騎士団

 ロビーに座っている人々の中から、一人が立ち上がり、近寄る……これが今日の欲望大解放の相手か。

「こんにちは」

 さすがに親近感などは調整されてあり、好みかもしれない──と思わせる。こちらに選択の余地はない。すぐさまデータが流れ込んで、既知の人物として認識するようになった。


 気がつくと、もうロビーから商店エリアを歩いているようだった。そしてタワシが無造作に並んだコーナーにいる──注意しなければ茶色いタワシの山に目をうばわれ、彼を見失いそうだ。


 我輩も女性(または男性)らしく、いや、欲望大解放の相手らしく調整されているのか?

 その心配の反映かわからないが、彼は、大量のタワシの茶色さのなかで消えそうになって立っていた……もう、ホームに帰りそうな様子だ。


「仕事おわってビールのんでまーす」

 呑みすぎた我輩は──本能的に、深夜営業のディスカウントショップで油っ気などのキツい食べ物を買って、胃を酒以外のもので満たす必要性を感じた……それで二日酔いは回避できる。


 我輩のような若い女性(男性)が、深夜に食料コーナーを徘徊するのを怪訝そうに見てくる人間もおらず、二階や三階に登ってみたが、四階の時計売り場に男性店員が見えただけで、店内にはほとんど誰もいない。服コーナーの服に埋もれた、搬入通路のような狭い入り口を店員か「水」の運び屋が出入りしているような気もしたが、一般客にはよく察知できない。


 だからといって、万引きして逃げようものなら、ブザーが鳴り、どこからともなく騎士団が素早くやってくるような仕組みに違いなかった──そうでなければ、こんな無防備に深夜営業しているはずがない。我輩はそう思いながら四階の時計売り場から、目的の二階……食品コーナーにやってきた。


 食品コーナーには、千ゴールド近くするものの単調な味の揚げ物が数十個入った商品ばかりが並んでいた。どれも売れ残りといった雰囲気で、新鮮さはなく、どこか乾涸びた印象。

 しかし我輩が求めているのは、とにかく胃を酒以外のもので満たす、油っ気の多そうな、なんでも良い食料だ。しかし千ゴールドも出して買いたいかは予算になかったので──四〇〇ゴールドくらいで何かないかと探しまわった。


 展示の仕方が雑然としており、冷蔵庫の鮮烈な七色の光のなか、茶色い、単調な味の揚げ物ばかりが目に入ってくる。もっと本気で商品の山を押し分けてでも探すべきなのだが、たかが油っ気の多そうな何でもいい食品のために、本気で探すような気力はどうも湧いてこず、書き進めるモチベーションもない。


 不意に、今のクエストは何だったかを思い出そうとした……大量の商品のパッケージの中に、なにかドラゴンを彷彿させるイラストがあった──たんに食欲を誘発させるための異国的なパッケージだったかもしれない。我輩は、それがどの商品だったかを探そうとしたが、どれも似た茶色い揚げ物が大量に目に入ってくるばかりで、いまどの売り場を歩いてきたかすら見失った。


 それよりも四〇〇ゴールド程度の何か油っ気のある食品を、さっさと探すべきだろう──我輩はそう思い直し、クエストの受注をいったん忘れる……

「仕事おわって(中略)のんでまーす」などという長い商品名の食品が目にとまった。これなら二〇〇ゴールドくらい、いやもっと安いか。しかし長すぎるタイトルのために中身が全く見えない袋に入っており、どういう食品かがさっぱり予想できない。


 しかし我輩は、こういう路線のパッケージを探すと四百ゴールド未満のものを探しやすいのではないかという感覚はつかんだ。大量の茶色い千ゴールドの揚げ物の中から見分ける勘のようなものだ。


 数分後──それはまったくの誤った戦略だった事に気がついた。そういったタイプの食べ物では、胃にある酒に対して比重を稼ぐ事ができないのだ。ちくしょうめ! 千ゴールドでもなく、「仕事おわって(中略)のんでまーす」のような路線でもない……とにかく油っ気の多い商品を探す方法はないのだろうか? ふと、店員に聞けばいいような気もしたが、そこまでして探す商品だとも思えず、人間のまったく居ない店内で途方にくれていた。


 一九一四年二月十三日の金曜日、ワニ肉コーラ製造業(略称ワニクォーラ)は、社員旅行で観光地にいた。社員の我輩は、とくにする事もなくタバコを買い、バス停のようなコンクリートの台に座って観光気分を持て余していた。


 観光客の団体がやかましく騒ぎながら写真を撮りあっている──我輩は、この団体のファッションが気になっていた。材質がビニールのような短パンに、サンダル履き、上は「キャット」と書かれてあるシャツだけで、あまり見慣れないサングラスをしている。

 金属的な冷たい色合いのCGのような観光地は日差しが強く、美容にサングラスは必須だろうが、しかし短パンやシャツによって肌の露出度が必要以上に高い。


 我輩は、なにも肌の露出度がまぶしくて見ているのではなく、そのファッションが一昔前のテレビのなかで以来──いままで見た事もなく、当時の残党が目の前にいるとしても彼らは若いのである。


 若い人間というのは──最新のファッションでなくとも、その末端であれ今の時代に合ったものを着ているものではないか? 

 それは、ふだん若者とは接点がないことによる思い込みかもしれないが、それにしても目の前の団体のファッションが、世の中とは全く断絶したシロモノであって、それは若さへの冒涜にも近い。


「最近の若い者は、なっとらん」

 などと言うのは、その若者のカルチャーが異国かどこかからいきなり接ぎ木された、ルーツを持たない不自然な──忌むべき、あってはならない侵略をたやすく受け入れてしまった異物として見えているのかもしれない……老人らに外国文化などが抜けていることから、若者が急に取り入れはじめた帽子やネックレスのようなもののルーツが不気味に断絶した、禅問答のようでとくに意味のない一過性のブームに見え、もう書き進めるモチベーションもない。この国の未来の姿である。


 しかし、この団体のファッションは、一昔前のテレビからそのまま目のまえに電送されたものであり、見る角度によっては奇妙に見える髪型や、現代の基準でテレビ放映するにしては古すぎる雰囲気の若者らが、目の前に団体でいる──団体でいるという事は、それは文化として未だにあるのだろう。


 ワニ肉コーラ製造業(ワニクォーラ)は、ワニ肉とコーラを混ぜた炭酸飲料で、社長がワニがたくさんいる水場の茶色っぽい写真を見て思いつき企業した。もちろん味は、ワニがたくさんいる茶色な水場をイメージして調合されているわけではなかったが……ワニ肉の味と独自製法のコーラの何かの成分がなんらかでマッチして、ワニがたくさんいる水場の写真を見て連想する水の味である。


 ワニの危険なイメージと、本来は異国文化であるコーラとのコラボの結果、コーラが持っていた野生的なイメージを復古させたとして、全国コーラ振興会から評価された。


 もともと会社でコーラを作るための研究員だった我輩は、当初はワニ肉などといった、ルーツが自社周辺にあったわけではない食文化を、いきなり会社の商品ラインナップに加える事について猛反発をしたが──「コーラ」という半ば日常化した異文化も、それの発祥が外国かどこかなのかが全く意識されることなく、他社のコーラの味に似せる努力というかコピー品を作るための研究すらしていたのではなかったか?

 そう思い直すよう促された我輩は──ワニ肉コーラというワニがたくさんいる水場のような茶色い炭酸飲料の開発に加わったのである。


 目の前にいた団体の観光客はとっくに視界からいなくなり、大きな丸太にすり替わっていた。ほかの観光客も、ワニ肉コーラの存在など全く知らずに観光したり、ふくびき券で抽選をしていた。

 不意に我輩は、このドッグハッタンにおいてはワニ肉コーラの社員であることが、ルーツを持たぬ異世界からの旅行者か、それ以下の不自然さがあるように思えた。

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