよ!ゴキよ!ゴキブリがまたでたのよ!」


「害虫駆除業者が入ってからまだ1週間も経ってないぞ?」


「そんな事言ったって出たんだから!早く来て!」


 やれやれ、これはゴキブリが出る度呼び出される事になりそうだ。しかし業者が入ってからそんな経ってない、また湧くにしては早過ぎないか?少なくともうちの事務所では最近みないが。


「ここにいたの!あれ?逃げた?」


 部屋に入ると前回ゴキブリが居た壁を指差す。まあ…ゴキブリだからな、同じとこにずっとは居ないだろう。何処かへ逃げたか。


「ウソー!ありえなーい!どうしよ、怖くて寝れないよ〜!」


「んー、とは言え逃げちゃったらね…出たらまた呼んでよ。とりあえず事務所で使ってたゴキブリホイホイを後で置いておくから」


「うえ〜ん!」


 心底嫌そうな顔をするがさすがにどうしようもない。僕の専門は幽霊だ。



————数日後。


「アキラくん!お願い!」


「また出たのか」


「はやく!逃げちゃう!」


 こんな頻繁に呼ばれては仕事にならないな。しかし業者まで呼んだし、娘に対して甘いオーナーがいい加減な業者を選んだとは思えない。


 とりあえず部屋に入るとやはり既に見当たらない。


「もう!すばしっこい!」


 一匹見たら100匹はいるというが仕掛けたホイホイを確認したが一匹もかかってない。


「そう言えば、この前も同じ時間だったな…」


「えっ?」


「優奈ちゃん、明日はちょっと今より早い時間に部屋に入れてもらってもいい?」


「いいけど…。どうしたの?」


「だいたい同じ時間に出てる気がするんだ」


「そう言えば!!」


 そう、最初にタンスの裏から出てきた時も前回呼ばれた時も今回も同じ時間帯、夕方だ。


 幸い明日は土曜日だ、優奈も学校はない。帰宅して着替えようとしたらゴキブリが出るって話だからおそらく同じような時間に出るのだろう。あらかじめ、ゴキブリが出る時間に待機してみよう。



「どこから来るのかな?」


 翌日、優奈の部屋で待機して壁をみる。


「本来なら水回り配管とかドアや窓の隙間から来るんだけどね」


「本来なら?」


 もしかしたら。


「えっ」


 何もない白い壁に急にフワッと黒いシミが浮かび上がる。それは徐々に輪郭を得、一匹の虫の形になる。そう、ゴキブリだ。


「ええええええっ!?」


「あー、やっぱり」


「やっぱり!?」


「ほら、この前タンスを動かした時に出たじゃん」


「アキラくんがスパーンッてやったヤツ!?」


「そうそう。場所が同じだし、時間帯も同じなのが気になってね。もしかしたらと思ったんだ」


「つまり…コイツは…」


「そう、ゴキブリの幽霊だね」


「うぇぇっ!?猫や犬の霊って聞いた事あるけどゴキブリってか、虫って幽霊いるの!?」


「うーん、まあ、レアだねえ。従来、霊ってのはある程度知能がないとならない。幽霊ってのは未練やら恨みやらでなるからね」


「じゃあ猫や犬も未練がある、恨みがあるの?」


「人間に虐待された動物は殆どは恨むより怖いってなるんだけどね、人間は怖いって。ただ時々怖いでなく敵だってなる。そういった動物が恨みで霊になる時はある。他にも主人が好きで離れたくないって場合でもある」


「…じゃあ虫は?虫も人間を敵だと思うの?」


「虫は怖いとか好きだとか感情、というか知能はない。でも違う理由で幽霊になる場合がある」


「違う理由?」


「死んだ事に気づいてない場合さ」


「ええええっ!?そんな事ある?」


「自分が死んだ事に気づかず、いつも通りに動く。でも霊の記憶は身体を失ってから薄れていくからそのうちまたふらっと迷う。そしてまた最後にいた場所に戻るんだろね」


「…コレ、どうしたらいいの?」


「もちろん、除霊する」


「あ、そっか、幽霊だもんね」


 と言っても虫の霊だ、一匹くらいでは大した事ない。パチンと指を鳴らすと段々姿がぼやけ、元の黒いシミの様になったかと思うと出てきた時と同じようにフワッと消えていく。


「まあ、優奈ちゃんは霊感あるから見えたんだろうけど、多分普通の人は見えないだろね」


「見えないとか余計にイヤだ!ずっとゴキブリの幽霊と暮らしてる事になるじゃん!」


「今回はうちの事務所も害虫駆除してもらってるからね、ゴキブリの除霊代は無くていいよ」


「ゴキブリ除霊でお金取られるの?それはヤダから良かった」


 …実は優奈ちゃんには言ってないが、虫の幽霊ってホントまずない。見かけたらよほど偶然が重なった場合だろう。そう、今回のようにゴキブリをスパーンっと駆除した時、無意識に霊力を込めてしまい、魂を先に身体から出してしまったとかでなければ。


 もちろん、さっき言った事も嘘ではないし、霊力を自覚してない一般人とかがたまにやらかす時もある。その人が駆除したら今回の様なケースもなくはない。


 もし、あなたが駆除しても駆除しても居なくならない虫が家に居るなら我が事務所に一度相談した方がいいかも知れない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊とプリン アキ @aki_aki1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ