幽霊とプリン

アキ

幽霊とプリン

「幽霊って信じる?」


「は?」


 放課後、教室で自習をしていたらいきなり知らない男子が話しかけてくる。見たことないから違う学年の子だろうか?


「私は自分の目で見たものしか信じないわ。幽霊なんて見た事ないわね。というか何、アンタ誰?」


「あ、ごめん、僕はアキラ。昨日転校してきてね。ちょい校舎を見て回ってたんだ」


 なるほど、転校生か。知らないはずだ。でもいきなり馴れ馴れしく話しかけてくる上なんで幽霊の話なの?


「ねえ、ホントに幽霊を見た事ないの?」


「ないわよ。幽霊なんて」


 しつこいな?えらく幽霊にこだわるな?霊感があるとかないとかも関係あるのかもだけど私は見た事ないわね。


「じゃあさ、例えばだけど…もし病院の廊下でお爺さんとすれ違ったとする。知らないお爺さんだ。その人が幽霊じゃないってどうして思う?」


 えっ…。


「病院は入院患者とかもお年寄りが多い。もし病院の中で『お爺さんの幽霊』とすれ違ったとしても単に通院してるお爺さんだと思い、幽霊として認識してない可能性なくない?」


 こいつ…面白い事言うな。確かにそれは考えた事なかった。


「でも、幽霊とか足が無いんじゃないの?半透明とかさー?」


「一般的にはそう言うよね。でも、見たことないんでしょ?もしそうじゃないなら可能性があると思わない?それにすれ違ったとかじゃなく遠目に向こうにいるお爺さんとかだと足がないのに気づかないかも」


 確かに『半透明とか足がない人』は見たことない。病院で幽霊なんてベタだけど、言われてみればすれ違ったお爺さんが幽霊だとしても違和感ないかも、気づかないかも知れない。何か葉っぱを隠すなら森の中みたいな理屈だな。


「あと、動物の幽霊とか」


「動物?」


 動物の幽霊なんて考えた事無かったな?でも化け猫とか昔から言うからあるのかな?いや化け猫は妖怪か。


「犬や猫の幽霊さ。もしその辺の草むらに猫の幽霊がいたとしよう。でもそれを見たら絶対『単なる野良猫がいる』って思わない?」


「た、確かに!思うかも!」


 そう言われたら確かにそうだ!犬や猫はもし幽霊だとしても普通にその辺で見たら野良だと思ってしまうな。


「だから、本当に幽霊を見た事ないかどうか、わからないよな。本当は『見てる』けど気づいてないだけなのかも知れない」


 見てるけど気づいてない、か。その発想はなかった。ちょっと怖いな?

 でも幽霊ってなんていうか…ホラー映画だと血が流れたままだったり、死んだ時の状態で出たりするじゃん?見たらわかるんじゃないの?いや、見たことないんだけど、多分。

 あ、でも病気だとかだと見た目わからないか?知らないお爺さんとかなら元がどんなかわからないし。


「でも幽霊とかって何かこう、思い残す事があってなるんじゃないの?何ていうか…そう、恨みとか未練とか?普通の人が幽霊になってその辺を歩くとかないんじゃない?」


「よくある話だよね、未練があるって。でも未練て大なり小なりみんなあると思う。それこそ自分の家族が心配だとかから、死ぬ前にもう一度プリンが食べたいとか」


「プリンが食べたいで幽霊になれるならこの世は幽霊で溢れかえってるわよ」


 そんな理由で幽霊になるのは嫌だな。ははは、とアキラも笑う。


「じゃあ逆に幽霊に記憶ってあると思う?」


「そりゃあ、あるんじゃない?恨みやら未練やらでなるなら」


「じゃあ、もし記憶喪失や認知症になると幽霊にならないと思うかい?」


「ならないでしょ。つか記憶喪失や認知症の幽霊とかやだわ、それこそ徘徊するだけになりそう」


「ははは、そうだね。でもつまり幽霊って人間の脳と密接な関係があると思うんだ」


 ん?オカルトな話から急に科学的な話になって来た?


「僕の考えだと、死んで幽霊になるとしよう、そしたら肉体を失う」


 うんうん、そりゃそう。


「そうなると肉体にある『脳』という記憶媒体をなくす事により幽霊も段々と記憶が無くなっていくんじゃないかと思うんだ」


「なるほど、ちょっとわかる気がする」


「よくホラー映画であるような悪霊とかは何かしら未練があって幽霊になった。そうだな、例えばプリンを食べたいって未練があったとしよう」


 やたらプリンに拘るな?何か思い入れがあるのか?私もプリンが食べたくなってきたぞ?


「最初はプリンが食べたいで冷蔵庫を開けようとする幽霊なんだ。でも肉体の脳が失われて段々と記憶が無くなっていく」


「ふんふん?」


「そうするとプリンの事は忘れて単に冷蔵庫のドアを開けるだけの悪霊になってしまうと思うんだ。閉めても閉めても冷蔵庫のドアを開ける悪霊に」


「え、未練なのにプリンの方忘れるんだ、ドアを開けるじゃなく」


 思わず笑った。冷蔵庫のドアを開け続ける幽霊か。


「まあ、例え話だから何でもいいんだけど」


 でも、言いたい事はわかった。要するに肉体を失う事により元ある記憶というか未練も段々と忘れて違う形になってしまう。つまり、それが悪霊になるって言いたいんだな?

 よくホラー映画で恨みや未練がある悪霊とかが無関係な人を襲ったりするけどこの説ならなんか納得いってしまうな。


「だから、死んで幽霊になると少しずつ、記憶が無くなっていくと思うんだよね。多分個人差はあると思うけど」


 そう言ってアキラと名乗る男子は私の前の席に座りこちらを向く。よく見ると割とイケメンだ。メガネとか似合いそう。


「ねえ、さっきも名乗ったけど、僕はアキラ。君の名前、教えてもらってもいいかな?」


 えっ?私の名前?


「君の名前さ。まだ、聞いてないなと」


 私は…私は…



 ワタシハダレ?



「個人差はある。けど経験上、死後1日毎に記憶は段々と失われていくらしい」


 待って?ちょっと待って!私は…!もうすぐ受験だから授業が終わった後もずっと自習してた!ずっと!


 …ずっと?いつから?いつの授業から?受験?どこの?ドコヲジュケンスルノ?


 思い出せない!何の授業を受けてたか、いつから勉強してるのか、私の…名前とか…!


「そう、君はもう幽霊なんだよ」


「私が…幽レイ…?」


 そう言われても何も思い出せない!受験の為に勉強しなきゃとしか!


「つまり…私、既に死んでる…?」


「うん」


「えー…受験する、勉強しなきゃしか思い出せないよ…さっきのプリンの事言えないじゃん…、笑えないじゃん…」


 アキラがパチンと指を鳴らす。すると、私の身体が透けてくる。


「あなた、転校生なんかじゃなかったのね?」


「うん、この校舎、取り壊しになるんだけど何か見えない力で工事が進まなくてね。霊的な力が働いてるってので僕が来た。除霊師だ」


「私、受験勉強したいだけだったのに邪魔してた?」


「見えない力でシャベルやクレーン重機とか弾かれてたよ、よほどここを壊されたくなかったんだね」


 そんな事言われても全然わからないし思い出せない。私はただ…ここで勉強してただけで…というか私すごいな?シャベルとか重機を弾き返してたんだ?


「さっきのプリンの話だよ。君はたぶん、本当の理由を忘れてしまってる」



 そう、か。私、本当はここで勉強したいんじゃないんだ。何かをするために勉強してるんだ。何のためかわからないけど、ここを守りたかったんだ。


 何だよ、ホント、プリンを忘れて冷蔵庫を開けるだけの悪霊と同じじゃん。


「私、悪霊だったんだ?」


「大丈夫、まだギリギリ悪霊じゃない。だから、こうして会話で成仏させようとしてるんだ。悪霊は会話にならないからね」


「会話で除霊って事?何それウケる〜あはは、私、除霊されてたんだ、あはは…」


 …不思議と悲しいとか辛いとかはない。多分思い出せないんだ。ギリギリ悪霊じゃないって、もしかしたら、もっと忘れたら自我も無くなって人を襲ったりしたのかな?


「私、天国行けるかな?」


「ごめんな、僕に出来るのは君を、幽霊を成仏させる事なんだ。天国や地獄があるかどうかもわからない」


「そうなんだ…」


「でも、生まれ変わりは信じてる。君がまた、何か別の肉体を得て、また戻れる事を祈っているよ」


「そう、ありがとう」


 そしてアキラがもう一度指を鳴らす———


 





———数日後。


「ありがとうございます、晶さん。結局は何の幽霊だったんですかね?」


 解体業者の部長さんが尋ねてくる。


「さあ、ただ、あの学校には数年前、卒業式に向かう途中に事故に遭い亡くなった女生徒がいたと聞いてます。彼女が何を思い、どんな未練があったかは…僕にもわかりません。いや、彼女自身もわからないでしょう」


 取り壊される校舎の横で小さな祠を祀り線香をあげる。


 死後、幽霊になるのは珍しい事じゃない。それこそプリン一つで幽霊になる場合もある。まだ、君たちは『見えてるのに気づいていない』だけでそこら中に幽霊はいるのだから。

 

 もし不思議な事件があれば、僕を尋ねてきてほしい。除霊師、晶亮介を。



 

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