最終章 最後の望み

 その光景は正しく地獄だった。

 井草は絶望しかけた。


「何をした……貴様」


「新たな世界の為の掃除です。隕石を軽く振らせました。逃げきれなかった人はこの世に居てはならない存在なので、この聖地にたどり着いたものこそが新たな世界の住人となり……」


 井草は断罪銃の引き金を引き、三幸を撃ち抜こうとした。

 しかし、儚くも弾は弾かれる。


「まだ話の途中ですよ?」

「もうそれ以上言うな……この外道」


 すると、焔とフレアと犬飼とルナがやって来た。


「君たち……」

「あれが焔三幸みさきか……」

「あら、烏丸君、お久しぶりですね」


 焔はため息をつく。


「あんたに久しぶりとか言われる筋は無い。さっさと辞めてくれ。俺も乱暴な手を使いたくない?」


 すると三幸は首を傾げた。


「なぜ辞めなければならないのですか? この世界は儚く、脆いのです。ですから強固な世界に変えるために1度リセットしなければなりません。それだと言うのに何故ですか? 烏丸君、何か洗脳でもされているのですか?」

「……話通じる訳ねぇか」


 その時、三幸の背後から銃声が聞こえた。

 三幸が振り向くと、そこには銃に変身したコルトスを構えた結衣が居た。


「……結衣さん」

「私からも、辞めてください」

「……どうして」


 三幸は涙していた。


「人はすぐに死んでしまう……なのになぜ今のままで満足してしまうのですか? それはあまりにもおかしいのでは無いですか?」


 まるでいじめられた子鹿のように、彼女は涙していた。


 24年前の事。

 焔 三幸みさきは看護師だった。

 彼女は誰にでも優しく接する優秀な看護師だった。

 しかし、彼女はあまりにも優しすぎたのだ。

 人の死を受け入れる事ができなかった。

 今まで元気でいたのに突如息絶え、死んでいく。

 目の前で白く冷たくなっている。

 目の前の現実が嘘だと思いたかった。

 彼女は度々、化粧室で吐くようになっていった。

 そんな彼女が先輩に休養を取るように言われ、実家に戻った時の事。

 彼女は蔵である物を見つけた。

 禁忌の秘術を。

 彼女は禁忌の秘術の研究を続け、8年の歳月が過ぎた。

 そして彼女は自らの体を魔獣に変え、その日の赤子達をさらい、その子達の肉親を皆殺しにした。

 こうして、今に至る。

 それ故、彼女にはなぜ自分の行為が否定されているのかわからなかった。


「死んで欲しくないから……していると言うのに。烏丸君、犬飼君、あなた達には分からないのですか? 私に育てて貰ったと言うのに」

「「そんな恩はとっくに捨てた」」


 2人は口を揃えて言った。


「……そうですか」


 三幸は右手を上げる。そして右手を下ろすと、空から突然隕石が落ちた。

 その他の6人は避難し、それぞれバラバラになってしまった。

 井草は気を失い、 残りの5人は何とか立ち上がった。


「……行くぞ」


 焔がそう言うと、焔とフレアは融合し、極炎乃不死鳥に変身し、犬飼とルナも融合し、超雷電光地獄番犬に変身する。

 結衣は、改めて、銃を握りしめた。

 三幸は触手を大量に伸ばし、3人を妨害する。

 3人はそれぞれ避けるも、なかなか三幸との距離を詰められずにいた。

 そんな中、超雷電光地獄番犬が三幸の間合いに近づき、電流を帯びた一撃を打ち込もうもする。

 しかし、三幸は触手で盾を作り出してガードし、超雷電光地獄番犬を弾き飛ばす。

 その隙に結衣が三幸の頭に向けて弾丸を放つが、三幸には届かず触手で弾かれた。

 その隙に極炎乃不死鳥も触手を切り裂きながらも突き進む。

 そして三幸の腹に剣を突き刺そうとするも、弾かれる。

 三幸は反撃と言わんばかりに、空から隕石を降らせる。

 先程のような大きさでは無いが、大砲の弾と言っても過言ではないくらいの大きさで、3人にとっては1つ当たれば致命傷と言わざるを得ない。

 3人には避けつつも間合いを詰める。

 しかし超雷電光地獄番犬は触手で柱に突きつけられ、背中に強い衝撃がぶつかり、その場に倒れ、極炎乃不死鳥は触手になぎ倒され、地面を転がり、結衣は触手が腹に貫通し、吐血する。


「結衣!」


 極炎乃不死鳥は叫ぶが、結衣は何とか耐え、触手に向けて弾丸を放つ。

 触手は切れて、結衣は腹から触手を引き抜く。

 その時にも強い痛みがはしるものの、彼女は必死に耐えた。

 極炎乃不死鳥は三幸の真正面から立ち向かう。

 触手の攻撃が何度も続くが、極炎乃不死鳥はそれを全て焼き切り、ついに三幸を袈裟斬りにした。

 しかし、彼女の致命傷には至らず波動で極炎乃不死鳥は吹き飛ばされ、極炎乃不死鳥は焔とフレアに分離してしまう。


「フレア! ……え?」


 フレアは剣の姿だった。

 だがそれはいつもの様に紅い炎のような剣では無い。

 戦いを重ね、刃がこぼれ、刀身にヒビが入った。

 


「お前、その姿」

「良いから……やって」

「でもそれじゃ」

「良いから!」


 三幸はフレアを触手で壊そうとする。

 しかし一瞬焔が早く取り、触手は地面をえぐる。

 その隙に超雷電光地獄番犬は三幸の腹に拳を放つ。

 それを見逃す三幸では無く、波動で超雷電光地獄番犬をはじき飛ばし、超雷電光地獄番犬は犬飼とルナに分かれてしまう。


「どうして、皆さん分からないのですか?! 私は! もう死ぬ人を見たくないのです!」

「その為に人を殺すのはおかしいだろ!」


 焔は三幸の言葉を一蹴すると、フレアを持ち、雄叫びを上げて切りかかる。

 その一撃一撃はフレアにとって悲鳴をあげたいほどの痛みだった。

 自分の体が裂けていく痛みと言ってもおかしくは無い。だが、フレアは叫ぶのを我慢した。ここで叫べば、焔が攻撃を躊躇ってしまう。

 フレアは必死に耐えた。

 焔は触手を次々と切り、三幸に近づく。

 しかし、三幸は隕石を降らせ、その衝撃で焔は吹き飛ばされる。

 焔も負けじとフレアを地面に突き刺し、何とか耐える。


「焔! 行け!」


 犬飼は既に全身から血が出て、再起不能になっていた。

 ルナも既に倒れ、目をバツにして仰向けに倒れている。

 焔は剣を地面から引き抜き、剣に炎を纏わせ、触手を焼き切り、突き進む。

 それと裏腹に、フレアの刀身は限界に近づく。

 三幸も少しづつ押されていくも、触手の連打で焔を間合いから遠ざける。

 そして焔を触手で縛り上げ、その触手を犠牲にしても構わないと考え、焔の真上に隕石を落下させた。

 駅前の広場の跡はもう何も無く、ただ広がるクレーターだけが出来ていた。

 砂塵から現れたのは、原型を留めない肉片。














 ではなかった。


 そこには、血まみれになりながらも、剣を天にあげた、焔の姿が居た。

 そして周りには、隕石の破片が散らばっていた。

 焔の息は荒く、剣を改めて握り直す。

 すると、焔は驚いた。









 剣は、折れていた。


「……フレア?」


 返事は無かった。

 焔は何もかも分からなかった。

 そんな訳無いと思った。

 でも、今目の前で剣は折れ、フレアは喋ってくれない。

 いつもの様に脳に直接話しかけてくれることは無かった。

 焔がいくら強く握りしめても文句も言わない。

 いつもの様に、2人で戦うはずだった。

 なのに、どうして急に話さないんだと、焔は嘆いた。

 三幸はその隙に触手で焔の首を狩り取ろうとするも、その触手は破壊され、背後から何者かに羽交い締めにされる。

 それは、結衣だった。

 魔獣の姿で所々から、灰がこぼれている。


「……焔!」

「結衣……」


 その時、焔の心に声が響いた。

















 魔獣を倒して。

















 その声は、フレアだった。

 焔は折れた剣を三幸に向けて走り出しだす。


「うああああああああああああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」


 剣は、三幸の胸を貫いた。


















 8年後、喫茶メモリアの2階の窓から眩しい夏の朝日が差し込む。

 朝日は、布団を吹き飛ばして熟睡している女の顔に当たり、彼女は目を覚ます。

 彼女は眠たい目を何とか開けて、顔を擦り、寝癖のついたボサボサの髪をクシを使ってとかす。

 すると外から、声が聞こえてきた。


「くいなちゃーん! 部活遅れるよー?!」


 霧峰くいな、16歳は高校生になり、今は喫茶店メモリアに住んでいる。

 そして外から彼女を呼んでいるのは、大山小町、同じく高校生で16歳である。

 くいなはスヌーズすらしなくなった目覚まし時計を見ると、時刻は8時を過ぎていた。

 彼女の所属している陸上部の開始時間は8時半で、いつもは徒歩で15分ほどかかる。

 くいなのいつものルーティンでは朝食にご飯3杯食べたり、ソシャゲのログボを手に入れるなどあれやこれやで最低30分はかかる。

 つまりは、遅刻寸前である。


「ああああああああぁぁぁ!!!」

「もう早く行かないとこっちも遅れちゃうよー!」

「待ってぇぇぇえええ!!!」


 完全に目が覚めたくいなは制服に着替え、置かれていたご飯を3杯かきこんで、姉である結衣の遺影が飾られた仏壇に向かって手を合わせた。


「んじゃ、行ってくるね。姉ちゃん」


 そこだけはゆっくりしているのだが、その後くいなはまたドタバタとして、何とか学校に向かった。


 そして部活終わりの昼下がり、くいなと小町は太陽に晒され、ホットプレートと化した歩道を歩いていた。

 くいなはタオルで汗を拭い、水筒の水をグイグイと飲む。


「暑い〜溶ける〜」

「そうだね……今日38度だって」


 2人がそんな会話を続けていると、とあるケーキ屋さんを通りかかった。


「あっ、ゆーじのとこだ、涼もうよ」

「そんな感じで寄って良いのかな……」

「まぁ良いでしょ」


 2人は店に入る。

 店内は、大理石の床にショーケースの中にに並んだ美味しそうなケーキが宝石のように輝いている。

 そしてレジのカウンターには、ケーキ屋さんの緩やかな雰囲気をぶち壊す。グラサンをかけたいかにも裏社会の人間のようないかつい男が立っていた。


「おう、くいなと小町じゃねぇか。何しに来た」

「よっす、ゆーじ! 暑いから涼みに」

「うちは涼む場所じゃねぇよ……」


 すると、奥から金髪の女性がやって来て、犬飼を後ろからハグする。


「ゆーじー!」

「あっカリスさん」

「なんでカリスはさん付けなんだよ」

「えーなんか感覚?」


 犬飼はため息をつきながらも、くいなにある物を渡した。

 それは箱に入ったケーキだった。


「ほらよ、今日あいつが帰ってくるんだろ」

「ああ、そっか。忘れてた」

「くいなちゃん忘れてたの?」

「いやー色々あって。ありがとねー!」


 そう言うとくいなは小町を引き連れて店を出た。

 2人が出るのを確認したカリスは、犬飼の頬にキスをした。


「隙あらばするの……辞めてくれ」


 犬飼は顔を赤らめながら言った。

 それを見て、カリスは微笑んだ。


「いいじゃん、ダーリン♡」


 犬飼裕二24歳、犬飼カリスとケーキ屋『ソレイユ・ルヴァン』を経営中。

 くいなと小町の2人が喫茶店へ向かって歩いていると、屋敷から、Tシャツに短パンという簡素な格好の男と紺色のワンピースを着た少女がいた。


「おっ鬼丸とウメちゃんだ。うちに来るの?」

「当たり前だろ、あいつ来るんだし。3年前に二美加さんが亡くなってからこの家俺と井草で管理してんだからな」

「そうじゃのう、8年前から魔獣の騒ぎは無くなって、平和じゃからの。にしてもほぼ家出感覚で出とったあやつが急に戻ってくると聞いたのは驚いたのう」

「そうだよなー8年ぶりだもんな」


 すると、目の前で黒塗りの高級車が止まり、運転席からスーツ姿のサングラスをかけた男が降りてきた。


「あっ井草だ」

「久しぶりだね、くいなちゃん。君は……今年でいくつかな?」

「16だよ」

「そうか、もうそんな歳か、早いな」


 坂崎井草、現在は弁護士をしており、個人で法律事務所を持っている。主に民事裁判を担当しているらしい。

 最近は仕事が多く、家に居ることが少ないので二美加の屋敷の管理は鬼丸に任せている。


「8年、長い様で短く感じるな、まだこの街に爪痕は残ってはいるが……この調子なら大丈夫だろう」

「なーに硬っ苦しい話してんだテメーはよ」

「ああ、すまんすまん。私も喫茶店に行くんだ、君達も乗るかい?」

「「乗ります!」」


 くいなの小町の2人は即座に答えた。

 喫茶店に着くと、いつもの店内には、内山がカウンターで頬杖をついていた。

 そしてテーブル席には、パソコンに文字を入力している。


「内山ー飯作ったのー?」

「ああ、中神さん仕込みの腕を舐めるな」

「私は不安だけど……」


 内山照幸は現在喫茶店メモリアで働いている。

 中神雄一は母親の介護をしている為店を開けている事が多く、その為店の経営はほとんど内山に任されている。

 そしてルナは小説家になり、現在はミステリー小説を書いている。


「ルナー何してるの」

「締め切り締め切り締め切り締め切り締め切り締め切り締め切り締め切り締め切り」

「締め切りに追い詰められてるみたい」

「……ご苦労様」


 こうして、喫茶店に懐かしの面々が揃っていく。

 そして最後に、彼が来た。

 8年前よりも大人びた姿で、首からは、剣の欠片に紐を通したネックレスをつけている。


「「「「お帰り、焔」」」」

「ああ、ただいま」


 焔三幸、彼は今、自分探しの旅をしている。

 あの日から、フレアは何も言わない。

 だが、焔の心の中に居ることは、この喫茶店にいる誰もが知っている事だ。

 もうこの世界に魔法少女は必要ない。

 END

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魔法少女は武器になる 椎茸仮面 @shiitakekamen

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