第11話「体育祭とカザマ」

 あの夏祭りを終えると、俺たちは2学期に入り体育祭を迎えた。


 海の一件でアオイは俺を避けるようになったが、夏祭りでリクと俺のキスしそうなところを見られてからは、まったくやり取りがなくなった。


 それとは裏腹に体育祭までの間、リクは時間さえあれば俺の所に来るようになった。


 一緒にお昼を食べたり、暇だから屋上に連れてかれたり、休日は買い物に付き合わされたりと、とにかく2人でよく一緒に過ごすようになった。


 彼女は多分俺の外堀を埋めようとしてるんだ。獲物を逃さないようにと。



 「見てみて!鷹過先輩と地中先輩がまたいっしょに歩いてる!」

 「体育祭でもベッタリしてるとか、これ雲谷のやつ負けたんじゃね?」

 「バカ言うなよ!!アオイさんは一時的撤退をしてるだけだぞ!」


 校庭へ向かう道中、リクが腕を組んでくるせいでまわりのガヤがより一層うるさく聞こえる。


 「リクさぁ、恥ずかしいから腕組みやめてくれない?」


 「やだ。」


 「ですよね…」



 校庭の自分のクラスのスペースに着くと、リクはようやく放してくれた。


 今朝家を出るときからアオイの姿を見てない俺は、無意識のうち彼女の姿を探し始める。今日は特にそうせずにはいられない理由がある。


 学校生活には体育祭や文化祭のような楽しいイベントがあるが、アオイにとってそれらは苦痛でしかない。


 まわりを見回していると、いつのまにか開会式が始まる。先生の号令を聞くと、1年生から3年生まで全員が一斉に立ち上がり、事前に練習した通りに行進する。


 校庭外周を一周まわると、順番に校長先生の立つ台の前に並ぶ。



 先生とPTA会長の長くてつまらない挨拶が終わると、今度は全クラスの体育委員による宣誓が始まる。


 俺はここでやっとアオイの姿を見ることができた。


 「朝早いのは体育委員だったからか…」


 小さいころはよく俺の背中に隠れていたアオイのことをなんだかすごく遠い人のように感じた。


 彼女から避けられるようになってからより一層そう感じる。



 開会式が終わると、俺ら生徒はすぐに自分のクラスのスペースに戻った。その直後に最初の項目の召集が始まる。


 俺は今回午後の項目しか出場しないので、暇つぶしに一色先生の手伝いをすることにした。


 教師スペースにいくと、一色先生は備品管理で大忙し。加えて我が子の活躍姿をみようと、見学しにくる保護者たちの人数も徐々に増えてきたため、彼ら向けに配るパンフレットや飲み物なども気にしなければいけないようだ。


 「せんせ、俺手伝ってもいい?」


 「カザマくん!助かります!保護者のみなさんにパンフ飲み物配りをお願いしてもいいですか?」



 「まかせろ!」


 俺はパンフレットの束をペットボトルの段ボールの中に詰めると、その段ボール箱ごと持って、保護者スペースへ向かった。


 箱の中身があと少しで配り終わる頃、背後から爽やかな青年のような声で話しかけられた。


 「ペットボトル一本もらっていいか?」


 「はい!もちろん!」


 俺は笑顔で後ろに振り向くと、そこには俺が父のように慕っている男と一人の女性が立っていた。



 「伯父さん!!龍太郎伯父さん!」


 「お久しぶり。」


 久しぶりの再会に感動した俺は、その場で固まり動けなくなっていた。そんな俺の肩に手を置き、伯父さんはこう言う。


 「大きくなったな、カザマ!」


 「は、はい!」


 伯父さんの後ろにいた金髪の女性も声かけてきた。


 「カザマくん、元気だった?」

 

 その女性は世界一有名な探偵モーガン。俺の伯父さんの仕事仲間であり、母さんと一色先生の姉のような女性。夏休みの時に、バスで偶然遭遇した彼女は、別れ際俺に別荘のカギを渡してくれた。



 「モーガンさん!…じゃなくて万華さん!」


 万華さんはサングラスを少し下げて、俺にウィンクしてみせた。


 「正解!よく覚えてたね少年。まあ、龍太郎はゆっくり話してて、私は椿ちゃんと藍ちゃんに挨拶してくるから。」


 「わかりました。理世さん、熱中症に気を付けてくださいね。」


 「はいはい~」


 万華さんが去ると、俺と伯父さんはどこかの木陰に座り、近況を報告しあった。



 俺は子供の頃から父親が居ない。事故や病気とかで死んだわけじゃない。たぶんまたそれが原因で居なくなってくれたほうが幸せだと思う。


 ヤツは外の女と浮気して、俺たち親子を見捨てたんだ。


 だから定期的に俺と母さんの様子を気にしたり、会いに来てくれる伯父さんのことに対して、俺は父のような憧れを抱いている。


 「…ーーそんなわけで、俺とアオイとリクは今、なんというか。お互いにあんま嚙み合ってないんだ。」



 伯父さんは軽はずみに笑うことなく、俺の相談を真剣に聞いてくれる。


 「とっくに仲良くしていられるの時期を過ぎたと思う?」


 「そうだね、過ぎたと思う。」


 伯父さんはあっさりかつハッキリに言う。その判断の速さにはさすがに驚いた。


 「君らは日々成長している。もう4・5歳の子供じゃないから、子供時代の付き合い方のままじゃ、いつかは関係が破綻すると思うよ。特にリクちゃんは思い出を大切にする子だから、昔の理想の自分たちと今の現実の

自分たちで悩んでるって感じがするね。」



 俺の話だけで現状のリクを分析できている伯父さんにビックリしたが、よくよく考えてみたら、伯父さんは世界一有名な探偵の助手なんだから、これくらいの分析力あって当たり前かもしれない。


 そんなかっこいい伯父さんを目の当たりにする度に俺はこう思う。


 【俺の肉親の父はこの人だったらどれだけ良かったか】って。


 「リクちゃんが3人の未来に絶望してるのはなぜだと思う?」


 「え?……未来のことを、しらないから?」


 「そう!それが正解。」



 「つまり…どういうこと?」


 「彼女の過去に何か成功してないことがあるんだ。過去を重視する彼女は未来のことにも過去の失敗経験を当てはめているんだ。だから3人の関係は続くはずがないと思い込む、そして一番傷つかない方法を優先的に取ってしまう。」


 「…なるほど。でもそんなの、俺にはどうしようもないんじゃ…」


 「カザマが成功例を見せてやれ。」


 「……」


 「リクちゃんに成功経験が足りないというなら、経験させればいい。人間関係は100か0しかないわけじゃない。君らの幼馴染って関係が途切れるのであれば、またつながって新しい絆を作ればいい。」



 言われてみればたしかにそうだ。俺たちは無理に昔の関係性を保とうとするから、お互いの変化に苦しむんだ。


 もっと成長を受け入れて、3人で心地良い関係を互いに作っていけばいい。


 「伯父さんありがとう!参考にしてみるよ!」


 「おう!がんばれ青年。」

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