第9話「分岐点」
「祭り行かない?私たち二人だけで。」
海に行ってから、アオイとリクの間によくわからない壁のようなものができた気がした。それは俺の勘違いだと思っていたが、リクからこう誘われた時、俺の二人に感じていた違和感は確信へと変わった。
「アオイは?」
「アオイちゃんは学校の友達とまわるって。だから一緒に行こ。」
「…わかった、いくか。」
夏休み最終日。
アオイは俺を避けるように、夏祭りへ出かけた。彼女にリクとのことを聞けないまま、俺はリクと祭り会場である水吏神社で待ち合わせた。
「おっまたせ!ごめんごめん待たせちゃって。」
「ううん、って…浴衣着替えてきたのか。」
「うん、去年は面倒臭くて私服で来たけど、今年はせっかくだから……その、どう?似合う?」
リクの浴衣はとても派手なものだ。上下は真紅がベースで、その上にいろんな名前の知らない種類の花の模様がついている。だれでも着こなせるような代物ではないが、リクにはとても似合っている
加えてリクもほんのり化粧してるおかげか、肌に赤みが増しいつもより血の気が通って健康的かつ艶やかな印象を与えるが、俺の知ってるリクはこんな色を好まない、というより彼女は赤が好きじゃなかったはず。なのにどうしてこの浴衣を選んだのだろうか。
そんな彼女を見て、俺はなんとなく赤い彼岸花を連想した。
「すごく似合ってるよ。」
「カザマは赤が好きだから、これを選んでみたの!似合ってるならよかった~」
「水吏高のマドンナって言われるのも納得だよ。」
「私そんな呼び名で呼ばれてるの?」
「うん。ミステリーでクール、いつも窓の外を見つめてるドえらい美人なのに話してみたら案外気さくな性格だから。1、2年からは大人気だぞ。」
「へぇ~そうなんだ。」
「ほら、入口のあそこでうちわ配ってるやつ。あいつ、リクのファンクラブ会長だよ。」
「え”?………ファンクラブまであるんだ…なんか照れちゃうな。」
ファンクラブはさすがに意外過ぎたか、リクはオジサンのような声を出して驚く。
「私なんて、ファンができるほどの人間じゃないのに…まあ、そんなことより早くお祭りまわろっ!」
「う、うん!」
リクは俺の手を握って、一緒に会場へ向かう階段を上っていく。
好きな人と手を繋いでお祭りに参加する。そんな夢のようなシチュエーションなのに、心臓の鼓動が加速しない。
リクは何かを焦っている。
理屈では説明できないが、なんとなく彼女からそんな焦りを感じ取れる。
俺はリクに違和感を抱きながらも階段を上っていくと、祭りの本会場にあっという間についた。
水吏神社の前に広がる数々の屋台は今年も燃える炎の如く、冷たい夏の夜に温度を与える。
遊びに来るのは基本的に水吏街の住民のみだが、その賑やかさは普段の過疎具合を全く匂わせない。
「この街ってまだこんな人いたんだな。」
「ホントね、みんな普段姿見せないのにね…実はここにいるみんなは神社の幽霊だったりして!」
「幽霊も一緒に祭り楽しんでくれてんなら、ここは最高に平和な街だな。」
「幽霊怖くないの?」
リクは振り向いて俺のほうを見てくる。
「怖いよ。でも幽霊も元々死ぬ前は俺たちと同じように祭りを楽しんでたって思うと、なんか親近感が沸いて上手く接せるかもと思える。」
「フフッ、海の肝試しの時はビビリ散らかしたくせに…」
「う、うるせ!ほらいくぞ!」
その後、俺たちはいろんな屋台を食べ歩きしながら祭りを満喫した。
会場の端から端までまわったが、友達と祭りに来てるはずのアオイの姿は一向に見つからない。
そのうちリクは歩き疲れて、休憩と称して俺を神社裏に連れていった。
神社裏には小さな天然の池があって、その前の階段スペースは俺たち幼馴染3人組にとって昔からの秘密な憩いの場なのだ。
高校に上がってからはここへ来てないので、久しぶりに来ると懐かしい気分になる。
「ここ久しぶりだよね~」
「うん、懐かしいよ。最近来れてなかったし。」
リクは池のほうを見つめていると、月明かりは池の水面から反射して彼女の頬と瞳に映る。そんなリクは前を見つめたまま質問してきた。
「…アオイちゃん見つけた?」
「え?」
「探してたんでしょ?視線でわかった。」
「観察眼すごいな…アオイ見つけてないよ。友達と一緒に来てるってリクが言ってたから、つい探しちゃった。」
リクはこっちに向くと、俺の手に自分の手を重ねて近づく。
「…ひどいなぁ、私とデート中なのにほかの女の子を探すなんて。」
「いや、ごめん…ってこれってデートだったんだ…」
「女子と二人きりで夏祭りまわる。端から見たら立派なデートだよ。」
リクは後ろに退く俺を押し倒し、反対側の手の指を絡めて繋いでくる。そしてさらに顔を近づける。
「あ、あの…リク、さん…これはどういう…?」
「シーー、私だけを見つめて。それとも私だけじゃ、物足りない?」
リクは浴衣なので俺を跨げないが、上半身だけを見たら実質馬乗りの状態で、顔をどんどん近づけてくる。
彼女は息がかかるぐらい顔を近づけると、今度はまぶたを閉じた。
このままでは彼女にキスされてしまう。
されてしまう?リクは好きな人なのに、俺はなぜ…
なぜこんなにも彼女とキスすることに嫌悪感を覚えるんだ?その嫌悪感に駆られた俺は本能的にリクの唇を手のひらで防いだ。
「……ッ!…カ、ザマ…」
後ろから呼びかけられた俺は、すぐさま振り向いた。
そこに立っているのは、よく見知った背格好の女の子だった。
「…アオイ……あ、これは、その違うんだ…」
冷静に考えたら俺は別に言い訳をする必要ないのに、なぜかドラマの浮気男のように下手な言い訳してしまった。
「……ああ、あの…私……」
「…アオイはその、友達と祭りに行ってるんじゃないの?」
アオイは子供みたいに服の裾を握ったりしては放す。
「行ってたけど…たまたま、ここに寄ろうかなと思って…カザマとリクこそ、な、なにしてたの?」
「えーと、その…」
「カザマは私とデート中。恋人繋ぎして、キス、しようとした。アオイちゃん見てく?」
リクは真っ直ぐとアオイを見つめる。あまりにも堂々とする彼女の態度にむしろ男らしさを感じる。
「キー、キキ、キス!!へ、へぇ~~………帰る。」
「アオイ!待って、送ってくよ。」
俺は急いでアオイを追いかけようとした。このままにしておきたくない。
「来ないで!……大丈夫。一人で、帰れるから。」
アオイは走って帰る。彼女が見えなくなっても、俺はいつまでも彼女の後ろ姿を追いかけるように立ちつくしてしまう。
「追いかけないの?」
「………もう、無理なのかな…俺ら3人、またガキの頃みたいに…」
「無理だよ。」
リクは俺に背を向けて池のほうに視線を落とす。俺の話を聞いて、リクは機嫌が悪くなったようだ。
「もう子供じゃないんだ、わかるでしょ。いつまでも3人で仲良しなんて、無理。いつかは離れてしまうのよ。」
その言葉に俺は無性に怒りが沸いてくる。自分は今までずっと家族だと思っていた相手から裏切られた気分だ。
「どうして…お互いのこと、大切なんだろ!だったら…」
「大切だからこそよ。もう私たちはどう変化しても相手を傷つけてしまう年齢になってきたんだ、望んでなくても日々勝手に変化してしまう。だからせめて、優しく傷つけるの。」
「……優しく、傷つける。」
リクは俺の目の前に来ると、俺の両手を下から取って優しく握る。
「カザマ、あなたのことは好きよ。」
いや、嘘だ。この仕草は知っている。
「家族としての好きじゃない、男としてのあなたが好き。付き合ってほしい。」
昔俺が帰ってこない親父のことを恋しくなって、寂しくて泣いていた時。リクはよくこういう風に俺の手を握ってくれた。親父はきっとすぐに帰ってくるって嘘をついて、俺を安心させる時の仕草だ。
「返事はすぐじゃなくていい。ゆっくり考えて、待ってるから。」
「…………俺。」
リクはそっと手を放す。そしてまた背を向けて一人で家へ帰って行った。
俺はアオイを追いかけることもできず、リクを家まで送ることもできなかった。
親父に見捨てられ、その場に立ちつくすガキの頃の俺のように、俺はアオイとリクの分かれた場所で立ちつくすことしかできなかった。
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