第13話「体育祭とアオイ」

 あいも変わらず自分の妬みのせいだけど、祭り事に集まる親子は不快この上ない。だけど体育委員である私は欠席するわけにもいかず、できるだけ観客席を見ないように午前中を過ごした。


 そうしているうちに、午前の項目は全部終わった。この後は恒例の観客の家族と昼食を取る時間。


 「……校舎裏誰もいないといいんだけど。」


 私はカバンから自分の弁当箱を取り出すと、その下にあるもう一つ大きい弁当箱の存在に気づいた。


 「あ……そういえば、カザマ今日は弁当必要ないのか。」



 男子は体育祭でたくさん体力を使うと思って、特大サイズで中身はあいつの好物ばかり詰め込んだのに…


 「そうだよね…今日、あいつ家族がいるもんな……どうしよう、これ…私一人じゃ食べきれない……」


 しかたがないので、私はカバンごと持って校舎裏へ向かった。


 体育館裏でもよかったんだけど、なんとなく今日はそこに人が居そうな気がした。少し距離はあるが、その分確実に人はいないので私は校舎裏を選んだ。



 校舎裏にいい場所はないかと少し探し回ったが、最終的に元駐輪場スペースにたどり着いた。


 この場所は元々学校を建てるときに設計ミスでできたスペースらしい。特に用途がなかったので、3代目の校長先生が駐輪場として利用し始めたらしい。


 今となってはこの壁に囲まれた三角のスペースはほぼ廃墟と化してる。


 「…涼しい!ここにしようかな。」


 日光が入らない上に絶妙に風の通りが良いので、私は自分だけのオアシスを見つけたと思い小さくはしゃぐ。



 今は使われてない物置部屋の手前の階段に座り、私は弁当を食べ始めた。


 棟の反対側から学生の騒ぐ声が聞こえたので、それらを遮断するためにイヤホンをつけて音楽を流す。


 思えば、私はいつからこんなにも親子というものが苦手になったのだろうか。とそんなしょうもない自問自答しても仕方ない。


 どう考えても父親が私を捨てた日からに決まっている。


 藍おばさんとカザマは私にとってかけがえのない家族ではあるが、それでもどこか壁を感じる。



 藍おばさんは小さい私に決してとは呼ばせなかった。


 「アオイにはちゃんとした両親がいる。あなたから遠く離れてはいるけれど、確かにあなたを愛しているんだわ。だから、私はアオイの母親に代わることはできないの。」


 なぜそんなことを教えるの。最初から私を騙して、母親だって言えばよかったのに…


 そうすれば、私はカザマが実の兄だと思い込むから意識せずに済んだ。誰にも食べられることのないお弁当を作ることもなかった。


 リクと一緒に居るところを見ても、こんなにつらくはならなかったのに…



 もうカザマとリクは付き合ってるみたいだし、これからはカザマの家にいくのはやめよう。


 でもあいつのお弁当くらいは…作って置いとけばいいよね?いや、こういうのはキッパリやめて線引きしないと、きっと迷惑になっちゃう。


 だけど、藍おばさんには会って…


 「あああーーもうッ!!もう会わないっての!!!…」

 

 「会わないって誰に?」


 「ーーーえ?」



 もう会わないようにしようと決意した私の目の前に、彼は現れた。


 「…なんで、ここに?」


 「ん?なんでもなにも、体育祭は毎回一緒にメシ食ってんだろ。伝統行事伝統行事~」


 「……そういうの、いいよ。一人でご飯食べるの何とも思わないから、リクのとこに行きなよ。ーーッた!なにすんのさ!?」


 カザマは私に強めなデコピンをして続ける。



 「お前は気にしなくても、俺が気になんの。それに、作ってきたんだろ。」


 カザマは勝手に私のカバンに手を伸ばし、中にある弁当を取り出す。


 「毎年これ楽しみにしてんだから、一緒に食べようぜ!」


 そう言うとカザマは隣に来て、私を横に退かして狭い幅の階段で一緒に座る。


 「も、もう……アンタさ、リクと付き合ってるのに、私なんかと一緒に居たら怒られちゃうよ。」



 「付き合ってないから。」


 「ウソつけ!だってあの日、二人キスしたじゃん…」


 「してない…されそうではあったけど、止めた。その直後のタイミングでお前に目撃さたけどな。」


 「そんなの、信じると思う?」


 ってよく考えたら、なんで私が問い詰めてるんだろう。彼氏に浮気された彼女みたいなこと言っちゃって……



 「証拠はない、でも本当なんだよ!俺を見てくれ!俺の嘘を見破るの得意だろ。」


 カザマは私の両肩を掴み、自分の目を見せるように少し顔を近づけた。


 「クラスメイトと後輩なんかに噂されたってどうでもいい。でも、お前には勘違いしてほしくないんだよ!俺はリクとキスしてない。」


 確かに嘘はついてない。カザマは癖で嘘をつくとき、必ず左瞼を少し下げる。だからわかる、彼は本当のことを話しているのだと。


 「わかった、わ、わかったから!なんか恥ずかしいから離して…」



 カザマが離すと、私は速攻で反対側に顔を向けた。


 確かに顔が近くて恥ずかしかったけれど、それ以上二人はキスをしていないという事実ににやけてしまう。こんな間抜けな顔は絶対見せられない…


 それにしても、カザマはなんで勘違いしてほしくないんだろう?


 だって勘違いしてもしなくとも、二人は早かれ遅かれ付き合うだというのに、今わざわざ誤解を解く必要はどこにあるんだろうか。


 「ど、どうして…?勘違い、してほしくないの?」



 「バカやろ!そんなの決まってんだろ!お前のことが……ーーーー!……お前の、ことが………俺は、リクじゃなくて……」


 「?」


 急に黙ってどうしたんだろう。私は気になってカザマのほうに振り向く。


 私と目が合った途端、カザマは私と同じように反対側に顔を向けた。


 「カザマ…?」


 「あ……あ~なんでもねぇよ!べべべ、弁当美味いからみんなに分けてくるわ!」


 そう言うと、カザマはぶっきらぼうに弁当を持ったまま立ち上がり、逃げるようにこの場から離れた。



 「あ…その弁当………私のなんだけど。」

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