冒険者ギルド
「新入り、そのクエストはやめといたほうがいい……いつも同じ連中が回しているだけだ」
煌びやかなネオンのなかでひときわ巨大な「ハズレ」の文字が……都会にスカな残念感をもたらす。何かがハズレたのではなく、ゲーム企業「ハズレ」社の看板広告がいたるところにある──「ハ」「ズ」「レ」と何度も何度も一文字ずつ点滅するネオンが町ゆく人々をわびしくさせる……
かつてハズレ社は大ヒットゲーム「スペースドラゴンパックエスト」によって不動の地位を築いていたが、そのタイトルは異国か異世界からの輸入だったので自社のヒット作はない……なおかつ皮肉なことにスペースドラゴンパックエストの二匹目のドジョウをねらった輸入ゲームの数々がことごとく粗製濫造品にすぎず、ハズレショックなる恐慌を業界にまきおこす……
ゲームがつまらないだけであって大した社会問題じゃなさそうだが、後世から俯瞰すればコンピュータの覇権における分岐点──いや文明そのものへ暗黒時代をもたらしかねない分岐点であった。
ついには競合する大ヒットゲーム「ドンキークエスト」の異国だか異世界の企業に覇権をうばわれることとなる……まあ元々はスペースドラゴンパックエストを開発したのもその企業であるから致しかたない。
いまや「クエストの受注」はライフラインになっており、冒険者ギルドがなければ世の中は後退してしまうほどだ。
なかでも「治癒魔法」をもった者は医療現場に欠かせない人材──もっとも初期は「魔法」などという不思議キーワードが生死に関わるなどあってはならないとされたが、そういうものとして世の中に定着してしまった。
旧弊な価値観に囚われた者でも、「魔法」であるとしか言いようのないテクノロジーだかバグだかよくわからないワンダーランドを目のあたりにしては認めざるえない……もっとも「魔法」以外の呼びかたでその難解なテクノロジーを理解できるとも思えないが。
もちろん「クエスト」は魔法だけではなく、経験則にそった実務的なものも多いが、その経験値やポイント制といった根幹にあるテクノロジーは──それは今世紀にほとんど唐突にもたらされ、その冒涜的といってもいい高度な未知のシステムを人々はまったく理解できていないまま甘受した(べつにSFや小難しい話ではなくPCやアプリでもみな当然のようにそうしてきた事である)。
そんな「クエスト」の覇権をめぐって「ドンキークエスト」と「スペースドラゴンパックエスト」間での生き残りを賭けた熾烈な争いがあった──というわけでもなく、もともとゲーム用語だったものが社会インフラになってしまった。
ハズレ社の有名ゲームクリエイターであったO・ジョブズ──彼はヒット作こそないものの、退社したのちにコンピュータ業界そのものに革新をもたらし、発明した「おにぎり」型の手のひらサイズ端末はあらゆるインフラに欠かせないものとなる。おにぎりジョブズの愛称で歴史に名を残す……
その彼が、なんと競合のドンキークエストの開発者であるというウワサがあった──異世界のもう一人のO・ジョーカーが「ドンキークエスト」「スペースドラゴンパックエスト」をすべて開発したというのだ。
それは禅問答のようでとくに意味はないのだが、そうだとしても何ら不思議ではない納得すらあった。
もっとも、そんなことは少年誌「カエル」などがドンキークエスト開発者インタビューでもすればすぐに真偽がわかろうものだが、それも確かにO・ジョブズによく似た人物なのである……長髪でサングラスが特徴的な、「キャット」と書かれてあるシャツを着た大柄の男(または女)。
なににせよ彼(または彼ら二人)がハズレ社の栄枯盛衰における、不気味ともいえる特異点であったのは想像にかたくない。
異世界からの干渉によって技術進歩はたまた暗黒時代になりかねないなどは忌むべき、あってはならない事である。
もしもハズレショックがなければO・ジョーカーも退社することなく、のうのうと「ドンキークエスト」「スペースドラゴンパックエスト」の儲けを独占したにちがいなく、現にいまも独占しているのではないか──両者の開発者であればそれも致しかたない事ではあるが。
ハズレ社が覇権をにぎった並行世界、つまりドンクエよりもスペパクのほうが勝ち残ったほうの世界へ、タワシでこすって行った騎士団がいた……そこでもやはり忌まわしい不気味な悪魔O・ジョーカーの独擅場であったというウワサだ。
クエストにおけるO・ジョーカーの称号は「おにぎりをにぎりし者」だけだ。誰だってこの称号にはなれる──これは給与を年に一ゴールドしか受け取らなかったみたいな逸話と同じようにとられていたが、ここにはゲームのイースターエッグ──おにぎりが隠されていた。
人々はわれ先にと数多くの称号──「見習い剣士」「怪盗トランプを退治せし者」だの「水の運び屋」「鮮烈な七色の光」「欲望大解放」「キャット」「仕事おわってビールのんでまーす」などを得ようと競い、またそうしなければ生活──クエストを受注もできない。
称号「おにぎりをにぎりし者」のみしか持たない者などめったにいないか、いても落伍者であろう。
称号「おにぎりをにぎりし者」ひとつだけで十年すごすと、ドラゴン──ヘビと鹿のキメラの巨大CGがあらわれてイースターエッグ──おにぎりを与えられ……具のウメボシの種をどこかに植えて(この場所も重要らしいのだが)さらに十年かけて立派な木になれば冒険者ギルドの運営権がもらえる、そんなウワサがあるのだ。
もっとも冒険者ギルドとは、各地の自治体がクエスト──冒険者のパワーバランスを制御するための互助会であって、だれが運営しているのでもなく、運営権など持っててもしょうがないし(だからこれは給与を年に一ゴールドしか受け取らなかったみたいな逸話と同じだというのである)、深く考察して書き進めるモチベーションもない。
ここドッグハッタンの酒場ロレーヌもまた冒険者ギルドの末端で、レジにいる酔っぱらいと呼ばれるマスターからクエストを受注する。
この酔っぱらいが人間なのか金属的な冷たい色合いのCGなのかは──サングラスのような眼鏡をかけており、その素性を知る者はいない……そうした「ロボットにも魂はあるか?」みたいな議論は一九九〇年前後から二足歩行ロボット学会やマンガでさんざんされてきたが、書き進めるモチベーションはない。
「トランプをどうぞよろしくお願いいたします……へっへっ」
怪盗トランプは序盤の中ボスで、討伐すれば小遣い稼ぎにはなる。すでに誰かが倒していたとしても無関係に討伐できるようだ。出典がよくわからないモンスターで、おそらくは創作だろう。
「ところで報酬のことだけども」
「わかっとる。ふくびき券じゃったな」
「いつもすまないね、助かるよ」
「なぁにお前さんもゴールドが必要なんだろう? へっへっ、それにお前さんの能力を高く買っている。だからこうして協力しているんだ」
経験値はタワシをこすることで得られ、この経験値は冒険者ギルドで精算しなければ何にもならない。
タワシを悪用するタワシ犯罪、不法なタワシ兵器開発の専門家……といった連中もいて、こうした悪をタワシでこするクエストもたくさんあった──ちくしょうめ、けがらわしい!
ヒトに善悪があるかぎり冒険者ギルドはなんらかの抑止力によって運営され続ける……運営権など持っててもしょうがない。
「ハ」「ズ」「レ」と何度も何度も一文字ずつ点滅する。
天に向かって、空を覆い尽くすネオンに向かって、神にでも祈るかのように、悪魔に魂を売り渡すかのように……
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