第21章 学校の怪人 後編

 4日後

 小津高校は授業を再開。

 焔は久しぶりに校門を通るが、そこまで久しぶり感もなく、ただホームルームに間に合えば良いと思っていた。

 いつもの教室にいつものクラスメイト。

 いつもの座席にいつもの黒板。

 何気無い日々に戻った焔は、どことなく安心していた。

 ただ、唯一心に引っかかるのは、自分が魔獣であり、人を殺した罪。

 それだけだ。

 2日前の夜、焔は悪夢を見た。

 拘束された焔が大鎌を持った陽炎に、胸を突き刺される夢だった。

 たった数分の夢だったが、酷く頭に残り、その夜はよく寝れず、少しトイレで嘔吐してしまった。

 そんなことを思いながら、焔は鞄に入れていた教科書を机の中に入れ、隣の席の男に話しかけられた。


「1週間も居なかったけどどうした?」

「まあ、頭打って入院してた」


 実際に頭に撃たれたので嘘はついていない。


「大丈夫か?」

「ああ、何とか」


 そんな会話を広げていると、担任の教師が教室にやって来た。

 黒いスーツ姿で、黒髪のセミロング、黒縁のメガネをかけた凛々しい女性教室だ。


「こらー、お前たち久しぶりの学校だからってふ抜けてんじゃないぞー」


 彼女の名は井上未央いのうえみお

 現代文の教師で、今年から入ってきた新任の先生だと言う。

 教え方は平凡で、課題もそこまで出ないので生徒からの評価はそこそこである。


「今日は午後の授業は無くなって、四限に先週の件についての全校集会があるから、ちゃんと体育館に集合するように、前の全校集会で並ぶのが遅くて中島先生にドヤされたの忘れてないだろうね?」


 生徒たちの気だるげな返事が響き、朝のホームルームは終わった。


 焔は早速一限の授業の教科書を山にして寝ようとすると、井上に呼ばれた。


「焔君、ちょっといいかな?」

「なんすか」


 焔は廊下に呼ばれた。


「何の話ですか?」


 焔はあくび混じりに言った。


「いや、焔君は先週の事件のこと知らないだろうと思って」

「ああ、一応友人から聞きましたよ。生徒が殺された? らしいんですよね?」

「まあな、生徒が喉元を切り裂かれたらしい。原因は不明だが、気にしないでくれ、詳しい事は全校集会で話すから」

「わかりました」


 灰になった。

 焔は魔獣の仕業だと確信した。

 しかし、全校生徒や教師、なんなら掃除をする清掃員などを含むと容疑者は沢山居すぎて絞れない。

 焔はとりあえず考えるのをやめて授業の準備に戻った。


 たまに寝て、たまに真面目にノートを取りながら授業をしていると、あっという間4限になり、全校集会が行われた。

 校長先生は色々と対応に追われていて疲労困憊しているのか、やや額に汗をかきながら話していた。

 そりゃそうだ、突然生徒が2人も死んでいるのだから。

 もっと言えばその前に霧峰結衣も死んだ事になっている。

 来年は定員割れを起こすなと焔は思った。


「えー、皆さんしばらくの間、我が校は午前授業のみになりますが、くれぐれも寄り道はしないでまっすぐ家に帰るように」


 話の内容はそれだけだった。

 全校集会も終わり焔は家に帰ろうとしたその時、後ろから制服の襟を引っ張る者がいた。

 宇佐美翠だ。


「うっ! ちょっ……宇佐美……!」

「はーい事件を調べるから部室来てねー!」

「寄り道しないで帰れと」

「んなもん守ってられるわけ無いじゃない〜」


 焔は、半ば強制的にミステリー研究会の部室に連れてこられた。

 中はほぼ翠の部屋と変わりなく色んな資料が机の上に散乱しており、まるで空き巣にでも入られたかのようだ。

 壁にも新聞やらUMAの写真と思わしきものも貼られている。


「……汚ねぇ」

「片付けなんてしてられるもんですか。片付けするな調査するべきっしょ。善は急げと言うし」


 焔は呆れながらも、適当な椅子に座ったら、座る所にも資料があったので適当に机に置いた。


「んで、焔君何か情報は見つかったのかね?」

「……まぁ、喉元を切り裂かれたくらいか?」


 翠はとりあえメモを取った。


「その情報は誰から……」

「俺の担任、井上未央って言うんだけど分かるか?」

「ああ、今年から来た先生か、でもなんで知ってるんだ? 校長先生も言ってないのに」

「そりゃ、第一発見者とかじゃねぇの?」

「……焔君ひとつ聞きたいことがある。魔獣を見分けるコツとかあるのか?」


 焔はしばらく考えてみたが、何も思いつかなかった。


「なーんにもねぇよ」

「なんでだよー擬態能力強くなーい?」

「擬態ってよりも元の姿だろあれ」

「そうかー」


 すると、誰かが部室に入ってきた。

 茶髪でえり足を伸ばしている青年で、焔よりも歳上に見えた。


「部長、何やってんの」

千家せんけくん! 居たの!?」

「まぁ勉強しようとしたら自習室閉鎖されててミス研なら空いてるかなーって。部長がいつも鍵持ってるし」


 焔はぽかんとしていた。


「誰……?」

「ああ、彼? 千家 敦大せんけ あつひろくん。私の幼なじみ」

「焔三幸です。ミス研には入ってません」

「そうかー、1年2人しか入ってないから余裕あるし、たまに来てもいいよ」

「来る予定は今後無いかと」


 焔はきっぱりそう言った。


「随分無愛想な子だね。どこで見つけたん部長?」

「先週現場に入ろうとしたら居たの。休んでて休校なのを知らなかったみたい。って言うか、呼び方部長じゃなくて、翠でいいのに」

「まぁ硬いこと言うなよ。部長の方が好きでやってるんだから」

「だから……翠でいいって」


 翠は顔を赤らめながら言った。

 千家は机の上に散らかる資料を床に置き、勉強を始めた。


「んじゃ、情報はそんだけだから俺は帰るぞ」

「えぇー校舎調べようよー」

「怪人が出たらどうする。死んだら元も子も無いだろ」

「捕まえて解剖する」

「怖っ!?」


 焔は少し危険を感じた。


「ったく仕方ねぇな……少しだけだぞ?」

「おー!」


 焔は渋々、翠のワガママに付き合う事にした。


 同時刻。

 大山組では、大山陽炎の葬儀が行われていた。

 棺桶に入れられ、顔を覆われた陽炎の遺体を前に念仏を聞きながら様々な人が拝み続けている。

 無論、小町もその1人だった。

 葬儀が終わると、小町は1人で和室に戻っていた。

 未だに信じられない、兄の死。

 最後にあったあの場所に再び戻れば会えるのではないかと、思ってきたものの、現実はそうではなかった。

 周りを見ると、庭に何かがポツンと置かれていた。

 ラジオらしい。

 小町を拾うと、砂嵐の音がなり、そこから女の声がかすかに聞こえた。


「……ねぇ……き…………?」


 小町は咄嗟にラジオを投げた。

 しかし、ラジオの音は止まらない。


「……聞こえる?」


 小町は頷いた。


「そう、なら貴方に聞きたいことがある」

「何……?」

「焔を……やりたいよね?」


 その声に一瞬戸惑うが、小町は首を横に振った。

 たとえ兄を殺したとはいえ、焔は意図してやっている訳では無い。

 小町は分かっている。

 復讐は悲しみしか生まないことを。

 だが。


「……嫌です」

「あなたの大切なお兄ちゃんは……なんで死んだのかな?」

「それは……」


 焔が殺したから。

 その言葉と共に小町の心にあれが蘇る。

 あの、胸を貫かれ、即死した兄の哀れな姿と、野性に満ちた焔のおぞましい姿が。

 彼女の心に巣食う魔物が目を覚ました。

 殺す。

 殺してやると。

 魔物の毒牙が牙を向いた。


 ラジオから、不敵な笑みが浮かんだ。



 場所は戻って小津高校。

 焔と翠の2人は、校舎内を散策していた。

 出来る限り職員の居るような所を避けながら歩いていた。


「お昼だからいないなー」

「怪人を夜にしか出ないと思ってないか」

「そりゃ夜にでないと雰囲気出ないじゃん」

「んじゃなんで昼間に捜索してんだよ」

「昼間でも出そうだから」

「めちゃくちゃ矛盾してるぞ」


 そんな話をしていると中庭に着いた。

 そこには黒い革ジャン1枚に黒いズボンを履いた男がいた。


「……鬼丸?」

「似てるけど、人相悪くない?」


 男は不敵な笑みを浮かべると魔獣に変化した。

 黒いトカゲと珊瑚礁を混ぜたような魔獣へと。

 そして珊瑚礁の穴からミサイルを放つ。

 焔と翠はそれを避けるも、中庭の木は木っ端微塵になり、木の焦げる匂いが漂う


「あれも……魔獣?」

「だろうな」


 焔はスマホを取りだし電話をかけながら避難することにした。

 しかし、魔獣はミサイルをさらに発射し、校舎の壁やガラスに着弾し爆破していく。

 焔が電話したのは、フレアだった。


「フレア? 今から学校来い」

「えぇ!? なんで!?」

「魔獣がいんだよ早く」

「……分かった! ルナ! この袋持ってて」


 途中ルナの焦る声が聞こえたが詳細が分からないままフレアとの連絡は無くなった。


「誰に連絡したの?」

「魔法少女だよ!」

「魔法……少女……?」


 翠はもう訳がわからなくなってきた。

 しかし魔獣の猛攻は止まらず、ミサイルだけでなく、珊瑚礁の一節をちぎってダイナマイトに変え、それを焔達にめがけて投げつけたり、口からを炎を吐くなど様々な攻撃を仕掛ける。


「さっさと死にな」


 そう言いながら魔獣は身体中からミサイルを発射する

 2人は避難してミス研の部室に入り、翠は即座に鍵を閉めた。

 ミス研の部室の鍵は内側外側両方共に鍵を刺さないとかけられないから、例え外から敵が来ようと大丈夫である。


「校舎が……壊れる」

「あんなやつ知らねぇぞ……なんなんだ」


 焔はあいつの存在を知らない。

 青空の連中なら焔を生け捕りか殺すかするが、あいつに関しては赤の他人である。

 そして翠の息は荒く、怯えていた。

 部室で勉強していた千家は何事かと驚いた。


「ど、どうした」

「怪人だよ……学校の」

「まさか、本当に……」

「とにかく魔法少女来るまで待ってろ、俺だけで行く」


 翠は焔の脚を掴んだ。

 その掴んだ手は、震えていた。

 このまま手を振り払えば死んでしまいそうな。


「行か……ないで」


 焔は一瞬躊躇いを見せた。

 しかし、そのか弱い翠の手を千家は掴んだ。


「行きな、焔君」

「でも……無理だよ、焔に」

あいつの眼はそう簡単に死ぬような眼をして無い」


 焔は千家に礼をして部室の鍵を開けて出た。

 焔は廊下を走って中庭まで来ると、そこには意外な光景が広がっていた。

 それは、狼のような魔獣とさっきの魔獣が戦っている所だった。

 狼の魔獣は爪で黒い魔獣の体に切り傷をつけるが、傷はすぐに消え、黒い魔獣が首を掴んで投げ飛ばす。

 狼の魔獣は雄叫びを上げ、三日月型のブーメランを投げるもあっさりと弾き返される。

 黒い魔獣はミサイルを発射し、狼の魔獣を吹き飛ばす。

 狼の魔獣は焔の目の前で倒れた。

 黒い魔獣は焔が来ていたのに気づき、攻撃を止めた。


「……おっ、やっと来たかぁ……そいつとの遊びも飽きてきたし、焔よぉ、お前ならもっと遊べるよなぁ?」


 焔はどことなく怒りが湧いてきた。

 この狼の魔獣が誰なのかは知らない。

 だが、そんなのどうこうよりも、黒い魔獣あいつは絶対に許さないと思った。

 その時、フレアがやって来た。


「おまたせ……ってどういうこと?」

「とにかく、あいつを倒す」

「OK!」


 フレアは剣へ変わり、焔が握った瞬間焔の身体は炎に包まれ、炎が消えると、そこには騎士の姿があった。


「これ、名前つけるか、フレア」

「そうねえ……極炎乃不死鳥フレイミングフェニックス……とか?」


 焔は一瞬、痛いと思ったが。


「……まぁ良いか!」


 慣れた。


「おおっ! おもしれぇ!」


 黒い魔獣はミサイルを発射する。

 しかし、極炎乃不死鳥は翼を出し、剣を取り出し、横に1振りすると、ミサイルは全て破壊され、空中で爆破する。

 そして黒い魔獣に更なる斬撃を放ち、間合いを詰めて右肩から袈裟斬りにする。

 更に追い打ちをかけるように斬る。

 最後には剣を腹に刺しんだ。


「焼き加減はレアでいいか?」

「こいつはウェルダンでしょ焔」


 2人は冗談めかして、腹に突き刺さった剣を抜き、剣に炎を纏わせた。

 そして、横一線に斬る。


「永遠の眠りを《エターナル・チェックメイト》」


 黒いは爆破し、人間の姿で灰になりかけていた。

 極炎乃不死鳥は、剣を喉元に向けて言う。


「お前、どこから来た?」

「俺は……ニトロ、青空って所から来た」

「お前みたいなやつは知らない。どうして俺を殺そうとした」

「ふふ……俺は、殺す為に産まれたんだよ……」


 ニトロは灰となり、残ったのは黒い革ジャンと黒いズボンだけだった。

 2人は元に戻ると、狼の魔獣が駆け寄ってきた。

 すると、魔獣はとある人の姿に変わった。

 いや、変わったと言うよりも戻ったと言うべきか。

 その姿は。


「……先生」


 井上未央だった。


 体から灰が落ちつつあった。


「ごめんね……今まで黙ってて……私がやったんだ……全て」

「……なんでそんな事」

「最近まで、普通の人だったけどある日、通り魔にあって、それからこんなのに……目覚めたんだ……そしたら、自分でも……抑えられなくて……悪いと思ってる」


 井上は、膝まづいてしまった。

 焔が手を差し伸べようとするが、手は灰になり、脆く崩れ落ちた。


「焔君……君は良い子だ……」

「未央さん……」


 焔は何も出来なかった。


「もう授業中……寝るんじゃないぞ」


 井上の最期は、笑顔だった。

 2人の目の前には、灰と井上の着ていた服が残っていた。

 学園の怪人は、消えた。

 To Be Continued

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