第28章 戦士の誇り
「私は篠澤玲、セイレーンです」
そう言うと彼女は魔獣に変貌した。
鳥の翼を持ちながらも、人魚のような尾ヒレを持つ魔獣、セイレーンに。
「セイレーン……ってなんじゃ」
ウメの質問に鬼丸は一瞬戸惑った。
鬼丸もセイレーンは初めて聞いたのだ。
「ああ……わからん!」
「何を言ってるのよ、2人共さっさと死になさい」
篠澤は空を飛び、羽の弾幕が容赦なく2人に襲いかかる。
ウメは刀に変身し、鬼丸はそれを刀で弾く。
しかし、篠澤の攻撃はそれだけで終わらず、弾幕の中を突き進んで間合いを詰め、巨木の様な尾ヒレを鬼丸にぶつける。
鬼丸は吹き飛ばされ、駅の柱に激突し、あばら骨にヒビが入る音が鬼丸には聞こえた。
「鳥なのか魚なのか……ややこしいな」
鬼丸は落とした刀を拾うと、篠澤の姿は見えなかった。
「……どこいった」
「なんなんじゃあの物の怪は、セイレーンってなんなんじゃ」
「俺も分からないから説明出来ねえ」
「なら教えてあげましょう」
その声は篠澤だった。
鬼丸は周りを見渡すが、篠澤の姿はどこにも居なかった。
「セイレーンとは、古来ヨーロッパに伝わる海の魔獣……」
その声はどことなく優しく、鬼丸の耳に響いて鼓膜に届く
「海上に響くセイレーンの歌声に魅力された船乗りはみんな」
鬼丸の首筋に篠澤の指がスっと伝わる。
「海に沈んで死んでいく」
鬼丸は即座に避けるも、首筋に剃刀で切られたような痛みが走り、首筋から血が噴き出す。
鬼丸は頬を叩き、首筋の痛みを鈍らせようとする。
「いつの間に……」
「あなたも……私の声に魅力され」
鬼丸が叫ぼうとした時、篠澤は目の前に洗現れ、羽をミサイルのように飛ばし、鬼丸を蜂の巣にする。
鬼丸の服はボロボロになり、皮膚の切り傷がじわじわと赤く染まる。
「どういう事だ……」
「まさか、こやつ声で気配を消しておるのか?」
「声で気配を消す?」
「ああ、拙者も居合切りの時は空気の流れなど触覚のみに集中している。そんな時に口に唐辛子を突っ込まれても気付くことはなかろう。しかしあのセイレーンはそれを利用して、相手を聴覚のみの感覚にしてほかの感覚を鈍らせているという訳じゃ」
「丁寧な解説悪いけどセイレーンがどこにいるのかわかんねぇんだよ」
鬼丸は篠澤の羽を刀で弾くも、全身の傷から血が飛び、だんだん筋肉に力が入らなくなって来ているのを実感した。
「あなたは私の声だけを聞けばいいの……この私の声を」
「良い声だけど、今は遠慮してもらいたいね」
「それは……無理な話ね」
篠澤の手は鬼丸の腹を貫通した。
鬼丸はその痛みどころでは無かった。
そのまま目の前が暗くなり、その場に倒れた。
「……え? 鬼丸……殿」
ウメは人の姿に戻り、鬼丸を揺らす。
しかし、鬼丸は反応しない。
「……そんな、嘘じゃ……嘘に決まっておる……」
「もう死んでるわよ、その子。可哀想に、青空に歯向かうなんて愚かな事をしなければ……生きていられたと言うのに」
ウメは鬼丸の手を握るも、どんどん冷たくなるのを感じる。
篠澤はその場を離れていた。
その時だった。
ウメの目の前から鬼丸が消え、篠澤の目の前には、魔獣に変身した鬼丸が今にも彼女の腹に蹴りを打ち込もうとしていた。
突然の蹴りに篠澤は焦り、蹴りをもろに食らう。
篠澤は吹き飛ばされ、地面を転がって自販機に激突、自販機は電気が落ちてしまった。
「クソ痛えよ」
「鬼丸殿!」
篠澤は焦りながらも羽を飛ばし、鬼丸に攻撃を仕掛ける。
鬼丸はその羽の弾幕を縫うように避け、篠澤の顔面に右脚の蹴りを放つ。
さらに連続して蹴り終えた脚を軸に変え、左足で腹に強烈な蹴りを放つ。
そしてトドメに鬼丸は飛翔し、空中で回転し、ドリルのように篠澤の胴に脚を食い込ませ、そのまま壁に激突、だが彼の蹴りは止まらずそのまま壁を貫通する。
そこは駅のホームで、2人は線路に飛び出してしまった。
「……しぶといですね」
吐血しながら篠澤は言った。
鬼丸は翼を広げ、空へ舞い上がる。
篠澤は羽を放ち、鬼丸を蜂の巣にしようとするが、鬼丸は羽の隙間を避け、篠澤の脇腹に鋭い蹴りを放ち、彼女を吹き飛ばした。
篠澤は人の声とは思えない叫びを発し、鬼丸の鼓膜を破壊しようと言わんばかりの声を出す。
鬼丸は脳に直接針を刺される痛みに襲われるも、さっきの攻撃に比べたらマシだと思い、ウメに手を差し伸べる。
耳を塞いで耐えていたウメは、すぐに鬼丸の意志を汲み取り、刀に変化した。
鬼丸は深呼吸をし、全身の力を抜いて、取り込んだ酸素を体に巡らせる。
「鬼宗流、外道」
鬼丸は一瞬にして、篠澤からある物を切り出し、刀の切っ先に付いていた。
それは、心臓だった。
篠澤は灰となり、心臓もまた、灰と化した。
叫びも止まり、ウメは元の姿の戻った。
「……やったぞ! 倒したぞ! お主やっぱり腕があるな!」
ウメが嬉々として喜んでいるも、鬼丸は耳を済ましていた。
「……ん? どうした鬼丸殿」
「ごめん、さっきの叫びで耳がキーンとしてて……」
その言葉を最後まで言えないまま鬼丸は倒れてしまった。
「お、起きろ! 死んでしまうぞ! ど、どこかに医者は、医者は居らぬか! 誰かはよう呼んでくれぇぇえええええええええええええ!」
ウメの叫びは誰もいないホームに響き渡った。
その頃、井草は駅の異変に気づき、聖母鎧を身につけ、警戒していた。
断罪銃を構え、廃墟と化したホームを散策していた。
人の気配は全く無く、恐ろしく静かで井草は違和感を感じる。
線路から電車が来る気配も無く、ふとスマホを確認すると早速駅の事がニュースになっている。
現在警察が駅を包囲している様だが、詳しい情報は不明とのことだ。
あくまで井草の推測にすぎないが、井草は逃げ遅れた人間が魔獣になり、前線は大変な事になっていると考える。
今から戻るのも手だが、そうしたら奴らはガスをここを拠点に巻いてしまう。
犠牲者を数えるよりも今は未来の犠牲者を減らすのを優先しなければと井草は考え、敵を探す。
すると、突如として井草の目の前に何かが現れた。
それは魑魅魍魎としか言えない物で、いくつかは人の言葉を話している様に聞こえる。
おそらくガスを吸ったのだろう。
井草でさえ、この聖母鎧のおかげで魔獣にならずにいるのだから。
「……許してくれ」
井草は断罪銃で彼らの脳天を素早く撃ち抜いた。
まだなり損ないなのかあまり強く感じる事は無く、いくつかは痛々しい悲鳴をあげていた。
しかし、井草はその悲鳴をバネに変え、次々と魔獣の脳天を撃ち抜く。
これも全て人を守る為。
そう考えていた。
その時、井草の腕を何者かが糸で絡め取り、引っ張っり出した。
井草は引きずられ、階段に叩きつけられる。
すると、フードを被った何者かが階段の上から現れた。
フードの隙間からは干からびた老婆の姿をした魔獣がいた。
「……お前は、勅使河原玲子。二美加さんから話は聞いている。確かキキーモラの魔獣だったな」
「話が早くて。では死になさい」
勅使河原は枝のように細い指先から糸を放ち、井草の全身を巻き取ろうとするが、井草は断罪銃を断罪剣に変形させ、糸を切断、脱出し、糸を避ける。
そしてそのまま断罪剣で勅使河原に切りかかるも、勅使河原は糸で作り出した盾で剣を弾く。
しかし井草も断罪剣を断罪銃に変形させ、盾を撃ち抜く。
勅使河原は弾を脇腹に受け、少し後ろにたじろぎ、井草から離れる。
井草はさらに弾を放つも、勅使河原は避け、糸で井草を切り裂く。
聖母鎧は傷つき、火花が飛び散り、井草は膝をつく。
「何故だ」
勅使河原は問う。
「なんだ!」
「貴様はなぜ、人間の癖に抗う? そんな鎧を着てまで、魔獣になれば話は早い。人を超越する事などたやすいと言うのに、何故だ? 何故人間のままでいたい?」
「……私は今まで復讐の為に戦っていると思った……魔獣はこの世から居てはいけない存在。そう考えていた。だが! 魔獣も……命がある。心がある。だからこそ……私は、正しい心を守る、戦士だ。たとえ人間でも、魔獣でも関係ない!」
「……わからんな」
勅使河原は井草の言葉を一蹴し、糸で井草を全身を巻き付けた。
そしてじわじわと締め付け、聖母鎧は火花を散らし、壊れていく。
だが、井草はそれに屈することは無かった。
そのまま井草は勅使河原に近づいた。
仮面のヒビから見える瞳は勅使河原にとって悪魔に見えるその瞳。
だが、人間から見ればその瞳は。
英雄だった。
「何故だ……何故!」
「うぉぉおおおおおおらああああああああ」
井草は勅使河原の糸を掴み、そのまま引っ張って間合いを詰めた。
そして彼女の胸に断罪銃を突きつけ、引き金を引いた。
弾丸は心臓を貫き、糸と共に灰と化した。
「俺が倒すのは、貴様の中にある悪意だ」
今の井草は、正義の戦士だった。
井草はボロボロの聖母鎧を着たまま駅を出ることにした。
既にここにガスが充満しているのと、外の人にも状況を伝えなければならないと考えたからだ。
いきなり魔獣と言われても人々は理解出来ないだろうから、毒ガスとでも伝えておこうと考えた。
そして井草が外に出ると、そこにはありえない光景が広がっていた。
炎に包まれた街と黒煙が立ち上る空。
そして人々の悲鳴と叫び、中には魔獣と思われる者の呻き声も聞こえていた。
小津市全体が地獄と化していた。
井草の視線の先には、聖母の様な姿をしているが、白い触手を何本もうねらせた、魔獣が居た。
井草は焔二美加からその魔獣の正体を知っていた。
「焔……
「あら、人間がまだ居ましたか、ようこそ、新たなる世界へ。あなたも受け入れましょう。人から魔獣へと成り代わる事を」
To Be Continued
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