第14話「父」
今日は秋の文化祭二日目。
初日の自由出店に加えて実行委員の計画した全員参加型イベントも行われ、夕方には後夜祭が予定されている。
そんなお祭りの最中であるにもかかわらず、カザマは自宅謹慎を食らってしまった。私は学校をさぼって彼の暇潰しに付き合っている。
「カザマくん、右手と左手使わないでもらえます?」
「足でゲームしろってか?」
「うんそうして。」
カザマはアウトドア派のはずなのに、なぜかゲームはめちゃくちゃ上手い。
「リク、親指だけじゃ間に合わないよ、人差し指と中指も使って。」
「うわ、なんで手ケガしてるのにそんな滑らかな動きできる?」
一応学校からは反省文の課題が出されているが、書くつもりはないようだ。
かと言って他にやることがあるわけでもないので、こうして久しぶりに私の部屋でゲームを遊んでいる。
そもそもなぜ自宅謹慎なんかになってしまったのかって?
話は昨日、文化祭初日にさかのぼる。
文化祭初日。
私とカザマの当番は午後なので、午前中は自由に動き回れた。というよりアオイちゃんの当番が午前中だと知って、二人とも当番を午後にずらした。
「アオイに当番は午前って言ったよな?」
「当たり前よ。あの子ったら真面目に信じちゃって、当番を午前に回したわ。」
「そこまでにして俺らに見せたくない出し物か……見ないであげたほうがいいんじゃないか?」
「ええ、たしかにそうね………で、いくのやめる?」
「ううんやめない。いくぞ!」
「そう来なくちゃ!!」
アオイちゃんには悪いが、私とカザマ二人はこういう悪役ムーブが大好きなのだ。
「えーーと…1年D組、1年D組…あった!!」
「これって……」
私たちはパンフレットからアオイちゃんのクラスを見つけ出し、その出し物を知ることができた。
たしかにアオイちゃんはこういうの見せたくないね。
さすがにかわいそうな気もするが、それは気のせいでしょう。どうやらカザマも同じ考えのようで、二人して軽快な足取りで1年D組へ向かった。
「いにゃっしゃいませ~~…ごしゅッえ”!!なな、なんでここに…」
いつもクールでツンツンしてるアオイちゃんは、猫耳のカチューシャとセミロングスカートのメイド服を身に纏っている。
「きゃーーーー!!!かわいいーー!!!写真撮らせて撮らせて!!」
「イヤ!!!撮るなリク!!…カザマもいるかよ!見るな変態!痴漢!」
よく見ると、ほかのクラスメイドは簡素な仕上がりに対して、アオイちゃんだけやけにかわいくデコられている。
おそらく最初からアオイちゃんのメイド服姿を見るために、クラスメイト全員で図ったのでしょうね。
一年生の後輩のみなさん、よくやりました。これは将来有望ですね。
「おいおいおい~アオイさんよぉ。俺とリクはお客様なんだぜ!そんな態度で接して良いのかな~??」
さすがはわが弟。私に負けらずと悪役が似合う。
「なんだと!ばかカザマのくせに…もういい!やめる!私帰るから。」
「あら~アオイちゃんその服かわいいわね!」
「あ……藍おばさん…」
ごめんねアオイちゃん、これでもあなたのお姉ちゃんだから、あなたが逃走しようとするのは想定済みよ。その対策として、藍おばさんを連れてきた。
「ね、ねぇ!私にも接客して~」
私とカザマみたいな大悪党と違って、藍おばさんは純粋に娘の文化祭を楽しんでいる。だからこそたちが悪く、アオイちゃんをこの場から離さない。
「は、はい……いにゃっしゃいませ…席はこちらです…にゃ。」
「いや~アオイちゃんほんとかわいいわね!いつもおうちでもそr…」
「嫌です。しません。絶対にしません。」
藍おばさんに屈したアオイちゃんを見て、私とカザマは互いに喜んだ。
「(うまくいきましたね、リクの姉貴。)」
「(カザマこそ、おばさんを連れてくるなんて名案を思い付くなんて、悪い子に育ちましたね。)」
バーン!アオイちゃんはメニューで私たちの頭を叩き、注文を促す。
「で、ご主人様は注文がお決まりでしょうか?飲み物とお食事全種類ですね。ありがとうございます。」
「え、待って全種類って…」
「注文入りま~す!当店持ち帰り、禁止なので。残さずにた・べ・て・にゃ!!!」
「「あ、はい。」」
その後、私たちは出された料理をすべて食べるハメになったが、二人とも後悔はなかった。
ここまではまだ楽しい文化祭だった。問題となったのはお昼の休憩時間の出来事。
私、カザマとアオイちゃんは3人ともフリーになり、3人で校庭のステージを見に行くって話になった。
「二人とも許さないんだから……チェキ、ちゃんと処分してよね。」
「うん!もちろん(処分しません、大事に保管します)。」
「あと5分で始まるみたいだから、急ごうぜ!」
「はいはい~」
5分後に始まるステージは、カザマの同級生が組んだバントによるものらしい。だからカザマに限らず、私も結構愛着あってそこそこ楽しみにしていた。
だけれど、私たちは今回のライブを見ることができなかった。
「お前…風舞か?」
呼びかけられたカザマは背後に振り向く。
そこに立っていたのはひとりの中年男。
髭は手入れされずに生えたまんま、ボロく汚れのついたアロハシャツを着てる上に、ジャラジャラと似合わないネックレスを身に着けている。極めつけには伸びた髪をポニーテールにまとめていて、とにかく不潔な印象しかなかった。
如何にもチンピラって風貌のこのおじさんを、私は誰だかまったくわからなかった。
「おい、どうした?覚えてないのか?俺の事…」
「……一日足りども忘れたことはないさ。親父…」
「え?この人が…カザマの……」
同じ遺伝子を持ってると思えない二人を見て、私とアオイちゃんは驚きのあまりに固まってしまった。
「……今までどこに行ってた?」
声色だけでわかる。今のカザマは私たちに見せたことのない怒りで満ち溢れている。今にも目と鼻の先のこの男を殴りかかるに違いない。
そう察した私は、カザマの腕を軽くつかむ。
「(落ち着いて、カザマ)」
私の言葉は届いたかはわからないが、怒りに満ちていたカザマの目にほんの少し冷静さが戻った。
「ちょっと軽く稼ぎに行ってたよ。お前と藍、元気だった?」
「ちょっと軽く?あぁー、アンタにとって13年間っていうのは、ちょっと軽くってことか……
「見ないうちに生意気になったんじゃねぇか…また昔みたいお仕置きでもされでぇみたいだな!」
風太郎はカザマに詰め寄り、殴ろうと手を伸ばすもカザマに軽くあしらわれる。
体勢を崩された風太郎はアオイちゃんの方向で倒れ、彼女にぶつかってしまう。
「痛ったぁーー!!……って、お前さんアオイか?」
「あ……ち、違います。」
「いいや、違わねぇ!あの時のチビが良い女になりやがって…おじさんによーく見せてm」
気が付いたら、私の掌はこのクズ男の顔をビンタしていた。バシーンと心地の良いビンタ音が広場に響き渡り、周りの生徒の視線を集める。
さすがに学校で喧嘩はまずいと思っていたが、今はカザマの気持ちがよくわかる。
この男は殴ってなんぼなんだって。
「アオイちゃんから離れて!」
「ガキぃ!お前、地中んとこの娘か…大人を怒らせるとどうなるか教えてやるよ。」
そう話す風太郎はすでに私へ向かって手を伸ばし始めた。勢いよくビンタしたのはいいものの、反撃されることを考えてなかった。
「……ッ!」
焦る私を守るようにカザマは風太郎の横に回り込み、彼の脇腹におもっきり蹴りを入れる。
風太郎は息子の蹴りの威力に耐え切れず、数メートル先まで情けなく転がる。
何とか起き上がろうとするも、あまりの痛みにせき込みが止まらない。
「なになに?喧嘩?」
「ね、ヤバくない?鷹過先輩がお客さんのおじさんを殴ってるよ!!」
「はやく先生呼んでこよ!!」
野次馬の騒ぎはどんどん大きくなり、何人かは職員を呼びに行き始めた。
「とっとと失せろ。今のはアオイとリクの分だ、アンタの自業自得だからな。」
「アオイちゃん、カザマ。もう行きましょう。」
「う、うん!カザ…」
「ーーーーーーーー風舞ぁ!ここで逃げられても、家のほうはどうかな?今も引越してないんだよな?」
「………」
風太郎は咳で吐き出した唾を拭きながら立ち上がる。
「今のお前は隙がなくとも、四六時中警戒してるわけにはいかない…だろ?早いとこ親孝行のお金、置いてったらどうだ?」
「……何が目的かと思えば、金か。」
カザマは財布を手に取って、中のお札を何枚か取り出して風太郎のほうに向かって歩き出す。
「カザマ!あんなやつに渡すことないよ!」
心配になったアオイはカザマに声をかけるが、彼は決して立ち留まることはなく、父親にお金を渡した。
彼は何をするつもりかはわかってる。昔からカザマはこういう人間なんだ。
「なんだよ、話せばわかるんじゃん。これぽっちかよ!まあいい、またくるから藍によろsーーーーーッ!!」
風太郎が話し終わるのを待たずに、カザマは彼の顔に拳を叩きこんだ。
カザマは昔から身内にはどこまでも甘く優しい。
が、裏を返せば彼は家族の脅威とみなした相手はたとえ赤ちゃんであろうと容赦しない男。
「アンタが会いに来て、騒ぎを起こすだけならそれはただの身内の問題。仮にも父親だ、アンタがそのまま帰ればこうするつもりはなかったよ。」
そう話すカザマは反撃しようとする父の腕を押さえつけて、馬乗りで殴り続けた。
「けれど、アンタは俺の家族の安全を天秤にかけた。超えちゃいけない線を超えた。だから止めてやんなくちゃいけない。」
馬乗りされた風太郎はじめは抵抗を見せていたが、次第に手足の力は抜け動かなくなった。地面に垂れる血液は増えていって、動かない彼は死んだのではないだろうかと疑う者も現れ始めたが、カザマを止める者は私とアオイちゃん以外で誰もいなかった。
普段は温厚で親しみやすいカザマから想像できない暴力的な一面に、みんなは引いている。
でも私なら…いや、アオイちゃんもわかるはず。
この場で一番傷ついてるのは彼の父でなく、カザマ本人である。
今より昔のこと…
小さな男の子が泣いていた。泣いて、泣いて、また泣いて…
どうして泣くのかと聞いてみたこともあるが、理由を聞いたところで私は男の子を癒すことができなかった。
私の家族は一人として欠けたことがない、だから彼に共感できなかった。
でも、彼はいつまでも泣き止まなくて、悲しそうに見えた。
だから私はウソをついた。
男の子の手を優しくとって、こう言った。
「きっとお父さんはすぐに帰ってくる。私がそばにいるよ。」
それを聞くと、カザマはいつも泣き止む。
今カザマが殴っているのは父ではない、そんな父親を恋しがっていた過去の自分を殴っているのだ。
そうさせたのは、私。
私は軽率にウソなんかついたから。
彼の傷を下手に最小限にしようとしたから、その負債は全てこの時に回ってきて、カザマを最大限に傷つけている。
「カザマ…ごめんなさい…もう、やめて…」
こうしたかったわけじゃないのに…
カザマに悲しんでほしくなかっただけなのに。
風太郎の顔もカザマの拳も血まみれになってやっと、連絡を受けた教職員が止めに入った。
風太郎は騒ぎに紛れて学校から逃げ出したが、私たち3人は加害者として会議室に連れてかれた。
文化祭警備に必要最低限な先生を除いて、教師はほぼ全員その場に集合し、私たちを睨みつけていた。誰もかれも政治家のような難しい顔をして校長先生の到着を待っていた。
一色先生は無言でカザマの手当を済ませていた。彼女の今にも泣きそうな顔はきっと、一生忘れることがないだろう。
血は繋がってないものの、実質私たちの育ての親である彼女をこんな顔にさせたのは本当に申し訳ない。
2,3分ほど待っていたら、校長先生はその姿を見せた。
「皆さん、お待たせしました。お座りください。」
校長先生の声掛けに応じて、先生たちはみんな席に着く。もちろんその声掛けは先生に対してのものであり、私たちは着席を許されたわけではない。
「……すみませんでした。あの男を殴ったのは俺です。地中と雲谷は関係ありません。」
カザマの声は震えていたが、その瞳に一片の怯えはない。どうして彼はこんなに強いのだろう?
この場で誰よりも逃げ出したいのに、誰よりも傷を負っているのになお立っていられるなんて。
そんな彼の言葉を聞いた教頭先生は机を強く叩き、前に乗り出す。
「何考えてんだよお前ッ!!なんであんな完膚なきまで殴った?なにしたのかちゃんとわかってるのか?」
顔も知らない先生らは教頭に続いた。
「ええ、そうよ……その責任は誰が取るかわかってるの?世間様にどう言い訳する気なんだよ…」
「この学校の唯一の看板は”トラブル0”なのに、なんてことやらかしてくれた…しかもよりによって文化祭で…」
「来年の新入生がこれ以上減ったら、どうするつもり?」
あまりにも自分たちの都合しか考えてない大人たちを目の当たりにして、私は怒りに支配されそうになった。
「ちょっと!カザマのことそん…」
「静かに!みなさんは先生である自覚はないのですか?”手本として道の先に生きる”。それが先生でしょ!看板なんかより自分たちの生徒を先に心配したらどうですか?」
「………」
会議室が静かになったところで、校長先生は話し始めた。
「一色先生、ありがとう。彼女の言う通り、みなさんは反省してくださいね。鷹過くん、地中さん、雲谷さん。お見苦しいところを見せてしまって悪い…」
「いえ…」
「手のケガ、大丈夫か?女子二人もケガしてないか?」
「はい、俺は大丈夫です。」
「私と雲谷さんもケガありません。」
「ならよかった……先生方の先ほどの言い方はどうかと思うが、世間ではこういう厳しい意見もある。一足先の社会勉強だと思ってくれ………聞かせてくれるか?なぜあの男を殴ったのか。」
校長先生の言葉には冷静さと知性が宿っており、不思議と落ち着いた気持ちで聞いていられる。朝礼だと落ち着きすぎるから校長先生の話は眠くなってしまうのか、と私は心の中で静かに納得した。
「あの男は俺の父です。彼女らに痴漢行為と暴力行為、そして俺にお金の脅迫をしてきたので身を守るために殴りました。」
「…なるほど。事情はわかったが、今回君がしたのは正当防衛ではない。あきらかな過剰防衛だ。その点は理解した上で反省してるか?」
「……理解はしてます。」
だけど反省はしてないね、これ。きっと、先生が来る前にヤツの息の根を止めたかったと思っているはず。
「……私たちは事情を知った。ゆえに、それを考量した処置ができる。でも事情を知らない世間と生徒に残るのは、君が男を殺しかけたという暴力行為の事実だけだ。そんな君に彼らは優しさを見せるはずがない。」
「………」
「不服なのはわかる。刑務所に入りたいのならその行動は最適だ。でも君は違うだろう、大切な人が居る。彼らへの影響も考えて行動するべきだ……1週間自宅謹慎と反省文。あとは親御さんと面談をさせてもらう。いいな?」
「……はい。ご迷惑おかけしました。」
「よし。ケガをしてるんだ、しっかり休息を取ってくれ。…ーーーーー先生方は残ってください。今後の対応とみなさんの発言に問題を感じましたので、それについてを話し合いがあります。一色先生は彼らを自宅まで送り届けるように。」
一色先生は校長先生の指示通り、私たち三人を自宅まで送り届けた後また学校へ戻って行った。
私たち3人もなんだか顔を合わせる気分になれなくて、各々自宅でその日を過ごした。
そして現在に至る。
ゲームで遊び疲れた私たちは適当に寝そべっている。
「カザマーー!あなたの寝てるとこ、私のベッドなんですけど…」
「代わりに今度俺ん家のベッドで寝ていいよ!」
「そーいう問題じゃない!仮にも乙女のベッドだぞ、遠慮がなさすぎる。」
「はいはい。」
「カザマのお腹、枕にしていい?」
「うん。」
私は頭をカザマの脇腹に預け、一緒に寝ることにした。
「……腹筋、固いんですけど!もっと太って脂肪付けるように!」
「ハハハ…嫌だね。」
「よく考えたらすごいよね、私たち。普通ならこの距離感はもう恋人のアレよ。」
「確かに…まあ、人それぞれだろ。」
「…ええ、人それぞれね………昨日庇ってくれてありがとう。」
私の言葉を聞くなり、カザマは包帯ぐるぐる巻きされた右手を私の見えないところに隠す。
カザマはいつもそうよね。恩を押し付けないし、自分の傷を見せたがらない強がり。
「あれは俺じゃなくとも庇っていたよ。」
「でもあの場ではカザマしか守ってくれなかった……」
本当はお礼を言いたいわけではない。むしろその逆で、彼には謝りたい。
「……カザマ。小さい頃私がよくあなたの手を取って、ウソついてたの覚えてる?」
「…ああ。よく覚えてる。」
「私………」
カザマは私の次に放つ言葉を察したのか、そっと私の額に手を優しく乗せた。
「わかってる。大丈夫だよリク…いつも涙を止めてくれたのは嬉しかった。」
「…うん。本当にありがとう。」
嗚呼、罪な男ね。そりゃあ、アオイちゃんが好きになるわ。カザマのこういうところは本当に羨ましい。
偉そうに優しく傷つけるだなんて言っておいて、結局それが一番相手の傷を深く抉る行為に気づかないなんて…皮肉なものね。
いつまでも、3人で一緒にいるのは無理だと思っていたけれど…
今なら無理じゃない気がする。
「カザマ。」
「ん?」
「やっと…進路決められるかも。」
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