第10話 絶望の選択肢
――「私は《きさらぎ》を絶対に許さない!!!」」
結界内の校舎、その一階部分が水没し、さらに水位は上がり続けている。
このままでは、ミサキが探偵事務所として使っている『図書準備室』まで沈み、大切な蔵書が水浸しになる。
それだけは防がねばとミサキは駆ける。
ハルトもまた、ミサキと共に行く。
ミサキの蔵書はどうでもいいが、《きさらぎ》に繋がる事件の解決のために。
目的地であるプールへ到着。
飛び込み台の上に、奇妙な風貌の人影が一つ。
スクール水着の上からパーカーを着ている。
フードを深く被っていて、顔は伺えない。
「良い脚してるね」
「……言ってる場合か?」
「ね、ハルトくん、私とどっちが美脚かな、ほらほら、私の脚見てもいいよ」
ハルトはほんの一瞬、スカートから伸びる程よく肉付きがあり、程よく鍛えられたミサキの太ももを見て、犬の糞でも見てしまったかのように顔をしかめた。
「向こうの勝ちだ」
「おい、ちゃんと見ろよっ! 節穴かその目は!?」
「知るか……」
「まあいい……だったら――」
――同時、ミサキは少女へ弾丸を叩き込んでいた。
「おい、いきなりなにして……ッ!?」
「こんなとこにいて、あんな怪力を纏ってたら、あの子が確実に《七不思議》だよ? やっつけないとね」
弾丸は、少女の周囲――空中を漂う水によって阻まれていた。
水を貫通することなく停止した弾丸。ばしゃん、と音を立てて水が散って、プールサイドに虚しく弾丸が転がる。
「ね? 《七不思議》でもないとあんなことできないよ」
「……みたいだな。だとしても、いきなり撃つなよ」
「説明するより見たほうが早いでしょ」
「……。で、どうする?」
「見ての通り、私じゃ相性が悪い。ハルトくん、確保してよ。とっ捕まえて話を聞こう」
「……わかった」
駆け出すハルト。
しかし、動きは先程までと変わって鈍い。
プールサイドの足元は濡れていて、思うように走れないのだ。
だが、相手は立ち止まったまま、プールから汲み上げた水で攻撃を仕掛けてくる。
宙へ浮いた水が、矢のような鋭さを伴って迫る。
怪力を纏った霊刀で、水矢を斬り裂けば、そこで水は勢いを失う。
しかし、きりがない。
水矢は、プールから際限なくリロードされる。
「地の利が向こうにあるな……」
攻めあぐねるハルト。
「え~~~~なになに、勝てないのぉ~~~~~~?」
「応援しないなら黙って見てろ」
「ふぁいおー!」 ダァンッ!(空へ向けて発砲) 「ふぁいおー!」ダァンッ!(発砲) 「れっつごーハルト!」ダダァンッ!(連続で発砲)
「…………、うるさい。頼むから静かにしててくれ」
「応援したのに~」
「……」
もはや無視。
しかし、どうしたものか。
ハルトには相手のように特殊な能力は使えない。
敵が遠距離持ちで、足場が悪く接近が難しいというのは、ハルトと相性が悪い。
だが、さらに――。
「――――《
「…………、……は? ……
ハルトはまた、間の抜けた声を出すことになった。
スク水パーカーの少女が、パーカーのポケットから防水ケースに入ったスマホを取り出して操作。直後――彼女の手には、三叉の槍が握られていた。
「全てがっ、めちゃくちゃだろうがっ!」
――ハルトは、キレた。
二つの《怪異》を同時に使うのもめちゃくちゃなら、組み合わせも意味不明で、しかも胤舜というのなら、なぜ十文字槍ではなく、ポセイドンのトライデントめいた槍なのだ。
突っ込みどころを集めて練り固めたような胡乱存在だ。
《七不思議》――それが、数多の怪異とは別格の強さであるという意味を、ハルトは思い知ることになる。
4つの水矢が放たれると同時――、
少女は足裏から水を噴出させて、水矢よりも速く、一気に距離を詰めてきた。
槍による突きが放たれる。
ハルトの目が――攻撃の全てを捉える。
槍は腹部中心へ。
水矢は右肩、左脇腹、左足首。一発は僅かに右股を外れるコース。
大きく弧を描いて刀を振る。
一筆の軌道で、全てを防ぐ――でなければ、間に合わない。
一筆で、槍を弾き、直撃コースの右肩・左脇腹への軌道だった水矢を切り飛ばし、同時に身を捻って、左足を後方へ引いて、どうやっても刀の軌道に入らない左足首への水矢を躱す。
――強い。
痛感させられる。
怪力の総量・出力が馬鹿げている程に膨大というスペックもあるが、《胤舜》の分で槍の扱いも卓越している。
《怪異》は基本的には、素のスペックに任せた力押しのタイプも多いのだが、『武人』の怪異も混ざっているのが厄介にも程がある。
『怪物』か『武人』――どちらか片方ならばまだ楽だったのだが。
《七不思議》のスペックに、《胤舜》の槍術。
冗談みたいな悪夢のチートコンボだった。
「白銀ッ!」
「もうギブアップかな!?」
「すまん! あれはどうしようもない!」
「素直で偉い! さすがに私もこれは想定してない! 一度退いて、立て直そう!」
ミサキはスカートの下に仕込んでいるホルスターからマガジンを取り出してリロード。
ありったけの弾丸を叩き込んで、ハルトの離脱をサポートする。
槍と水流で、弾丸をあっさりと防ぐスク水少女。
ハルトも追ってくる水流を切り落としつつ、距離を取っていた。
――――敗北。
《かまいたち》も、《メデューサ》も、はっきり言って何の脅威でもなかった。
超常の異能力と体術を合わせられる、という点では辻めぐるも厄介なケースではあった。だが、高校生剣士と、修羅場をくぐり抜けたハルトでは剣技の格が違う。
《メデューサ》の広山ハクに至っては、素人が『邪眼』を使っているだけ。
めぐるとシホノに協力させるというミサキのアイデアは、所詮はただのメンタルケアだ。ハルトだけでも、広山ハク程度の相手はどうとでもなった。
事件の推理という点では手こずっても、戦闘となればまったく相手になっていない。
だが――今回は別格。
これが、《七不思議》。
これが、魔都・鎌倉の霊脈をその身に宿したモノ。
《七不思議》の戦闘力を封印された《玉藻》と、怪異を持たない剣士だけでは、些か手に余る――正真正銘の、七つの頂点の一つ。
■
謎のスクール水着少女との戦闘後――、対策会議は後日ということで、一度ミサキとは解散したハルト。
「……自作自演の可能性もあるんじゃねえか?」
宮地ランは、ハルトからプールで起きた戦いの件について聞いた後に、そう言った。
「それはまあ、あるが」
「だろ」
ランは白米に大量の肉が乗った弁当を食べながら、うんうんと自分の言葉に頷く。
ランの推理では、『謎のスクール水着』は、ミサキによって操られており、やはり『きさらぎ=ミサキ』説を推したいようだ。
ハルトとしては、今のところそれを肯定も否定もできない、その材料がないからだ。
だが、心情としては否定寄りだ。それをランに話せばややこしくなるため、口には出さない。
きさらぎに対して姉を殺された恨みを持ち、ミサキへ疑いを向けているランとしては、やはりミサキは依然、第一候補なのだろう。
ハルトは『透明ストーカー事件』を通して、ミサキを信用し始めている。
ランにそんな経験はないのだから、心情面に変化はないだろう。
「で、頼んでた件は?」
「そこもやっぱり、白銀ミサキ説を有力にするな。とりあえず結果から話すか」
ランにはまた、潜入中で動けないハルトに代わって、調査を依頼していた。
今回の調査対象は、辻めぐる、松原サク、平戸シホノだ。
なぜこの三人を調査するのか? 《きさらぎ》は高い怪力を持っていなければ不可能な犯行をしている。
複数の《怪異》を操り、それを他者へ与えるというのは、並大抵なことではない。
怪力を扱う資質は、ある程度事前に調査することができるのだ。
資質の有無で、《きさらぎ》かどうかを調べようというわけだ。
「結論から言うと、辻めぐると平戸シホノは限りなくシロに近い。それぞれ、《きさらぎ》に与えられた怪異で事件を起こしてはいるが、それが限界だ。《きさらぎ》のようなことができるほどの才能はなかった。これは《メデューサ》を使っていた広山ハクも同様だ」
めぐるとシホノには、《きさらぎ》として他者に怪異を与え事件を起こさせる犯行はできない。
『限りなくシロに近い』というのは、まだ《きさらぎ》の共犯という線が残っていることからだろうが、だとすれば、それぞれが起こしている事件で、もっと上手いやりようがあったように思える。
それらを踏まえると、やはりめぐるとシホノは、《きさらぎ》に利用されていたと考えるのが妥当だろう。
――ということは、だ……。
嫌な予感がする。
外れていてくれと思うが、こういう嫌な予感ばかり当たるものだ。こんな世界を身を置いていると、そんな経験ばかり増えていく。
ここでまだサクの名前が出ていないということは、つまり――。
「……調査の結果、松原サクは底知れない《怪力》を持っていることが判明した。《きさらぎ》である可能性が否定できないし……それに……」
「…………《七不思議》に適合できる、ってことか?」
「そうなるな。最低限、プールの《七不思議》は確定じゃねえか? また松原サクも操られてるのか、《きさらぎ》なのかはわからねえけど」
ハルトはゆっくりと息を吐き出した。
サクが――……、自分を救ってくれた推しが、《七不思議》。
ついさっき殺されかけたばかりの相手。
圧倒的な怪物――その正体が、サク。
「これで二人にまで絞られたって考えていいと思うぜ。……白銀ミサキか、松原サク。《七不思議》クラスを操れる才能の持ち主なんてそうはいない。どっちかが、《きさらぎ》と見ていいだろ」
ランは――相棒は無慈悲に真実を突きつけてくる。
白銀ミサキか。
松原サクか。
ハルトとしては、どちらが《きさらぎ》だとしても、絶望的な真実になる。
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