第7話 「ちゃんと私を殺してね」
めぐるとの密会(?)を終えて、ハルトはミサキの待つ図書準備室へと向かう。
新たに得られためぐるの証言も、ミサキと共有しておくべきだろう。
今後の方針もまとめておきたかった。
それに、今は早くミサキと会っておきたかった。
(アイツに会いたい、というのも不本意なんだが……)
とうとう自分の思考にツッコミを入れだすハルト。
アキラと映っている写真の件だ。直接問いただすかはさておき、どうにか探りを入れることができるタイミングも伺いたい。
足早になりそうなところで、これでは楽しみなようではないか……と歩調を調節して、冷静に歩く。
「なにやってんの? ダッシュのボタンを小刻みに押してカクカクしてる時のゲームキャラみたいな動きだけど」
「なぜ背後にお前がいる」
ミサキが後ろから声をかけてきて、驚きに肩が跳ねそうになったのを抑えた。
「背後にいちゃダメ? あ~、私より先についちゃって一人だと寂しいから? 可愛いとこあるね」
「暴走曲解女」
「で、寂しんぼう男は、推理の方は進んでる?」
「寂しくはないが、進んだ」
目も合わさずそれでいて歩調を揃えて、並んで歩く。
ハルトはミサキと並んでいる時間が長引かせたくない。ミサキは単純に、ハルトに合わせたため。二人は早歩きで、図書準備室に到着した。
部屋につくなり、ミサキは冷蔵庫からアイスを取り出した。
「ハルトくんも食べる?」
「今さらだが、この部屋ってなんなんだ? 本来の準備室じゃないよな? 冷蔵庫もあるし」
「あはは、ホントに今さらだ。《七不思議》はね、それぞれ学園の中に別レイヤーの結界で作った領土を持つんだ」
「別レイヤー、ね」
「そ。たとえば……」
ミサキは机の上にあったコピー用紙に、さらさらと棒人間を書いていく。
「これがハルトくんとして、普通の図書準備室にいるとしようか」
その後、透明なビニールにペンでまた書き込む。デフォルメされた可愛らしい少女のイラストだった。
「この美少女が私とする」ハルトはツッコまなかった。
「で、こうやって世界は重なってるわけだ」
紙の棒人間ハルトの上に、ビニール上のミサキが重ねられる。
「現実の図書準備室と同じ座標に存在している、ってことか」
「そんな感じ」
「……で、冷蔵庫は? 電力は……」
「学校のコンセントを勝手に使ってるわけじゃないよ、スマホ充電するギャルじゃあるまいし。空間を歪めたりもできるからね、私の家から電気を引いてる。現実よりも怪力が満ちてる分、いろいろ高度な術式も組みやすいんだ」
「そこまでできるなら電力を確保しろよ」
「電気を使える《怪異》が手持ちにいないんだよ……。じゃあハルトくんが『雷神』とか捕まえてくればいいだろ?」
「捕まえてくるって……カブトムシじゃないんだから」
「見たことないの? 雷神」
「ある」
「へえ、さすが《カイサン》」
「……まて。おまえそれは?」
「え?」
ミサキが持っていたのは、チョコミントのアイスだった。
「……歯磨き粉……」
「はぁ~~~~~!? でたっ、言ったな!? はいはい、でたでた、でたよ!
『歯磨き粉』。歯磨き粉はおいしいだろうが、そもそも! じゃあハルトくんはおいしくないものを口に入れてるんですか!? どんな歯磨き粉使ってるんですかあ!? 不味い歯磨き粉を口に入れてるんですかどうなんですか~~~~!?」
「すげえぇ~言うじゃん……」
想像以上にキレてきた。
「俺も冷蔵庫使っていいか?」
「……はあ!? 無視!?」
「ピーチ味の歯磨き粉だよ……」
「ぷぷーっ、幼稚園児かな!?」
「これ食べていいか?」
「……。いいよ。ねえ、上の段にチョコ入ってるでしょ? 取って」
ミサキの言うとおり、冷蔵庫にはチョコが入っていた。冷やして食べるチョコも美味しいだろうな、と思いつつ、投げ渡す。
チョコミントアイスを食べる上に、チョコも食べるのだろうか。業突く張りな女だ。
「って待て、お前……なにしてんだ!!?」
焦った声を出すハルト。
「? なにって?」
ミサキは信じられないことに、チョコミントのカップアイスに、板チョコを砕いてかけはじめた。
「もったいな~……」
「は? なにが? 人の食べ方にケチつけるの? 小さいのは身長だけにしたら?」
「クソデカ女」
「女の子の体のこと言うの、よくないと思うけどなあ私は……」
「先に、どっちが……!」
拳を握りしめて震えるハルトを横目にミサキはチョコが増量されたチョコミントアイスをスプーンで口へ運ぶ。
「…………俺はミントは嫌いだけど、チョコは好きなんだ」
「ふうん……あっそ。……ハルトくんの好きなものを教えてくれてうれしいよ。キミの味覚が死んでることは残念だけど」
チョコミント女に言われたくなかった。
アルミホイルに包まれた半分ほどになった板チョコが投げつけられる。
まだひんやりとしていた。
「いいのか?」
「こっちは? あーんしてあげよっか?」
スプーンのチョコミントを差し出してくるミサキ。
「最悪なやつが、最悪な物体を食べさせようとしてくる拷問だ」
「どうしよう。助手はクビかな……」
「食べながらでいいから聞いてくれ。辻めぐるから新しい証言があった」
「お、なんだって?」
ミサキはざくざくとチョコをスプーンで砕いてアイスと混ぜつつ、話を促す。
ハルトはうへえ……とチョコが、ミントに取り込まれていくのに顔をしかめつつ、めぐるの証言を伝える。
めぐるが透明人間にあとをつけられたこと。
めぐるは、シホノから嫌われていると感じていること。
めぐるが、シホノを疑っていること。
「ふぅーん……。ハルトくんはどう思う?」
「正直、わからん。平戸シホノは怪しいが、それだけが真相ではないだろうとも思う」
「というと?」
「ストーカーは透明になれるはずなのに、松原さんに目撃されてるだろ? まずこのズレが気になる。で、平戸さんが透明人間で、別にストーカーがいる、って線は、かなり有力だと思うが、グラスがやっぱり謎だ。二人ともストーキングが目的で、もしかしたら二人は共犯……なんてのもあるか? もしくは、ストーカーは一人で、その正体が平戸さんが……。でも、やっぱりしっくりきてない」
「ま……そういうパターンも浮かびはするよねえ」
「違うってことか?」
ミサキの意識は、またスプーンでチョコを砕く方へ持っていかれてる気がする。
「違うっていうか……、結局、グラスについて推理してないまま考えても、答えにたどり着かないよ。手がかりはもうあるんだから、あとは推理さ」
「その推理が問題なんだが」
「ええ~~~~まだわかんないの~~~~?」
「想像通りで、想像以上のうざさ」
「私のこと想像してたんだ、やらしい~」
「お前のことなんか考えたことない」
「それは嘘だろ、考えろよ」
「揺るがぬ真実だ」
ぱきん、と息継ぎのようにチョコをかじるハルト。
ミサキはうざいが、チョコは美味い。馬鹿にされたのが悔しくて、またノートを広げて推理の続きを始めるハルト。ミサキが覗いてきてはニヤニヤするのが不愉快で、いつも二人の定位置であるテーブルから離れ、床に座りこむ。そうこうしてる間に、ミサキはアイスを食べ終わって、備えてあるシンクで歯を磨き始めた。
「ほへんへ、はるほふん」
「あ?」
ミサキが口をゆすいで、一度手を止める。
「ごめんねハルトくん」
「なにが?」
「歯ブラシこれしかないや。使う?」
「ばっちい」
「ばっちくはないだろ! 性欲とかないの!?」
「お前に対しては、当然ないが…………。歯ブラシって、異常性癖か?」
「良い病院紹介しようか?」
「お前が行け。俺にも選ぶ権利はあるからな……、なぜお前に興奮しないといけない」
「歯ブラシ、買いに行こうか。あとペアのマグカップとかどう?」
人の話を聞かなすぎる。
「お前……ここに住んだりしてないよな?」
「ちゃんと帰る家があるよ。来る?」
「いやだよ」
「――いや、ダメだね。来るんだ」
「はあ……? なんのワガママだ?」
「ワガママとかじゃなくてさ……捜査のため」
「どういうことだ?」
「ねえハルトくん…………、はりこみ……しよ?」
◆
そんなわけで、ミサキの部屋にきていた。
なにやらミサキは電話をしている。
「うん、うん……そうだね。エナジードリンクと……あー、そのへんにコーヒー置いてなかった? それで大丈夫」
じゃあそれでー、と通話を終えるミサキ。
「……なんだ?」
「気になる?」
「別に……。事件と関係あるのか?」
「あるよ。どうせ後ですぐわかる」
「……、」
ということは、サク、シホノ、めぐるのうちの誰かだろうか。
ミサキが誰と連絡を取ろうが知ったことではないが、知り合いと話して欲しくないな……と思ってしまう。
事件に関係あるのなら、仕方のないことだが。
ミサキはその後、床に落ちていた何かを拾い上げた。
「『う、うわあ! す、すごい……なんだこれは! メロンでも入れるのかよぉ~~~っっ!?』」
そんなことを言いながら、手を震わせて、黒くてデカいブラジャーを持っているミサキ。
――黒くてデカいブラジャーであった。
黒くて、デカかった。
自分のだろうに。
馬鹿なのだろうか? 馬鹿ではある。
「……すげえ嫌々聞いてるやるけど、どうした?」
「えっちな漫画の主人公が、ヒロインのブラを見つけた時のマネ」
「はあ~……。あー……。あっそ……。コンセント借りて良いか? 充電がやばい」
「……」
ぺしんっ! とブラを鞭にして攻撃してきた。
「いってえ……」
なんて下品な攻撃だ。
ぺちぺち叩いてくるが、無視して充電するハルト。
「少しは興味を示してよ」
「…………」
「無視! おとなしいなあ。タンス漁ったり、かたっぱしから壷割ったりしないの?」
「ドラクエ好きなのか? ないだろうが、壺が」
ミサキの部屋は、正直色気がない。本だらけだ。
だが、一画特別な場所があった――地図に写真や資料が大量に張り付けられた巨大なボード。《きさらぎ》についての捜査をまとめたものだろう。
「……で、なんで張り込み?」
「平戸シホノがくれた、ファンのSNSデータのまとめがあったろう? あれで怪しいアカウントを絞ったんだけど、恐らくストーカーは学生だろうね。松原サクの自宅周辺に来ているツイートは、週末……金曜日に限られるんだ。だから、次の犯行があるとすれば、金曜日」
「……なるほど。現行犯を捕らえるわけだ」
「そういうこと。夜まで暇だと想うよ。グラスの件も、サクちゃんが寝てた時なわけだし、浅い時間に動くことはないはず。まあ、いつでも動けるようにはしておくけど」
言いながら、ミサキはニンテンドースイッチを用意しはじめた。
「どうした」
「スマブラしよ」
「やらん。寝る。夜遅いなら仮眠したほうがいいだろ」
「卒アルみる?」
「見るわけないだろ」
そのまま横になるハルト。それからしばらくして……。
「……見てもいいか、卒アル」
「え、中学生にしか興味がないタイプのロリコン?」
「いや、お前に本当に中学時代のがあるのかと思って」
「突然、無から発生したJK?」
過去がわからないのでは、無から発生した可能性を否定する材料がない。
もしも人間と同じ知性を持っているが、その生まれる経緯は人とかけ離れている、
そんな者がいたら、一体どんなアイデンティティを持つのだろうか。
(…………いや、俺も大して変わらないか)
ハルトは確かに、人間の親から生まれている。
だが、そのことをアイデンティティにしていない。
春日家の事情は少々複雑で、ハルトは実の親にまともな思い出がない。
――だが、ハルトには姉がいた。
ハルトは姉によって、地獄から救われた。
(……今は自分のことよりも、白銀ミサキだ)
卒業アルバムを開く。
この近隣の中学のものだ。
白銀ミサキが義務教育を受けているのは意外だった。それをいうなら、怪異のくせに高校に通って生徒会長なんてしているのも意外だが、なにせこの高校は《七不思議》なんて高位の怪異がいるおかしな高校だ。
中学時代のミサキを見つけた。
この頃から完成している。今もそうだが、大人びた顔立ち。
アキラと映っていた写真と近い時期だろうか、今より少し幼い。
(………………、ちょっと、待て…………、)
――成長、している?
「……白銀。《玉藻の前》の被害が記録されているのは、平安時代だろう」
「……うん? いきなり何? それが?」
「……お前、どうして成長している? それじゃあまるで……」
――普通の、人間のようではないか……。
「あ~……? あはは、気づいた? なんでだろうねえ?」
――こいつは、いったい、なんなんだ?
こいつは怪異でなければおかしい。
でなければ、わざわざ《カイサン》が『処刑』することも視野に入れて動くことはない。
なのに、どう考えても人間と同じよう振る舞っている。
高校に通ってもいれば、生徒会長として、慕われてすらいる。
「お前は……一体、なんだ……?」
「バレてしまってはしかたないね。実は私は、人間の赤ん坊にとりついて、人間と同じように育ったんだ。だから、人間と同じといっていいだろう…………とでも言ったとしてさ、それ、信じる?」
ハルトは今さら、自分の問いかけの愚かさに気がつく。
動揺しすぎだ。ミサキの言うとおり。
ミサキに答えを問いかけることに、意味はない。ミサキを信用することなど、できるはずがないのだから。ミサキが這うようにしてにじりよってくる。
動けない、
動けないまま……、
ミサキはそっと、ハルトの体を押し倒した。床に二人の体が崩れ落ちる。
「甘えるなよ、ハルトくん。本気で私が全部丁寧に答えを教えてくれると思ってるとしたら、心底失望するよ。自分で考えろ。もっと、ずっと、私のことを考えてよ」
「……誰が、お前なんか……」
「私を探って、引き裂いて、暴いて、解き明かして、私の真実を貪ることが、それがキミのアキラへの、愛の証明だろう? ねえ、違う?」
――……その通りだった。
アキラは死んだ。
だったら、残されたハルトにできることは?
復讐の前に、まずアキラの死の真相を解き明かす必要がある。
その謎の鍵を握るのは、目の前の憎い女だ。
「情けないねえ……。ちょっと難しくなってきたらギブアップ。ダッサ……。あんまり萎えさせないでね……。――……それでも、アキラの弟かよ」
「……てめぇ……ッ!」
それだけは、許してはならない言葉だった。
「……っ、いつまで上にいるつもりだ……っ」
ミサキの体を押しのけて、彼女に覆い被さる。
彼女の顔が、目の前にある。
彼女の甘い香りが鼻孔に刺さる。脳が溶けるような、甘い香り。
――――綺麗だ、と素直に思った。
本当に、美しい。悍ましいほどに。
ぐちゃぐちゃにしてやりたい。
刀で何度も何度も切り刻んで、原型を留めない肉片に貶めて、この美しさをできるかぎり毀損してから、この世界から消し去りたい。
なんとしてでも、こいつの全てを否定したい。
こんなヤツの存在は正しくないと、確認して、安心したい。
こいつは、アキラではない。姉ではない。自分にとって大切な、自分を救ってくれた存在ではない。
そのくせこいつは、アキラの真似事をしている。名探偵を気取って、自分を導くような言葉を吐いて、上から目線の振る舞いをしてくる。
たまらなく、どうしよもなく、もはや仇であることを抜きにしても、殺してやりたかった。
もう、ハルトには、自分の感情が、わからない。
「――白銀ミサキ」
「なにかな、春日ハルトくん」
「――俺は、お前が、心底嫌いだ」
「私は、キミが好きだよ」
「――わけのわからないことしか言わないお前が、本当に不愉快だ」
「からかいがいがあって、とっても可愛いね」
「――お前の全部を暴いて、吠え面かかせて、殺してやる」
「私の全部を知って、ちゃんと私を殺してね」
きっとこの時が、ハルトとミサキの関係の、本当のスタートだった。
《カイサン》の捜査官だと露見して、本性を明かした時より、もっとずっと、ハルトの心の奥を見透かされたようだった。
いつもミサキは、見透かしたようなことを言う。
それなのに、ハルトは少しも、ミサキのことがわからない。
近づいたと思えば、またわからなくなる。
◆
「……白銀」
「なに?」
「…………その、さっき、押し倒した件は、悪かった。あれはなしだ」
「………………は?」
テンションが落ち着いてきたハルトは、急激にさっきの出来事が気恥ずかしくなってきた。
「ああいうことをするつもりはなかった。つい、カッとなった」
「……はぁ~~~~~……? キモ。童貞。ぼっち。友達のいない、姉に執着する、シスコンアイドルオタク社会不適合ゴミ人間」
「え、言い過ぎでは、さすがに……」
「『なし』じゃないからね馬鹿」
「…………」
「キミは、私を押し倒して、組み敷いて、私を知りたいと叫んだの」
本当にわけがわからない。
どうしてなかったことにしてくれないのだろう。
そもそも、なかったことにするどうこうも、ただの二人の間での話で、正式になにか手続きがあるわけでもない、口で言うだけのことなのに、何に拘っているのか不明だ。
「さ。そろそろ時間だよ、ハルトくん。まさかただ私の部屋にお泊まりデートにきたわけじゃないだろう? 今なにをしてるか思い出してくれ」
「忘れてねえわ……」
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
時計の針が動く音だけが響く時間が続いた後に……。
ミサキのスマホが鳴る。
サクから連絡が入った。
――透明人間が出た、と。
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