ゴブリン

 彼(彼女)は、時代はよくわからないが、服装からして五百年は「劇場」に出入りしている……

 我輩も百年、また百年と数千年に及ぶ記憶を持つ。ファッションに呼応するその記憶をたどりながら、我輩の言葉にうなずき、時には笑い声をあげ、時には涙を流す。そして、やがて、欲望大解放のうちに眠りにつくのである。


「一昔前のブームに特有の、古さについて……」

 気を抜くと、トランプは考えてもしょうがない事を考えるクセがあった。

 SNSにそう書いたものの──分析力も文章の構成力もないので、それでおしまい。


 トランプというのは本名ではなく、SNSでの名前らしかったが、そんなこと他人は知りようがない……どうでもいいような偽名を使うことも、彼のどうでもいい考えてもしょうがない事を考えてしまう性格の表れである。


 トランプのSNSのフォロワーの中に、某国の諜報機関員ジョーカーがいた──彼はまるで映画のようなタワシやミサイル攻撃を専門としており……彼をキレさせると危険にちがいなかった。

 そんなジョーカー氏は、いったいなぜトランプをフォローしているのであろうか?


 それは以前──トランプは外国人っぽいアカウントを無差別にフォローしまくっており、その中に我輩という「水」の運び屋、凶悪タワシやタワシ犯罪、サイバータワシ、タワシ兵器の開発を専門とする人物のアカウントがあったのだ。そしてあろうことか我輩もトランプを相互フォローしてしまった……


 我輩は別段、トランプをタワシでこするなどの目的はない。

 それもそのはずで、SNSは犯罪的な目的で使っているのではなかったし、この人ならアニメやゲームの話題でもするだろうとフォローしたにすぎない。

 それはそうしたタイプの人への偏見かもしれないが、フォローする動機などその程度の認識だろう。アートだとか、ふくびき券や食べ物かなにかを他人に期待してフォローする……ちくしょうめ、けがらわしい!


 我輩を諜報機関員ジョーカーは追っている。

 だから、彼(あるいは彼女)のSNSの相互フォロワーもフォローする義務というか任務があり──トランプもフォローされる事となったのであった。


「昔の流行などどうでもいい……」

 トランプはまたもや書き込みをした。しかしさっきからの考察が深まるでもなく、やはりそれでもう終わってしまった。この話を書き進めるモチベーションも全くなくなってきた……諜報機関員ジョーカーは、そうしたトランプのどうしようもない発言に時折イライラするようになっていた。


 問題提起のツイートと、分析力とが全くつりあっていない──問題提起するだけで何も考えていないのが、諜報活動員でなくとも分析できる。


 SNSを見ているPCにはミサイル攻撃のスイッチがあり、それを押すことも辞さない気分になっていた。


「こいつタワシだろ」

 その書き込みを読んだ時、みな、一瞬よく理解できなかった──ジョーカーさんは普段そういった過激な発言はしないのに加え、こういう誰に向けたかわからないような文を書かない。


「手の尽くしようがないね」

 ジョーカーさんは──普段は

「仕事おわってビールのんでまーす」

「こんな試合は見たことない。みんなの熱気に圧倒されちゃった」

 といったふうな文を、日に5回くらいのペースで書き込んだりイヌの写真を載せたりしている。

それが今のように、過激な罵倒に近い文章を連投するジョーカーさんを、誰も見た事がない……


「こいつら、どうやって生活してるんだろ」

 ジョーカーさんも、見苦しい書き込みをやわらげるためか「こいつら」と対象を広げ、特定人物への中傷ではないように気を使って書かざるをえない。


 そこへ

「まったくそうですよ、醜態を晒しつづけるほうが苦痛でしょう、もう消えてほしい……」

 という誰かのレスポンスがついた──我輩の書き込みである。


 しかし、ジョーカーさんの意図を汲んでそう意見しているのか?

 我輩の意見は、便乗した──ただの悪口雑言を書き込んだだけでは?

 まだ誰へ向けたのかすら判然としない、禅問答のようでとくに意味はないのかもしれないジョーカーさんの意見を、己のストレスをただ発散するために利用した我輩こそ「消えてほしい」と、何人かは感じているのではないか……電流の通ってない安全な場所でピーチクパーチク言うだけで、送電している電線に比べれば、それは全く無価値である……書き進めるモチベーションもない。


 しかしそれは周囲の思い違いかもしれなかった。

「あ、我輩さん、こないだはごちそうさまでした。あのあとカエルは大丈夫でしたか?」

 というジョーカーさんのレスポンスがついたのである。何かを食べさせるほどの知り合いらしく、しかも話題についての返答が全くないことから、意思疎通で相互理解にまで及んでいるらしかった。我々は我輩さんに心のドアを開けざるえない……


「こんにちは」


 最近の「カエル」に足りないものは何か? それはニューロマンティックである──そう結論に至った我輩は、町に一昔前からある美容室の前で店の中をのぞいていた。


 美容室の看板には、笑顔のニューロマンティック風な女性か男性のイラストが描かれてある。そして窓にはモヒカン状の鮮烈な七色の毛をしたマネキンの首が置かれてある。我輩は、入店していいものか迷った……入店するとポリス服を着たような人物にムチで叩かれやしないだろうか?


 しかし「カエル」の黄金期のようなマンガを描くためには、ニューロマンティックを見極める必要がある……そうでなければ、最近のすぐに打ち切られるような金属的な冷たい色合いのCGばかりの流れを絶つことはできない──もちろん我輩は「カエル」にマンガを持ち込むつもりなどはない。そうではなく、趣味で描いているマンガを「カエル」の黄金期のクオリティにしていきたいと願っているのだ。


 街に数件ある一昔前からある美容室をくまなく調べることにした我輩は、また別の美容室の前にいた──「キャット」という名のその店は、シャッターが半分閉まっているが、入り口は開いているようだ。しかしそれは今や会員制か、たんに居住空間とかワンダーランドになっているのかもしれない。出入り口から「水」の運び屋でもない一般人が入っていいものか? 

 シャッターに描かれた黒いハサミのイラストが、さらに入店を思いとどまらせる──「アブない」という形容詞が、このイラスト経由で一昔前のニューロマンティックの刹那を伝える……


 たった数年の短期間に、美容室をはじめ「カエル」などに影響をもたらしたニューロマンティックとは一体なんだったのか? そんな深淵を目の前に、我輩は入店を保留し──次の美容室へ向かった。


「ゴブリン」という名の美容室は営業中のようだった。なんのためらいもなく入店すると、奥の暗がりから店員が出てくる。どうやら客はおらず、店を観察したりイスで雑誌を読むことなく、すぐに髪の毛を切られようとしているのが店員のしぐさや表情からわかる。しかし我輩は店内をしばらく観察することにした。


 店内にはタワシなどのポスターがあり、これもニューロマンティックな女性の写真が主流──ドッグハッタンの美容室ではこういうポスターはまず見た事がなく、ニューロマンティックという古く濁った水に住みつづける人種と、そうじゃない都会の最先端な人種とが、並行世界のように交わることなく業界を形成しているのだろうか。それとも全く異業種なのであろうか。


 店員は我輩をずっと見ていたが、店を見定められている様子なので、何も言わずにいた。もしドッグハッタンの人種であれば、カットせずに無言電話のように出て行く。しかし我輩は待合のイスに座り、雑誌を読み始める。


 やがて客が来たらしく、店員はそちらへ向かった。


 その客が帰ったあとも、顔を上げずに雑誌を読みつづけると、店員が小声で

「マンガを読みに来たのかよ……」

 とぼやいたので、立ち上がると、店員は驚いて後ずさりした。

「ちくしょうめ! 待ちやがれ!」

 と追いかけ、狭い店舗内で捕まえようとする──必死で逃げ、追う、熱い攻防戦で、陳列棚が倒れた。

「あーっ!」

 店舗什器は全て床に落ち、我輩は呆然と立ち尽くす。

「お客様、大丈夫ですか!?」

 我輩は答えない。店員は散らばった什器を見て、

「あーあ……」

 と呟き、ため息をつく。それからしゃがみ込み、一つ一つ拾い始めた。我輩はそれを黙って見ている。

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