第6話「サン アンド ビーチ」
毎年学校は夏休みの期間に入っても、私たち教師陣は仕事をしなければいけません。ですが、今年は珍しく新米さんの先生が担当してくださったので、しばらくは休暇をゆっくり過ごせそうです。
しばらく働き詰めだったせいで、今年で7歳になる娘の
「もしもし、
休暇二日目に
「なんだか久しぶりだよね、椿姉さんとみんなでこうして出かけるの!しかも理世ちゃんの別荘とか懐かしすぎる。」
「ええ、そうですね。万華先輩は探偵業の【モーガン】を継いでから、海外に行くわニュースと本に載るわ、しかも最近は社会の教科書にも載るんですよ……もうすっかり遠い人になっちゃったかと思ってました。でも…ちゃんと私たちのことを覚えてるんですね。」
「ええ、昔の理世ちゃんのまんま。まるで私たちだけね、無駄に年取っちゃったの。」
「フフ、本当ですよ。」
水吏高校の教師兼1年の学年主任である私
そのおかげで一色家と鷹過家は子供含めて、今も仲良く交流できています。藍さんは免許を持ってないため、時折車が必要になった際は私がお返しとして運転手を務めています。
トンネルに入ると視界は暗くなり、私はふと子供らが気になってバックミラーで後方座席確認してみました。
アオイさん、カザマくんにリクさん、最後はリクさんの膝に座って寝る娘の万葉。この微笑ましい4人組は私の顔から笑みを誘い出す。
離婚したての頃は何もかもに絶望していました。もう幸せになることはないだろうとも思いましたが、現状を見ると人生って案外どうにかなるものだと思えるようになりました。
そんな過去の思い出に浸っていると、いつの間にかトンネルを抜けました。
「ほら、海が見えますよ。」
トンネルを抜けたあとに広がる海は絶景なので、子供らと藍さんに声をかけました。
「ん~夏って感じ!」
「ねぇねぇ!リク、カザマ見てよ!海ぃ!!」
「おおお~~すっげぇー、水平線まで青一色だ!」
「アオイちゃんやっぱ海来たかったじゃん、来る前はあんなに面倒くさがってたのにね。」
たしかに、普段学校で見かけるアオイさんはもっとクールで動じない印象がありましたが、家族相手だとこんなふうにテンション上がることもあるんですね。
「そ、それは……」
「だってアオイはちゅうにびょうってやつでしょ!かっこつけるの大好きだって言ってたよ!」
「ちゅ、中二じゃねぇし!!万葉それ誰から聞いた!?」
万葉は無邪気な顔したままカザマくんを指さしました。なるほど犯人はカザマくんでしたか。
「かーずは、お前!!口止め料のアイスをもらっていながら裏切るのか!?」
「だってカザ兄やっつけたら、アオイからもご褒美のアイスもらえるんだもん!!」
「そうだそうだ!アオイちゃんと一緒にカザマをやっつけちゃえ〜!」
7歳でダブルスパイのようなことをしていたとは、娘の将来が楽しみですね。
それにしてもリクさんって子供に好かれたり、誰かとふざけあったりする子なんですね。そこに一番の驚きを覚えました。
普段学校で見る彼女はクール…とは少し違いますね。少なくとも笑ったり喜んだりする顔は今初めて見た気がします。四六時中リクさんを見ているわけではないが、私の知る彼女はもっと哀愁と悲壮を漂わせて、窓際の席で外の遠くを見つめる儚くミステリーな少女でした。
このような雰囲気を持つ人間はたまに見かけるが、だいだいは私と同年代の人が多い。何が彼女をこんな年齢でそういう風にさせているのでしょうか…
トンネル出口と別荘まではそう距離がないので、子供らが騒いでるうちに目的地に着くことができました。
別荘は万華先輩が定期的にメンテナンスされているようで、特に汚れていたりする所はなくすぐに使用ができる状態でした。私と藍さんは片付ける必要ないので、そのまま子供らと一緒に海へ同行しました。
「海だぁーーーー!!!」
波辺に着くや否や、カザマくんは上着のパーカーを脱いで、海に飛び込む。
私たち大人はシートや日傘の準備をしてました。
「もう…これだから男子はバカね…」
そう言いながらアオイさんは彼の脱ぎ捨てたパーカーを拾い上げた。ため息吐きつづもそれを畳み、シートの上に置いた。
「いつもごめんね~アオイちゃん。かーくんは…」
「海が好きだからテンション上がってる。大丈夫だよ藍おばさん。あいつのことわかってるから。」
「ありがとうね、ほらアオイちゃんも行っておいて。」
「はい!」
アオイさんは言われた通り水着姿になりました。上下揃ってディープブルーで色としては少し地味めですが、よく見たら布の面積は意外と少なく、少し大胆かつ大人ぽく見えるようにという意図を感じられるデザインです。
アオイさん軽くストレッチをし終わると、カザマくんのところに移動しました。
最近の若い子はこういうの着るんだ、と思っていたところにリクさんが声かけてきました。
「あれ、アオイちゃんの水着、私が選んだんですよ。かわいいでしょ。」
「ええ、すごくアオイさんにピッタリだと思います。私みたいなおばさんはもうああいう攻めたのを選べませんね。」
「そんなことないですよ……椿せーんせ。背中、日焼け止め塗ってくれませんか?」
「もちろんいいですよ。」
リクさんは私に自前の日焼け止めクリームを渡すと、目の前でうつ伏せになりました。
彼女に日焼け止めを塗っていると、手からリクさんの肌の感触と張りが伝わってきます。自分の肌と比べるとこうも違いがあることに少しショックを受けました。年齢を重ねることに対しては納得してますが、若い子の体をこういう風に見せつけられるとやはりショックは受けざるを得ない。
「せーんせ。驚いてました?」
「え?」
もしかして私の心の声が読まれて、年齢のギャップを感じていると察したのでしょうか。
「さっき、車で私を見てたんですよね?」
「あ、車の時ね!ごめんなさい、不快にさせてしまいましたか?」
「ううん、全然不快じゃないです。すみません、私周りの視線には鋭いので、見られてるとすぐに気づいちゃうんです……たぶん先生は普段学校にいる私と車の私のギャップに驚いていたんですよね?」
どうやら自分のギャップに自覚はあるようですね。
「自覚あったのですね。」
「うん、だってどっちの
「なんだか難しいですね…う~ん、つまり昔のリクさんはアオイさんやカザマくんとは楽しく遊ぶ普通の子で、今のリクさんは何かに影響されてクールな雰囲気へと変わったってことですか?」
「………普通ね。その通りです先生。あの2人は、私を昔のままで居させてくれるのと同時に、生気のない私をも生み出してるんです。」
それはどういうことなのかと、続きを聞こうとしたその時、横から声をかけられる。
「リクお姉ちゃん!ねぇね、砂に埋まるやつやりたい!」
「はいよ!ちょうど日焼け塗り終わったし、万葉ちゃん遊ぼっか!」
万葉に声をかけられた途端、リクさんは満面の笑みで彼女の元へ駆け寄った。
その切替っぷりには感動のような感情を覚えました。たしかに昔はモーガンである万華先輩が潜入捜査で迫真な演技をしたが、リクさんのはそれを上回るものでした。
子供らは海で遊んで、私たち大人組はやっと休めると思ったら、海辺からカザマくんが戻ってきました。
「アオイを怒らせちゃって、ジュースを取りに来させられちゃった…」
「もう、アオイちゃんのこともっと大事にしなさいよ!」
「はいはい、ってクーラーボックスは?」
「車に置いてますよ!今取りに行きますね。」
「大丈夫大丈夫、近いから俺取ってくるよ!先生、車のカギ貸して。」
カザマは鍵を受け取ると、サンタルを履いて車へ向かいました。
「にしても、カザマくん見る見るうちに成長しましたよね。ついこの間まで万葉ぐらいの小さい男の子だと思ったら、今じゃ私たちの身長抜いてますもんね。」
「ね~成長と言えば、この間アオイちゃんやっと泳げるようになったって言ってたよ。」
「アオイさん泳げるようになったんですね!あ、ほら海の方で手を振ってくれてますよ。」
「本当だ!」
海で手を振っているアオイさんに応えるように、私と藍さんも手を振ってみせました。
「戻りました~って先生と母さん何してんの?」
クーラーボックスをシートの上のおいて、その中から2本ジュース取り出しながら、カザマは私たちの行動について質問します。
「ほらーアオイちゃんが良い感じに泳いでるから、私たちに手振ってるの!」
「へぇ~アオイのやつが………ッ!!」
海のほうに振り向くと、カザマは飲んでいる最中のジュース缶を砂上に落とし浮き輪を手に取る。そして全力疾走でアオイさんに向かって走りだしました。
「アオイぃーーーーーーー!!」
カザマの叫び声に反応し、リクさんも海のほうに注目します。穏やかでない雰囲気に駆られ、私と藍さんもカザマの後を続けました。
海辺に近づくにつれて、アオイさんの様子が鮮明に見えるようになる。そして私たちはやっとカザマの行動の原因がわかりました。
アオイさんは溺れていたんです。
私たちが気づいた時にはカザマとリクはすでに海に飛び込んで、アオイさんの方向けて一直線で泳いでました。
私も上着を脱ぎ、海に入ってアオイさんを助ける準備し始めました。それまで、なんとか顔を水面上に出せていたアオイさんは、全身水中に沈んでしまいました。陸からはその姿を確認できなくなり、私は尚更焦りました。
「リク、浮き輪持ってて!先生らは万葉の面倒を頼む!」
カザマはリクさんと私たちへ指示を伝え終わると、持ってる浮き輪をリクに投げました。そしてすぐさま水中に潜った。
「どうしよう……私の不注意のせいで…」
藍さんと私は不安げにアオイさんの沈んだ位置をみつめることしかできませんでした。
「…私も助けに行きます。」
アオイさんとカザマくんが実際に水中に入った時間はおそらく1分も経ってないが、焦る私の体感では気が遠くなる時間でした。
私が海に向かって1歩踏み出したところ、パッシャーと勢いよくカザマくんの頭が水面に浮上した。続いては彼に抱えられているアオイさん。
しかし、よく見るとアオイさんはまぶたを閉じていて、体に力が入ってなくカザマに支えてもらってる状態になっています。多分気絶をしているでしょうか?
カザマくんとリクさんは彼女の上半身を浮き輪に乗せ、岸まで泳いで来ました。
「…アオイ、大丈夫か?…ハァハァ…ハアー」
カザマくんはアオイを抱き上げて、砂上にそっと降ろす。運動神経抜群のカザマくんでもさすがに息は上がっているが、彼はすぐさまアオイに対して呼びかけた。そして彼女が息をしているかを確認した。
「カザマ、こ、こういう時は…どうすれば…?」
「落ち着いてください、息してなければ人工呼吸と心臓マッサージが必要です。私がやりま…」
私は救急行動をしようとするも、すでにカザマは開始していた。
アオイさんの鼻をつまんでのと同時に顎に手を当てて気道確保。慣れた手つきでこなすと、次にカザマは彼女の口から酸素を吹き込みました。肺が膨れ上がったのを確認すると、すぐさま胸に両手を当てて圧迫します。
その後もカザマはひたすら人工呼吸と心臓マッサージを繰り返す。黙って見守る私たちの異様な雰囲気は万葉にも伝わり、万葉も静かに行く末を見守るようになりました。
「……んん”…ゴ、ゴホンゴホ!…」
3回目の人工呼吸中にアオイさんは意識を取り戻したようで、飲み込んだ海水を吐き出した。
「…ゴホ、よかった、無事で。」
カザマはアオイから口移しされた海水を吐き出し、疲れて砂浜に倒れる。
「……わ、たし…なにを………気持ちわるい…」
そう言うとアオイさんは再びまぶたを閉じ、そのまま眠りにつきました。私と藍さんは二人を別荘に連れていき、リクさんに万葉の面倒を頼みました。
「やるじゃん、カザマ。」
「消防署で職業体験しといて良かったよ。アオイのやつ、大丈夫だよな…」
「きっと大丈夫よ。」
リクさんはカザマくんに肩を貸す。
「本当にありがとう、カザマ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます