異世界
平和な世に突如現れた宇宙生命体は、瞬く間に人々を恐怖で包み込み、多くのジャガイモを奪っていった。そして宇宙生命体を討伐するために立ち上がった一人のベンチャー事業家は、あまたの困難を乗り越えていった。
とくにジャガイモを食べたことも見たこともない人々は、なんの協力もせず──狂人よばわりまでしたのだった。
それでもベンチャー事業家は、なんとか宇宙生命体によって大量のジャガイモが独占されたことを説得するために、なんと異世界から召喚されたベンチャー事業家であるというデマまで吹聴した。
つまり異世界にあるジャガイモなる希少なイモがこの世界にもあって、宇宙生命体はすべてのジャガイモを独占し、富をひとりじめにしている! と人々のルサンチマンを刺激しようとしたのだ。
だが、いくら説明しようが、だれひとりとして協力しようという者は現れず、しまいには「頭がおかしい」とか「おまえこそ、悪魔の手先ではないのか? けがらわしい!」 などと不審がられ──石を投げられ、棒や農具で殴られ、追い払われた。イモなんかで命を差し出して宇宙生命体と戦えと言われても困る。
「なんだい、無知で鈍重な村人どもめが! 我輩は神に選ばれし、異世界の進んだテクノロジーで無双するベンチャー事業家である! あとで後悔しろ!」
そう吐き捨て、怒りや悲しみを通り越して、馬を走らせた。煽られて怒り狂った血気盛んな村人たちも、その後を追う……そして、あっという間に見えなくなった。
残されたのは、オイラと村長さんだけ。オイラは、村長さんのほうを向く。
「イモなんかのために命を差し出して宇宙生命体なんぞと戦う気は毛頭ないが、しかし、ジャガイモは実在するのではないか。オイラが異世界で初めて食べたのがジャガイモだったな……とふと思い出したのだ。まあ異世界など夢にちがいないし、あの時は死にかけて腹が減っていたのでただ無心にもしゃもしゃ食べていただけだったが……」
村長は「頭がおかしい」と言って農具でオイラを追い払ったが、オイラこそ神に選ばれし、異世界のベンチャー事業家かもしれず、無知で鈍重な村人どもより進んでいるのだ。そう村をぶらつきながら考えた。
そしてその宇宙生命体を倒すために、神様がオイラに「力」を──ジャガイモパワーを与えてくださったのだ。これはもうやるっきゃないだろう! オイラは村の広場で村人を集めて演説したい気持ちでいっぱいだったが、村人はみなベンチャー事業家の馬を追いかけて出て行ったのである。
それから一年あまりが過ぎ……オイラはまだあきらめちゃいなかった。あのときのベンチャー事業家の言葉どおり、ジャガイモパワーを得た異世界のベンチャー事業家かもしれない、と(そんな事はベンチャー事業家も言っていないのだが)。オイラは都会の広場に行くと、聴衆を集めて演説を始めた。みな最初はオイラの話をまるで信じなかったが、ジャガイモを見せると、ようやく信じたようだ。
このジャガイモは都会で普通に売られているものだが、一般的な食用としては普及しておらず──毒があり、生のまま食べると中毒症状を起こす。学者か、異世界で食べた者くらいにしか知られていないだろう。
ジャガイモは、過酷な環境下でも育つ作物であった。しかも、他の作物よりも収穫量が多く、栄養価も高いという優れた特性を持っており、異世界の人々は主食や副食として日常的に食べているという。
ジャガイモを食べるようになったのは、欲望大解放(一九一四年)以降のことである。特に被害が大きかった北部での大飢饉の際にジャガイモが大いに役立ったのだという。
まず、ジャガイモに含まれるデンプン質が食料不足を補うことになった。次に、ジャガイモの持つ高い栄養価が人々の命を救った。さらに、ジャガイモは長期の保存に耐えることができた。このため、飢餓状態に陥った人々にとって、まさに神の「力」──ジャガイモパワーとなったのだ。
ちなみに、欲望大解放の際はサツマイモも活躍したという。大火事によって町の大半が焼け野原となり、多くの死者を出した。その後、大復興事業が行われることになり、その中心となったのがO氏──彼は、有事に大量の資金が必要になることを見越して、莫大な資金を蓄えていた。さらに、Oは、復興の巨大公共事業の費用を捻出するために、大規模な金融緩和策を実行した。具体的には、金本位制への復帰と通貨供給量の大幅増加である。これにより、財政基盤は大強化され、多額の大きな利益を得ただけでなく、民衆の生活を大きく支えることとなった。
しかし、Oは、ただ単に利益だけを追求して行動したわけではない……経済理論に基づいて合理的かつ効率的な判断を行った結果である。当時、経済を支配していた米を中心とした農作物の多くは、天候に左右される不安定な性質を持っている──つまり、不作になれば、それだけ価格が高騰し、大きな損失を被る。
そこで、Oが行ったのは、米に代わる新たな主要穀物の栽培だった。
Oは、各地を視察した上で、ドッグハッタンに目をつけた。入植が始まるまでは狩猟採集や「水」の運び屋を営む部族が居住するワンダーランドであっため、農業技術に関しては無知であり、農耕に適した土地を開拓することもできなかった。
だが、逆に言えば、彼らが農耕技術を知らなかったおかげで、ドッグハッタンは手つかずの土地のまま残されていたとも言える──やせ地でも生育できるサツマイモは、ドッグハッタンのような土地に適していると判断された。
こうしてOは、サツマイモの苗を栽培するための約二万ヘクタールもの農地を確保した。もちろん、これだけ広大な土地を開発するためには膨大な費用がかかる。Oはその点についても抜かりなく、ゴールドなどの貴金属を大量に保有しており、これを担保にして金融機関から多額の融資を受けることができた。また、サツマイモを各地で流通させ、安価に手に入ることで、大飢饉の被害はさらに軽減された。もう書き進めるモチベーションもない。
サツマイモの普及によって大飢饉を乗り越えられたのだから、Oの功績は非常に大きいと言えよう。
ただ、ジャガイモが広まったことにより、問題も発生した……ジャガイモは生のまま食べると中毒症状を起こすため、茹でる必要があるのは周知の通り──ところが、多くの人はそのことを知らず、状態異常無効スキルもないまま生のジャガイモを食べてしまい中毒を起こした者が続出──そのためジャガイモを食べる際には必ず茹でるように……と、お触れが出たほどだった。
そしてついに、ベンチャー事業家は宇宙生命体の船へと辿り着く……この先に待ち構えているものは何なのか、書き進めるモチベーションがない。玉座にあったのは「キャット」と書かれてあるシャツを着た、金属的な冷たい色合いのCGのような宇宙生命体の骸であった──おそらく状態異常無効スキルもないまま生のジャガイモを食べたことによる中毒であろう。
「この宇宙生命体を倒したところで、貴様が望むような世界など訪れない──それでもなお、あの無知で鈍重な人々を救いたいのか?」
そう問われたような気がしたベンチャー事業家は答える。
「いいや、我輩はそのために旅をしてきたのではない」
その言葉を聞き届けた宇宙生命体は、最後の力を振り絞り、鮮烈な七色の魔法陣を展開すると、ベンチャー事業家を元の世界へ送り返す……異世界から来たというのは村人を欺くデマだったのだが。
しかし異世界にも、既にジャガイモの栽培が行われていた形跡はある。オリジナリティ年間(一九一四年)に書かれ、当時のレシピや調理法などが記された貴重な資料として扱われている料理書には「新じゃがの煮っころがし」とあり、皮を剥いて油で揚げて塩を振りかけて食べていたようだ。
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