魔王
一九一四年十一月十三日の金曜日、騎士団総帥による会見が始まった。
「洋上に突如として巨大要塞あらわれ、宇宙生命体襲来せり! まずは村人によるビデオ映像をご覧ください」
忌まわしいモニュメントのようなゴブリン城が、平和な祖国のほとんど至近距離に忽然とあらわれ、オークが飛来する……
「幸い、巨大要塞とは海峡で隔てられており、宇宙生命体の上陸の心配はありません。えー、宇宙軍の上陸の心配は、ございません、へっへっ……」
SNSのフォロワーには、宇宙軍参謀ジョーカーがいた──テロやミサイル攻撃を専門としており、彼をポリティカルな話題で刺激しようものならオークの軍勢が村に攻めてくることは十分ありえる。
ジョーカーの主張──というかポリティカルな話は、だいたいがデマで、多少は事実も織り交ぜてあるものの「愚かな人間」どもをプロパガンダで染め上げることが主目的である。そもそも宇宙生命体がSNSでちゃんとした事実に基づくニュースを発信する理由もない……
だからこちらも、ポリティカルな主張ばかりするのではなく、ニセの情報やデマを流すことで敵をミスリードさせ、村を防衛する必要を感じていた。
宇宙生命体と人間によるデマ合戦……それを読んで、もはや何が事実かがわからなくなっていく人々……
そんな情報戦をしているうちに互いに疑心暗鬼になって、ついには暴動が始まったのだ! そんなことに加担しちまったのを思い出して震えたが、流したデマにも多少いいものもあった。
「宇宙軍のトップのひとりは、人間の女(あるいは男)であったのだ! その正体こそ……かつて冒険者たちの追い求めたタワシの所有者にして、鮮烈な七色の光のベンチャー事業家と呼ばれし少女(または少年)」
……まあデマなのだが。
だがしょせんは人間、デマやあることないこと放言しまくるのは悪魔には及ばない。
「平和になりゃ武器屋や防具屋は廃業に追い込まれるだろうよ。そして冒険者ギルドがなくなれば力を持った者のやりたいほうだいさ。善悪の抑止力で成り立ってんだから」
というシンプルな問題提起──煽りにSNSの各界隈はザワつく。
もちろん宇宙軍参謀ジョーカー自身、こんなことを真剣に考えているわけでもなく、オークたちとどんちゃん騒ぎをしながら鮮烈な七色のPC──ドクロ水晶を覗きこんで人間をからかっているにすぎない。
こう煽れば、「愚かな人間」が分断をひき起こし、武器屋とか冒険者ギルドなどに敵対するようになって勝手に自滅してくれるだろう、と。これほど悪魔的な歓びはない。
「こんにちは。そうさ、オレたちゃ血に飢えているのさ。へっへっへっ、オークを切り刻んでりゃあ倫理的にも問題にならない上、報酬までガッポリいただけるってんだからなぁ」
そうした野卑さで切り返す人間もいたが、想定内……オークなどはマンガのように無から生み出すため、たいした憐憫や損失もない。
序盤の怪盗トランプなどがその最たるもので、いくら倒されようが冒険者らにとっての固定敵として登場する──金属的な冷たい色合いのCG。
にしたって平和だった祖国にとっては迷惑きわまりなく、このまま放っておくわけにもいくまい。
結局、野卑た人間のコメントにあったように、血に飢えて戦うしかないのか?
いや、そんなことはない、オイラはそう信じている。そしてオイラには力が──冒険者ギルドの抑止力をも破綻させかねないベンチャー事業家の「力」を発動させてでも、オイラは……へっへっ。その時、鮮烈な七色の閃光が走った。
ジョーカーも気づいたようだが、もう遅い。背後から忍び寄っていた何者かにタワシでこすられて宇宙軍は壊滅、忌まわしいゴブリン城も何事もなかったかのように消えた。
一体誰だってんだ!? 振り返るとそこにいたのは、「キャット」と書かれてあるシャツにサングラスで正体を隠した何者かで、かなりの手練れだろう──宇宙軍を壊滅させたのだから。首根っこを捕まえて、なぜこんなことをしたのか問いただそうとしたが、大きな丸太にすり替わっていた。残ったのは、平和な祖国と廃業した店だけ……。
何もすべきことがなくなってしまった……書き進めるモチベーションが全くなくなってきた……そんな空気が国内を漂い始めたころのこと、ドッグハッタンのとある廃墟で、奇怪な魔導書が発見された。
未知の呪われた文字で書かれており解読不能だが、その忌むべきイラストを見た研究者たちは戦慄したのだった。それはなにやら放送禁止の魔物でも召喚する不吉きわまりない魔法陣であるらしい。そしてこの魔導書はあろうことか印刷技術によって複製コピーされ出版されてしまった……一般大衆に出回った、その神にも等しい、忌むべき、あってはならない力はクーデター──のちの世に言う「欲望大解放」によって、周辺の村を次々と侵略し、ついには区や市、州をも支配するに至った。
オイラは呪われた魔導書や本当にあった怖い話などをウェブで読み耽っていると……ふとした拍子に、その忌むべき、あってはならない呪文に興味を惹かれてしまったのだ。
それは、鮮烈な七色の光を放つ見たこともない幾何学模様で、暗黒時代に書かれたようなユーモアも装飾もない下手なイラストでありとあらゆる災厄による世の破滅を暗示していた。好奇心を抑えきれず、そっと模様を撫ぜる──
突然、扉が開き、入ってきたのは宇宙生命体だった。
ドラゴンのような刺繍をしたフード付きロングパーカーを羽織り、青白い顔色で、額には脂汗のようなものを浮かべて立っている。
──どうかなさいましたか? そう声をかけようとした瞬間、宇宙生命体は手からビームを出してきた。
「うわぁ!」
思わず悲鳴をあげる。すると、今度は杖をふりかざし襲い掛かってきた……かと思えば、杖にもたれかかるように本棚の前で立ち尽くしていた。
一体何があったのかと尋ねると、地底に響くような邪悪な声でこう答えた。
「人間が悪を求めるかぎり、吾輩は何度でも復活する……」
吾輩というのは、おそらくこの悪魔のことだろう。ちくしょうめ、けがらわしい! なんでも、つい先ほどまで悪魔界にいらしたらしいのだが、急にここに来てしまったのだという。
平和を願うならば、争いも起こらないはず(筆者はそうは思わないのだが)。だが欲深い人間は、いつまた争い──欲望大解放を始めるかわからない。そんな愚かな人間どもを徹底的に懲らしめてやるために、へっへっへっ、吾輩は何度でも人間界へ赴く用意がある……にしても、なんだってこんなところに?
どうやらここは、吾輩がいた世界とはまるで違う異世界のようであるな。魔法だの冒険者ギルドだの、つまり、吾輩はテレビゲームのワンダーランドに迷いこんじまったってことか……? なんということだ! ゲームクリアするまでこっから出られないってんじゃあるめぇな……この世界ではもう死んじまったことになっているがな、へっへっへっ……まあ、細かいことはさておき、こうして念願のベンチャー事業家殿との対面を果たせたってわけだ。
吾輩の名は、キング。
かつては普通の「水」の運び屋だった男(または女)だ。しかし今じゃ神々に仇なす魔王である。さてさて、なぜこんなことになったかというと──
映画おはなしアヒラー PanLCR @PanLCR
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