第16話「カラフル」

 「ねえ、リクと私とアンタ!明日のクリスマスは3人で都鳴市となりしで遊ばない?ていうかもう映画のチケット取ってあるから強制連行する。」


 クリスマスイヴ。アオイはクリスマスの予定をいきなり提案した、というよりは事後通知。少々強引で気になるが、アオイが誰かを巻き込む時はだいだいこういう感じでゴリ押しをする。


 「俺はいいけど、リクは?」


 「もう聞いてきた!リクもこの映画みたかったから行くって!」


 「なんかテンション高いなあ…リク行けるなら、俺も行こう!」


 「やった!集さんに頼んだ甲斐があった~」


 アオイはソファの上で小さくはしゃぐ。体育祭で彼女への自分の気持ちに気づいたせいで、普段なら何でもないその仕草もなぜか女の子らしくて可愛らしいと感じる。


 それのせいで以前のように彼女を直視できない瞬間がすごく増えた。


 「最近集さんとは仲が良さそうだね。」


 「え?そ、そんなことないけど…イヤ?」


 「全然。むしろ微笑ましいわ。」

 

 「フフ、なにそれ…あ、そうだ!明日なんだけど……」


 そして、クリスマス当日。


 集合場所である都鳴市の繁華街へ向かった。


 俺一人で。


 出発場所も集合場所も同じなのに、なぜか3人とも出発時間が合わない。結果バラバラで向かって現地集合するハメになってしまった。


 でもよくよく考えたら、同級生やほかの友達もこの集合方法のほうが普通なんだろうな。


 今日はクリスマス、一年の中でも特別な日。いつもみたく家の前で集まって、目的地までワイワイしながら向かっていたら、多分日常の延長のように感じて退屈だったのだろう。


 そういう意味では、こうしてバラバラで集合するのもなんだか楽しい。



 (誰かもう先に着いてるのかな……)


 スマホに通知が来ない。おそらく俺が一番早く着くだろう。


 集合場所に着くと、俺の予想通りまだ誰も着いてなかった。俺は近くのガードレールに軽く体重を預けてリクとアオイを待つ。


 「…まだか………これ……」


 何となく気になったので、ポケットに手を突っ込んで、中の物を触って確かめた。


 これはアオイへのクリスマスプレゼント。こういうのは照れくさくて今までできなかったが、今年は違う。


 今日3人で解散した後、彼女と二人きりになる機会を探ろう。そして、告白しよう。


 きっと、上手くいく!緊張を抑えるように俺は携帯を少し力強くポケットにしまった。



 「……!…カーーザマ~!!」


 リクは俺を見つけると、すぐさま名を呼びながら手を振って小走りで近づいてくる。彼女からは小走り以上の疲れを感じるので、おそらく迷子になったのではないだろうか。


 「お疲れ。迷わなかった?」


 「うん、30分迷った。」


 「大変だったな、次から電話して。迎いに行くからさ。」


 「ありがとう。でも大丈夫、弟に頼りっぱしじゃ姉としてカッコがつかない。どうしてもわからなかったら呼ぶよ!」


 「そうか…わかった。んじゃ、あとはアオイか。」


 「アオイちゃんは来ないって。」


 「え?…アオイ来ないって、今日3人で集まって遊ぶって言ったのはアオイだぞ?」


 「体の具合悪いんだって…集さんが面倒見てる。とさ。」


 具合が悪い?風邪かなにかだろうか?


 俺が出かける直前までは元気のように見えたけど。気になったので、スマホの通知を見てみると、アオイからのメッセージが届いていた。


 【リクとデート楽しんできて!】


 「どうする?カザマ……アオイの作戦なんでしょこれ。私たちをくっつけようとする作戦。」


 「…………ーーーーーー」




 「リク……俺戻るわ!」


 「待ちなさい。わかってはいたけど、こうもほっとかれるとちょっとショックだな。せめて帰る前にちょっと話さない?」


 「ごめん、でも、俺…」


 「大丈夫。アオイは間違いなく体調崩してないし、私はできなかったが、アンタならアオイを見つけられるんでしょ。だから急ぐ必要はないさ、ちょっとだけお姉さんの話を聞いてくれない?」


 話ってなんだろう。リクからは今までのような焦りや諦めを感じられず、その落ち着き具合は隠居した老人のように見える。


 「わかった。」


 「ありがと、二人きりのときに話しておきたかったんだ。」


 俺たちはベンチに座ると、リクは俺に目を合わせずに話し始めた。


 「………私4月のころに好きな人がいるって、話してたの覚えてる?」

 

 「覚えてるよ。結局それは誰なのかわからなかったけど。」


 「ふふ…そっか。私の好きな人ね………アオイちゃんなの。」


 「え?…それって家族としてってこと?」


 「ううん、性的対象として。私、ゲイなの。」


 「………そう、なんだ…初めて知った。これ、俺以外に知ってる人は?」


 「誰も知らないわ。カザマが初めて。」


 彼女は座る体勢を正して、俺に見せたことのない子供っぽい笑みを浮かべる。


 「ごめんごめん、そんな重い感じで話すつもりはなかったんだ。カザマが真剣に聞いてくれるから、つい…」


 「悪い……適当に聞きながしていい話題ではないから。でも、これだけはわかって、ゲイであろうとそうでないだろうとリクは俺にとって大切な人だ。」


 「…そういうとこ、変わんないなぁ。ほかの子だったら勘違いしちゃうよ…まぁ、私はカザマのそういうとこ結構好きだけど…」


 リクは滴る涙を手で拭き取り、少し湿った声で話す。


 「カザマならこういう風に答えると思っていたけど……実際言葉にして受け入れてくれるのって……嬉しいものなんだね」


 「ああ…」


 俺たちの話してる間にいつの間にか雪が降り始める。リクは嬉しそうに降り注ぐ雪をてのひらに乗せる。


 「いつから、アオイを好きになった?」


 「……それ聞いちゃうんだ…そうね、それはきっとアオイちゃんを初めてみた時からね。」


 「一目惚れってこと?」


 「ええ、見た途端アオイちゃんを自分のものにしたくなった。付き合いたい、結婚したい、って子供ながら考えてた。」


 今まで知らなかったリクの思いを聞いて、胸が苦しくなった。


 「私の人生はいつもアオイちゃんを中心に回っていた。彼女の望むものをできるだけ叶ってあげた。だから……」


 いつかのバスで、有名な探偵は教えてくれた。気になる相手の目を見ろって。そのアドバイスは確かに的確だ。そのせいで、今のリクのことはよくわかる。


 


 リクは一息ついて、改まって話す。


 「だから、アオイちゃんの望む通りに、一時期はアンタと付き合おうとも思った。」


 「…そういうことだったのか……でも、リクは男のことが…」


 「うん、好きになれないよ…誤解しないで、嫌いってわけじゃないよ。ただ、恋人にするのはムリってこと。」


 「……それなのに無理して、俺と付き合おうとしたのか、アオイのために。」


 「ええ。だから上手くいかなかったんだ…」


 リクは俺の肩を手で組んで、自分のそばに引き寄せる。


 「私たちってどこまで行っても結局はね!恋ではなく、家族愛で結ばれている。」


 「それは、アオイのこともか?」


 「………ええ、アオイちゃんもよ……私たちは仲良し。でもアンタとアオイちゃんは違うんでしょ?あの子もきっとなんかじゃ満足できない。」


 「………」


 「ほら!!お姉ちゃんの話はおしまい!早く戻ってやりな。」


 リクは俺の背中を押し、彼女のもとへもどるよう促す。


 「リクは?一緒に戻らないのか?」


 「私はいいの。この映画見たかったのは本当だし、私は見てから帰るよ。はやくお行き、クリスマスは好きな人と過ごすのが一番。でしょ!」


 「………わかった!ありがとう!リク!」


 雪はいっそ強く降る中、俺は力強く彼女の元へと走って帰る。すぐにでもこの思いを伝えなくちゃ!


 ……ーーーーーーーー


 ……ーー




 私はきっと思考放棄してたと思う。好きな人が望んだとおりにするのは愛情表現でもなんでもないわ。自分の傷を隠しながら、相手を傷つけているだけね。


 もっと早く応援してやるべきだった。


 たしかに恋は愛だけれど、愛のすべてではない。


 付き合う。手をつなぐ。キスする。セックスする。


 たしかにこれらは愛だけれど、愛のすべてではない。


 私はを捨てる。でも彼女を愛すことはやめない。


 例え、誰かに気づかれることがなくとも、私は一生彼女の幸せを守る。


 それは私にしか、にしかできないことだものね。


 「カザマ………アオイちゃんと幸せになりなさいよ。」


 ……ーーーーーーーー


 ……ーー




 「はぁーーはぁーーーはぁーーー………」


 最寄り駅から降りると、俺はすぐさま走り出した。


 早く、はやく、一刻でもはやく彼女のもとへ帰りたかった。


 呼吸を遮るマスクを外し、放熱を邪魔するダウンジャケットを脱ぐ。少しでも歩幅が広がるように、1ミリでも遠くへ飛べるように。


 彼女に拒否されたらどうしよう。もう2度話せなくなったらどうしよう。小さな虫のような恐怖はあるものの、今の俺は決して止まらない。


 だって、アオイはいま独りだから。


 そんな彼女をほっとけない。


 大好きな人を独りにしたくない。


 俺は全力で走り続けた。


 「アオーイッ!!いるか!?」


 家の扉を強く開けられたせいで、集おじさんはびっくりして俺のいるほうに振り向く。


 「あれ?風舞くん?リクさんとデートしてくるってアオイから聞いたけど?」


 「あ、それは色々あって…おじさん、アオイはいますか?」


 「ああ、先まで居たのだけど、雪が降り始めたから散歩してみてくるって言って出かけた。多分少し経ったら戻ると思うから、ここで待ってくかい?」


 「いえ、大丈夫です!居場所わかりましたので行ってきます!」


 「エネルギッシュだね~」


 わかったとは言ったものの、実際は彼女がどこへ向かったかなんてわからない。俺はアオイが行きそうなところを一つずつ回って探し始めた。


 体育祭のときもそうだが、アオイは隠れるのが結構うまい。リクと他人からみたら、俺は毎回すぐにアオイを見つけているように見えるが、実際はそんなこと全然ない。


 俺は毎回しらみつぶしに探してるだけ。なので、今回もそうして彼女を探す。


 「ダメだ…はぁはぁ……どこにいない…こんな雪の日にどこ行ったんだ……」


 なぜ?


 いつもと違って今日は全然彼女を見つけられない。


 スマホにチャットしても反応はない、電話をしても出ない。まるで、神隠しにでもあったというのか。


 いつもならもっと早く見つけられるのに……


 もう町中探したってのに、どこにも見当たらない。


 一体彼女はどこにいるのだろう。




 「(カザマ!起きないと………)」


 ふと思い出した。


 「(手を放してくれないと………)」


 それは遠く昔に大切にしていた思い出。いつの間にか霞んで忘れていた記憶。


 「(キキ、キスしちゃうからね!)」


 子供のころ、俺はいつも通り神社裏の池のそばで昼寝をしていた。


 夕食の時間になると、アオイはいつも俺を呼び戻しにくる。


 そんなある日、俺はほんのイタズラのつもりで寝たふりしてアオイを抱っこした。


 彼女が怒ると思って、彼女が困ると思って些細なイタズラをした。


 でも彼女は予想外の反応をしてきたんだ。


 キス。


 人生で初めてキスされた。


 きっとその時から、俺は………ーーーー




 「そこにいるのか…アオイ!」


 アオイの居場所を確信した俺は、すぐさま方向転換して神社裏の池へ向かった。

 

 住宅が並び立つ公道。


 人と車が行きかう交差点。


 淋しく佇む神社。


 それらを越え、神社裏の坂道を登っていく。


 「アオイッ!!」


 彼女は池のそばに傘を持って立っていた。声に気づいたのか、俺のほうに振り向く。


 さんざん走ったせいで、体中がクダクダで手足に力が入らない。でもそんなのはどうでもいい、彼女と話さなくては…


 「?………!カザマ?!都鳴市にいるんじゃ…?」


 「……ぜぇーぜぇー……さっき、戻ってきた…」


 「なんで戻ってきたの!?メッセージ読まなかったわけ?」


 「…もちろん読んだ。」


 「だったらリクとデートしてってよ!!こっちがどんな気持ちで行かせてるかわかってるの?私のとこに戻ってきてどうすんの!!」


 「ごめん…お前を独りにしておけなくて…」


 アオイは呆れたのか、俺に背を向けて続ける。


 「……もーーーう!!アンタは本当に…どうしてそんな………私は独りでも大丈夫だから、なんかに構わないで…クリスマスは好きな人と過ごしたべきだよ。今からでもリクのとこに行ってきな…」


 「ああ、そのとおりだ。だから俺はの所に来た。」


 「へ?……それって…」


 俺は駆け寄って、彼女の小さな二の腕を掴んでこちらに振り向かせる。


 「俺が好きなのはお前だ!アオイ!」


 「へ!?え?…何言ってんの?……そんなの…信じられない。」


 「ウソじゃない。、信じてくれ!」


 「だって……私なんて好きになれる要素ないよ…全然女の子ぽくないし…全然いいとこなんて…」

 

 彼女の言葉はより一層俺の心を搔き立てる。


 どうしてこうも自分の好意が伝わらないのだろうか…


 「いいとこはいっぱいあるさ。」


 俺は彼女の腕から手を放し、彼女の両手をやさしく包む。昔リクが教えてくれた人にやさしくする方法。


 「料理をいつも俺の好みに配慮してくれるところ、泳ぎが下手でかわいらしいとこ、自分よりも誰かを優先する優しいとこ、繊細で傷つきやすくいつも独りで泣いてしまうところ……全部、ぜーんぶ!」


 「…カザマ……」


 「好きだ。ずっとそばにいてくれ…」  


 どうか、俺の気持ちが伝わりますように…


 「……なんか、ずるい……というかそれ、ほかの子だとプロポーズと勘違いしちゃうから…」


 「プロポーズとしてとられてもかまわない。だけどほかの子には言わない、アオイだけだ。」


 「……………やっぱずるい……こっち見んな…こんな顔、好きな人には見せられない…」


 両手で顔を隠すが耳まで真っ赤になっているのは見てわかる。そんなアオイの反応がたまらなく愛おしいので、我慢できずに彼女の手をどけて顔を近づけた。


 「ちょ………ち、ちかいんですけど??鷹過くん?……!!」


 「仕返し。」


 ファーストキスをアオイに盗まれた同じ場所で、俺は彼女に仕返しをした。






 いつも、願っていた。


 家族がいつか、自分のそばから離れないようにと。彼らの時間が失われないようにと。


 時は過ぎていくが、彼らの時間はきっと失われない。


 彼らはいつまでもカラフルでありますように。 

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