第5話「モーガン」

 「リーークぅ、熱すぎだよ…溶ける。」


 7月、水吏街はすっかり夏一色となった。俺とリクはこんな猛暑の中、バス停でバスを待っている。


 「もう無理!カザマ、ジュース買ってきて〜」


 「それこそ無理だよ!バス停の影から出たら蒸発するわ。」


 「じゃあこれもらうから!」



 リクは俺の膝に片手と体重を乗せ、目の前を横切ってベンチの反対側に置いてある俺のペットボトルを手に取った。そしてそのまま一滴残さずに飲み切った。


 「それ、俺の飲みかけなんだけど…」


 「気にするタイプだっけ?」


 「いや全然。」


 めちゃくちゃ気になるんですけど、とは言えず、興味がないフリをした。



 「そもそもなんで俺らはこんな熱い外でバスを待ってんだ?」


 「は~い!私がアオイちゃんにゲームで負けた罰ゲームだからでーす!」


 「それはいいんだよ!なんで関係ない俺がいるの!?」


 「ついでに画材買おうと思ってたけど、一人じゃ持ちきれないので100円で荷物持ちを雇いました!」


 「……それも別にいいんだ。荷物持ちの賃金が100円ってのもかまわないけど、俺の飲み物を3本も飲んだら実質俺が損してんじゃねぇか!」



 リクはケラケラと笑い出した。


 「ハハハ、カザマのケチくさいツッコミ好きぃ!」


 「誰がケチくさいんじゃ!」


 「まぁまぁまあ、青年よ。この美少女とのデート代にしては安いと思わないかい?」


 「で、デート…まあ、そうだな…あ、バス来た。」


 いつものしょうもないやり取りをしてると、俺たちの待っていたバスがノロノロとやってきた。



 俺たちは前方の横向きの席に座り、バス中に充満してる冷気を全身で堪能した。


 乗客は俺たち以外にフードを被っている女性の一人のみ、いつも通りの過疎具合だ。


 リクはスマホを取り出していじり始めたと思ったら、何かの画像の画面をこっちに見せながら小声で話す。


 「(ねぇ、これ似てない?)」


 「(え?)」



 リクはスマホ画面と女性乗客を交互に見て、その女性乗客はスマホに映っている女性だと視線で語ってくる。


 「(モーガン8世だよ!探偵の!)」


 「(似てるけどさ、モーガンがこんな田舎にいるわけないだろ。)」


 モーガンというのは、あのホームズと並ぶ世界的に有名な襲名制の探偵一族。そんな有名人がこんなところに居てたまるか。


 俺たちの話し声が気になったのか、女性乗客は立ち上がって俺の横の席に座ってくる。 


 女性はフードとサングラスを外して俺の目を見て話す。



 「ごめんね。私すごく聴力がいいから、会話全部聞こえちゃった。」


 女性は金髪のボブとハーフらしい濃い顔立ち、そしてエメラルドグリーンとサファイアブルーのオッドアイという、極めて目立つ容貌をいままでフードとサングラスで隠していた。


 容姿からは想像できない流暢な日本語にリクは驚き、思わず畏まって謝る。


 「す、すみません…すごくモーガンさんに似てたので、つい彼と話してたんです。」


 「いいえ、大丈夫よ。だって私モーガン本人だから。」


 「「えええ!!」」



 大声を出して驚く俺とリクはバス運転手に軽く注意された。


 それにしてもまさか世界的な有名人と、こんな田舎の1時間に1本しかないバスで出会うとは思わなかった。


 「すごい!すごいよ!!ラッキーだよねカザマ!!」


 「あ、ああ…すげぇ!」


 モーガンは何かに気づいた様子で、俺の顔を覗き込んでくる。



 「あ、えーと?俺の顔に何か?」


 モーガンのネット記事は何となく読んだことあるけど、たしかこの人もう40代のはずなのだが、俺を見つめる目の前の女性はまったく40代の雰囲気がなかった。


 たしかによくみると目元や顔には年齢を匂わせる細かな皺はあるが、ちゃんと観察しない人には20代後半の女性にしか見えない。


 「やっぱり!カザマくんだ!!鷹過風舞くん!お久しぶりね。」


 モーガンは謎が解けたことで、子供のようなかわいらしい笑顔を見せた。この人若いころからこのチャーミングな笑顔でモテモテだったに違いないと思った。



 「俺のこと、知ってるんですか?」


 「覚えてないか、仕方ないもんね。最後にあなたに会ったのは13年前だから。それにしても、13年前の予想より男前に成長したなぁ…そうだ、お母さん、藍ちゃんは元気?」

 

 「はい!元気にやってます。」


 その後モーガンは色々と俺の知らない話を聞かせてくれた。母より3歳年上だとか、昔この街に転校して連続殺人犯を捕まえたことがあるんだとか。あとは、アオイのご両親のこと。



 アオイの母はアオイを産んで間もないころに体調を崩して亡くなった、それは母さんから聞いてる。アオイの父についての話はこれまであまり聞いたことがなかった。


 「アオイちゃんのお父さんね~私と藍の友人なんだけど、なかなか忙しい人だよ。」


 「だからアオイちゃんを独りぼっちでこの街に残したんですか?」


 リクはアオイ父にあまりいい印象を持っていない。そりゃそうだ、アオイがいつも寂しくて泣いてる時、慰めるのはいつも俺とリクなんだ。



 「それは否定できないね。でもあいつ、悪い奴じゃないんだ…すごく不器用で自己評価が低いなだけ。それでね、アオイちゃんパパと藍ちゃんのお兄さんってわかる?龍太郎りゅうたろうくんが久々に戻ってくるよ」


 「え!伯父さん戻ってくるんですか!?」


 「うん、詳しい日取りは決まってないけど、今年中にはって言ってたよ。」


 モーガンから思わぬ吉報が入った。



 母さんの兄、つまり俺の伯父さんである鷹過龍太郎。二股で夜逃げした俺の実の親父よりも親身に接してくれて、よく俺と母さんに気をかけてくれる最高の伯父さん。


 小さいころから俺は伯父さんのことを父のように接していた。その伯父さんが久しぶりに日本に戻ってくるなんて、きっと母さんも大喜びするはず。


 「あ、私もう次の駅で降りるわ。時々遊びにくるから、また話そうね。」


 「「はい!」」



 モーガンは右手を差し出して、俺らに握手を求める。


 俺とリクは一緒に彼女の手を握ると気のせいか、彼女のサファイアブルーな瞳の輝きが一瞬だけ増した気がする。


 握手を終えたモーガンは立ち上がると、リクにはサングラスを掛け、俺には名刺入れのような小さい革の物入れをくれた。


 「これ、記念品ね。二人とも、気になる相手が居たら、をよく見なさい。」


 「モーガンさんそれどういう意味?」



 バスの扉は俺の質問を待たずに開く。


 「それは自分で考えなさい!あと、私の本名は、リセ!万華理世ばんか りせ!覚えといて。」


 彼女は僕らにウィンクしながらバスを降りていった。


 彼女は知っていたのだろうか。【目をよくみろ】という彼女のアドバイスは後々俺とリクを苦しめることになることを。

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