第8話「亀裂」

 私は昼間海で溺れたが、リクが助けてくれたおかげでその後はなんとか夕食を終え、肝試しに参加できた。


 朧気にしか覚えてないけれど、あの時私を助けたのはカザマだった気がする。でもみんなは口揃えて助けたのはリクだと…


 リクならそれでいい。だって救急措置とはいえ、人口呼吸と心臓マッサージで胸を触られる上にキスもされる。カザマだったら恥ずかしくて顔合わせられない。するにしてももっとちゃんとしてほしいかも、例えばクリスマスとかで告白されて、そのまま…って何考えてるの!応援するんでしょ!リクとカザマのこと。それにカザマは私のことなんて…



 「おい、アオイ!肝試しビビってんのか?」


 「うわっ!!!う、うるさい急に背中叩くな痴漢、変態!!」


 「ハハハッ!ビビリすぎだろお前。」 


 人が悩んでいるってのに、カザマはホントデリカシーがない。


 「ビビリだなアオイ~」


 「そうだぞ、そうだぞ!」


 万葉とリクは手を繋いで後ろについてくる。さらにその後ろには藍おばさんと一色先生が続いている。



 「このガキんちょめ!あんた、私をなめてんでしょ。」


 「だってアオイは私の手下だもん。」


 「ハハ、手下手下~」


 「リクもノらないの!!」


 万葉がグループに加わると、なぜか私が末っ子みたいなポジションについてしまう。


 3人にいじられながら、私たちは肝試しコースのスタート地点に着く。



 別荘近くにある分かれ道となっている林道が今回の肝試しコースである。道は分岐してるが、終点は同じ場所。ゴール地点には藍おばさんが事前に用意した景品が人数分おいてある。


 「よぉ~し!このくじを引いて、同じ色の子とペア組んでね!」


 「割りばしか。」


 「そうそう、雰囲気が出ると思って用意したんだ!」


 一色先生は後ろで万葉を抱き上げ、クスクスと笑う。


 「本当は用意したくじを無くして、さき厨房で適当に作ったんですよね。」


 「ちょっと!バラさないでよ~」



 一色先生と藍おばさんのやり取り見てると、なんとなく将来の万葉と私を想像しちゃった。


 「ほら、引いて引いて~」


 藍おばさんに促されるまま、みんなはくじを引いた。カザマのバカはみんなが見てる中速攻で引いた上に、色も公開した。もしリクと同じ色引けたら交換して、カザマとリクを二人きりにさせてあげようと思ったのに…


 結果、一色親子ペア・鷹過親子ペア・私とリクがペアとなった。先発組はカザマと藍おばさんだが、二人ども怖がりだからなかなか出発しない。


 「私をいじっといて、なにびびってんのカザマ…」


 「う、うるせ!……行きゃいいんだろ!いくぞ母さん!」


 「私は目を塞いでいくわ。」



 それに対して、一色親子はどちらも肝が据わりすぎなぐらい落ち着いている。


 「あの二人大丈夫かしら。まぁ、私たちもいきましょうか万葉。」


 「ママ降ろして、自分で歩くから。」


 「はいよ、よいしょっ!」


 一色親子も林道に入ると、リクと私は互いに視線を交わし意を共にして出発した。


 私たちが選んだのは最も整備されてない道、リクはこういうボロい道の雰囲気が好きみたい。



 「キャーー!キャー!こ~わ~い~!」


 林道を少し進んで、月明かりが木の葉に隠れ始めたころ、リクは急に私の服の袖を掴んで怖がり始めた。


 「何してんの?リク。」


 もちろん私は知っている。リクはまったくホラーとお化け屋敷が怖くないことを。むしろそれを見て爆笑するタイプの人間である。 


 「アオイちゃんつまんない~ちょっとは怖がってよ。」



 「幽霊の存在なんて何の科学的根拠もないのに、どう怖がれっての。」


 「出た出た、アオイちゃんの中二病!」


 「ちゅ、ちゅうになんかじゃないっての!!」


 心霊的なものを一切意識せずに、私とリクは中間地点まで来てしまった。


 中間地点は小さめの広場になっており、道の端には高さ3~4mの石像が置かれている。道中までは木の枝や葉っぱで明かりはなかったが、ここでは石像を中心に植物が生えてないので、月の明かりが辺りを薄青く照らし、何とも言えない神秘的な光景となっている。



 「綺麗ね、ここ……ここで休憩しようよ!アオイちゃん」


 「うん。」


 私はリクと一緒に石像の横にある石階段に座った。静かにしていると、木の葉や風、または虫の鳴き声が明瞭に聞こえてくる。


 「なんか、神秘的だよね…月がすごくきれい。」


 「………」


 リクは流し目でこっちを見てくる。そのブラウンの瞳に月光が映り、いつもより不思議な色をしていて、彼女のミステリーな雰囲気をより増長させる。



 「アオイ…人口呼吸って、に入ると思う?」


 「へ?さ、さあ~」


 私は突然の質問に恥ずかしくなり、リクから顔を背けようとした。しかしリクはすかさずに距離を詰めてきて、反対側の私の頬に手を添える。そして目が合うように私の顔を自分の目の前に持ってくる。 


 「ダーメ。ちゃんと答えて。」


 「どうしたの?リク、変だよ!」


 「………変…か。いいから答えて。」



 「は、入らないんじゃないかな…救命措置だし。」


 それを聞いた途端、リクは私から離れて元の位置に戻った。散々見てきたからもう気にしてなかったが、リクって本当顔が整っていると思った。化粧もしてないのに、TVに出てくる女優さんと変わらない…いや彼女ら以上に不思議というか、儚い雰囲気を持つ。

 

 「気にしてないんなら、言うわ。助けたの私じゃない。」


 「え…それってもしかして…」


 「そう、カザマが助けたの。」



 あれだけキスとか胸とか気にしてたのに、いざホントに自分を助けたのはカザマだって知ると、意外と何も気にしない。むしろなんか謎の安心感を覚えた。


 「………さすがはってとこか。私のことを気にかけて嘘ついたんだな。あとで感謝しなくちゃ。」


 「…ねえ、アオイはカザマのことをどう思う?」


 「んー…ガサツでデリカシーなくて、勝手に人の物を食べるけど、本当は優しくて、繊細で、頼りがいがある。いてくれると不思議と安心できるというか、憎めないお兄ちゃんって感じ…かな。」



 私の返答を聞くと、リクは立ち上がって、少し前に歩く。


 彼女はきっと不機嫌なんだ。リクの機嫌が悪いときはいつも、私に背を向ける。たぶん、怒った顔を見せたくないからだと思う。


 「アオイ、カザマのこと好き?」


 「……嫌いじゃないよ。」


 「そうじゃない。家族として幼馴染としてじゃない。として」


 「え……お、お、男って…恋愛対象ってこと?」


 「うん。」



 今日のリクはどうしたんだろ?いつもはこんな話をしないし、こんな話し方もしない。今日はいったい…


 もしかして、カザマと付き合った後に私が浮気相手になる可能性を恐れているってこと?そんな心配しなくても、私は二人を応援するって決めてるんだから。


 「ううん、そんなの考えたこともないよ。」


 「じゃあ考えて、今。」


 リクが怖い。今まではずっと優しいお姉さんだったのに、今のリクがすごく、怖い。なんだか尋問されているみたい。


 「えーーと、ないよ。ありえない!リクのほうがお似合いだよ!」


 「…………」



 リクはくるりと振り向いて、私に顔を見せた。表情は肉食獣のように鋭かったが、なんとなく瞳は優しかった。


 「アオイちゃんに一個、秘密を教えるよ……私、カザマのことが好き。家族としてではなく、男として好き。いますぐ、彼にハグしたいし、キスだってしたい。」


 「あ……」


 まただ。また4月の頃、カザマの恋愛を応援するって決めて以来ずっと続いてきた胸の痛みが来た。


 「もう、私は卒業するまで時間がない。ライバルがいようが、もう構わない。彼と付き合って、互いに卒業したら東京に出て二人暮らししようと思うんだ。なんなら、彼に転校してもらうわ。」


 いままでで一番の痛みが私を襲った。殴られたような痛さなんかじゃ比べ物にならない。再生のしようがない手足と内臓を捥がれた気分。



 「だから、のアオイはの私たちに協力、してくれるよね?」


 誰かは言った。喪失は成長する前兆だって。


 そんなのウソだ。喪失の痛みで私は今にも死にそうだよ、例え生き延びても失ったものは戻らない。この先、成長なんてものは待ってやしないんだ。


 そしてなにより一番つらいのは、私は自分でこの喪失を招いたこと。


 「わかった。」


 「……………そう。」


 そしてリクはまた、背を私に向けた。



 二日後。


 私たちの楽しいお出かけは終わった。


 「いや~~楽しかった!最初アオイが溺れたときはどうなるかと思ったよ!」


 カザマはあくびをしながら3日間の感想をみんなに語る。


 でも、初日に溺れたこと。あれは事故じゃなかった。



 遠い記憶の中、藍おばさんはこう言っていた。


 【人は海より産まれ、いつか海に帰って生まれ変わるもの】だって。


 リクと仲良くなるカザマを見てられなかったんだ。だから…素直にカザマを祝福できる何かに、生まれ変わってみたかった。


 そう思って、一歩一歩海のふかいところへ向かった。


 そしてある境に、急に足が着かなくなって沈んだ。嗚呼、これで逝けるんだって思った途端、カザマの顔を思い浮かぶようになった。



 カザマのせいで怖くなった。青かった海はよく見たら、どこまでも深くてどこまでもドス黒。


 このまま生まれ変わって、カザマのことを忘れたらどうしよう。そう思うとたまらなく怖かった。


 だから何とか浮上しようとしたけれど、泳ぎが下手だから結局は助けてもらった。


 意識が朧げな中、彼に唇を重ねられたせいで私という器は壊れたんだ。


 器の亀裂からとめどなくあふれ出す、彼に対する愛の気持ち。


 お願いです、どうかこの気持ちを消してください。

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