第13章 くいなの馬鹿

 現在。


 こうして、焔三幸ほむら みゆきは烏丸である自分を思い出した。

 自分がなんなのか。

 自分が犯したことがどれほど重たい事なのか。

 その醜い姿を犬飼や鬼丸に晒しながら。


「……ほら、殺せよ。お前を魔獣にしたのも……俺なんだから……な」


 すると、焔はなにかの意識に襲われた。

 8年も魔獣を自覚していなかったのが祟ったのかは分からないが、

 焔は雄叫びを上げ、周りに火球を撒き散らす。

 周りの店の壁に衝突し、その跡は黒く焦げていた。

 それを犬飼達は咄嗟に避けて、大事にはならなかった。


「烏丸……どうした」


 犬飼が聞いても、反応が無い。

 ただあるのは焔の獣の様な唸り声だけ。


「焔……あいつ、魔獣の力を抑えきれてねぇんだ」

「どういう事だ?」

「前にああいうの見た事あるんだよ、魔獣になりたてで力を抑えきれ無かったやつ。今まで焔、自分が魔獣って自覚してなかったからその力を意識しないでほったらかしてたんだ。だから今までは大丈夫だったんだ。でも、その力を自覚しちまった以上、エンジン入れた車みたいに動き出して、制御出来てねぇんだよ」

「……要するに、暴走してるって事か?」

「そういう事」


 2人は再び火球を避ける。


「お前、名前なんて言うんだ」

「今聞くことか? それ」

「お前呼びもあんまやりたくねぇんだよ」

「鬼丸だ」

「へぇ、随分いかついお名前で」

「悪かったね」


 2人は飛んでくる火球を、鬼丸は蹴り返し、犬飼は殴り返す。

 焔は火球を出すのを辞めると、羽を広げ、2人に襲いかかってきた。

 犬飼は両手から鎖を放ち、焔を拘束するが、それを直ぐに焔は引きちぎり、犬飼に襲いかかる。

 鬼丸は直ぐに焔に蹴りを放つが、焔はそれを受け止め、そのまま足を持って壁に投げ飛ばす。

 鬼丸は壁に激突し、壁には軽くヒビが入った。

 すると、志都美が焔に襲いかかった。


「犬飼は私が始末する!」


 しかし裏拳で弾き返され、地面を転がると、焔は志都美をターゲットにし、胸ぐらを掴んで地面を引きずり回した挙句、壁に叩きつけ、更に空中に持ち上げ、そのまま地面に投げつけた。

 志都美は既に気絶しており、何も意識は無かった。

 そして地面で体の原型を留めなくなってしまった。

 ただの肉の塊が周りに飛び散り、焔はそこから少し燃える炎を食べた。


「……逃げるか? 鬼丸」

「あんたらしくないけど、賛成」


 2人はすぐにその場を去ろう考え、焔と反対の方向に逃げようとした。

 焔もそれを追いかけようとする。

 すると、焔の目の前に何かが立ち塞がった。


「……まさか」

「誰だ、あのガキ」


 両手を広げ通せんぼするように大の字で立っていたのは。

 だった。


「くいな! 逃げろ!」

「……嫌だ」


 くいなははっきりとそう言った。


「何言ってんだ、そいつはもうお前の知ってる焔じゃねぇんだよ!」

「違う、焔兄ちゃんは焔兄ちゃんだもん! どんな見た目をしてても。だから……焔お兄ちゃん……辞めて……みんなを……傷つけないで……」


 くいなの目からは涙が流れていた。


 焔は、鋭い爪をくいなに振り下ろした。


「「辞めろぉぉおお!!!!」」


 2人がそう叫ぶが、爪は、くいなの顔スレスレで止まった。

 くいなの目はまっすぐに焔を見つめている。

 もう既に足腰は震えていると言うのに。

 馬鹿というのか、勇敢と言うのか。

 どちらとも言えない。


「この……馬鹿」


 焔はくいなにそう言うと、爪をおろし、膝を地面についた。


「焔兄ちゃん……元に戻ってよ」

「……もう無理なんだ……あの生活に戻るのは、お前の姉も、大好きなお兄ちゃんも、

「そんな訳ないもん!」


 くいなは怒鳴り着けるように言うと、焔にビンタをした。

 あまりいい音はならないし、痛そうとも思わない。

 でも、焔の心には十分痛いのだろう。


「……お兄ちゃんの……バカ」


 くいなは焔の胸を叩いた。

 例え、お兄ちゃんがどんな姿であろうとも、くいなは構わない。


 焔は羽を生やし、空へ飛んだ。

 くいなは後を追いかけるが、空の彼方へ消えた彼を追いかけるのは無理だった。


「バカ……」


 犬飼と鬼丸の2人は人間の姿に戻り、くいなの元へ向かう。


「大丈夫か?!」


 鬼丸がすぐに駆け寄るが、くいなはその手をはらい、メモリアに戻る。


「……みんな、嫌い」


 その頃、フレア達は。


「……二美加さんが……作った?」


 井草はフレアに聞いた。


「どういうことだ? 説明をしてくれ」

「私は元々、焔二美加さんに作られた道具なんです。二美加さんのような魔力の高い人間に使って貰うように、作られた存在なんです。まぁ、魔獣にも使える代物なんですけどね」

「……二美加さんはつまり、聖母鎧を作る以前にフレア君を……作ったと」

「そうですね」

「他にも居るのか? 君みたいな存在が」

「はい、まぁ私含めて5人ほど」

「そんなにだと!? 全員女の子なのか?!」

「はい」

「他の人は……どうしたんだ?」

「前に三幸みさきと戦ったときに、離れ離れになってしまって……それ以来ほとんど会ってないんです。でも、1人はわかってます」

「そうなのか……」


 井草は少し考え剣崎に耳元で話した。


「……なんだと」

「出来ないか? それは」

「うーむ……ちょっと二美加さんに聞くか」

「えっ、何するんです?」


 フレアは聞いた。

 2人は口を揃えて言った。


「「君を聖母親衛会の所に案内しようと思って」」

「なんだつるぎの先っぽ! 私と口調を合わせるな!」

「私だってそういうつもりはなかった! と言うか私の名前はつるぎざきだ!」


 この2人は気が合うのか合わないのか全く分からないなとフレアは思った。


「二美加さんに……会えるんですか……?」

「まぁ君にとってはそうなるな」


 フレアは少し気まずかった。

 焔にも迷惑をかけているし、今焔はとても心配しているだろう。

 そう思っていた。

 その時、テレビから砂嵐が映し出された。


「井草、何テレビをつけてるんだ? アナログ放送はもう終わってるぞ?」

「いや、私はつけてないぞ、フレア君がつけたんじゃないのか?」

「いえ、私もつけてませんよ?」


 すると、砂嵐が少しずつなにかへと変わり始めた。

 それは女の人の顔へと変わり、砂嵐の騒がしい音の中から声が聞こえ始めた。


「……あの……………わた……し…………ほ……む…………ら」


 3人は流石に恐ろしいと思った。


「「「出たぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあァぁあぁぁぁあぁぁあぁっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」


 井草はすぐ様ブレスレットを出し、十字架を合体させようとしたが、すぐにテレビの声が聞こえた。


「ちょっと待ってください! テレビ越しで話すの慣れてなかったんです! 壊さないでください!」

「……何?」


 井草は警戒しつつ、テレビを見ると、そこには女が映っていた。


「初めまして、平坂真由美です。よろしくお願いします」

「あ、ああ坂崎井草だ」

「医者の剣崎光だ」

「フレア……です」

「ああ、皆さんは先程から話を聞いてたので大丈夫ですよ」

「なっ、どこからそんな話を」


 剣崎は聞くと、真由美は淡々と答えた。


「ああ、私、怨霊スペクターなんです。肉体を持たない魔獣なんです。あっでも皆さんに敵意はありませんよ。むしろ、私は焔君の事を話しに来たんです」

「……焔が」


 フレアは真由美に聞いた。


「焔は、どこにいるの? 今、大丈夫なの?」

「……正直言うと、大丈夫では無いです」

「そんな…………」

「今、焔君は大変なんです……だから、フレアさん」

「……何」

「焔君に……いや、烏丸君を助けてあげてください」

「……わかった」


 フレアは起き上がり、ベットから降りて、病室を出ようとした。

 しかし、剣崎はフレアに塞がるように立つ。


「今はまだ安静にしておくべきだ。焔君の事は私達がどうにかする」

「どうにかするって……」


 井草が十字架を見せながら言った。


「そもそも、焔三幸が大変だと言うのが本当に事実なのか?」

「……え?」

「彼女は正直に伝えるとはいえ魔獣だ、私は彼女の言うことが信用ならん」

「井草さん……いくらなんでもそんな言い方無いでしょ!」

「それじゃあ彼女が嘘をついていないとフレア君は証明が可能か? 人の心理を全て、確実に、100%理解出来るのか?」

「それは……」

「人だろうと魔獣だろうと、嘘はつく。特に、命のやり取りをしている奴ほどな。狡猾に人の心の隙間につけこんで操っていく。私は剣崎の事は信用していはいるが、裏切るようなら、容赦はしない」

「……でも」

「これでもまだ何か言うのか?」

「……それでも、良い。嘘だとしても、それを私は受け入れる」


 フレアは剣崎をどかし、そのまま病室を出ていってしまった。


「……良いのか、剣崎」

「ああ、少しばかり無理をさせないと、あの子は分からないっぽいからな。落ち着いてるようでやけに情に厚いのも、かれと似ている」


 その頃、焔は。

 路地裏で何も求めず、ただ彷徨っていた。

 自分の犯した罪を1歩1歩踏みしめながら。

 犬飼が魔獣なのも。

 なぜ自分が魔法少女を扱えるのかも。

 そして、烏丸良二と呼ぶ者が居るのか。

 全て辻褄が合う。

 あんな綺麗事を吐ける立場なんかじゃない。

 自分が1番醜くて、愚かな存在なのだ。

 焔の体力は限界を迎えていた。

 意識が遠のいていく。

 そのまま焔は倒れた。

 ああ、死ぬんだな。

 そう、焔は思った。


 目が覚めると、そこは和室だった。

 丁寧に布団がかけられており、障子の外からは和風な庭が見えておりかなり裕福な家庭の様だ。


「あの世って意外と和風なんだな」


 焔はそう思ったが、見覚えのある少女がやって来た。


「あっ焔さん。目が覚めましたか?」

「あんたはくいなの友達……だよな」

「はい、大山小町です。歩いていたら焔さんが倒れてたのを見まして、それで、皆さんに運んで来てもらったんです」

「皆さん……?」


 すると、大柄な体格の男がゾロゾロと現れた。

 片目に傷を負っている様な人も居ればサングラスをかけている人もいる。

 焔は映画でした見たことの無いようなあれと思った。


「えっ……この人は?」

「あれ?焔さん、って分かりませんか?」

「えっ……大山組……あっ……そういう奴?」

「はい、あまり言いたくは無いんですけどね」


 大山組。

 小津市の中では1番大きい闇金融グループと言われている。

 無論、闇金を取り扱っており、払えなかったものは山に埋められるという噂もあるが実際は不明。

 焔は全く関わるような所では無いため記憶の隅にその単語がある程度でそこまでは知らなかった。

 だが、焔にも大山組がどんなに怖い所かはわかる。

 と言うか小津市に住んでいるならアホでもわかる。

 そんくらい怖い所である。


「……大山組の皆さん」

「はい、頼んでもらいました。私一人じゃ焔さん、運べないから」


 すると、男の1人が言った。


「お前さん、小町さんの友達のお兄ちゃんらしいな。いつもありがとな」


 なかなかドスの効いた声でお礼をされた。


「は、はぁ……まぁ」


 ある意味お兄ちゃん的な立場ではあるが血縁関係は無い、むしろお姉ちゃんが居るのだが、まぁ都合が良いのでそれで通すことにした。


「あっ、一応くいなちゃんに電話かけたから、迎えが来ると思うよ」

「えっ……」


 焔は躊躇った。

 くいなを危険に晒したのもあるが、あの姿を見せてしまった以上、彼らと以前と同じように接せる気がしない。

 もう、顔を合わせられない。

 焔はそうおもっていた。


「あの……俺、あいつらとは……会いたくないんだ」

「どうして? 倒れてたんですし、家で安静にしていた方が」

「とにかく、逃げた事にして欲しい。頼む」


 焔は土下座し、小町に頼み込んだ。


「……分かりました。しばらく家に泊まって良いですよ。でも、ちゃんとくいなちゃん達には謝ってくださいね」

「ああ、分かった」


 すると、青年が玄関の門から現れた。

 首元のボタンを外した黒いワイシャツに、黒いズボンに黒い革靴を履いた男で、少し顔つきが悪い。

 焔も比較的顔立ちは不良っぽいので並べば不良コンビの完成とも言える。

 そんな彼を見て、小町は彼に駆け寄ってきた。


「……あっお兄ちゃん! おかえり」

「おにっ……!」


 そして彼は少女を連れていた。

 ゴスロリ風のドレスを着ており、こんな街中で出歩くにはとても目立つ格好だった。

 顔つきも幼く、濃い紫の髪をカールさせていた。


「ジェニーさんも一緒だったの?」

「まぁな……」


 兄と呼ばれている男は少しだけ無愛想に返した。


「誰だ……?」


 焔は小町に聞いた。


「ああ、大山陽炎おおやま かげろう。私のお兄ちゃんです。んでこの人はお兄ちゃんの彼女のジェニーさん」

「……誰だ、その男」


 陽炎は無愛想に焔を見て言った。


「この人、私の友達のお兄ちゃんの焔三幸」

「……よろしく」


 焔は挨拶に迷った。

 何せ無愛想だし、ゴスロリ風の女を連れているのだ、挨拶に少し困るのも無理は無い。


「……三幸」


 意外にも下の名前呼びであった。


「……なんだ」

「ちょっと来い」


 焔は陽炎とジェニーに呼ばれ、別室に向かった。

 そこもまた和室であり、ほとんど変わらない。

 ただの座布団が敷かれていて、面談のような空気が残る。


「……小町は居ない方が良いのか?」

「ああ、小町は知らない方がいい話だからな」

「……そうか」


 焔は座布団の上で胡座をかきながら陽炎の話を聞いた。


「三幸……君は自分が人間では無いとわかってるのか」


 直接的な質問に焔は少し黙り込みながら答えた。


「ああ、そうだ」

「……そうか、なら一つだけ言っておこう。俺の妹には手を出すな」


 焔はああ、やっぱりそういう印象かと思った。

 魔獣は所詮人を食らう化け物なのだと。


「俺は人を食う気は無い」

「……あまり信用はしたくないな」

「……だろうな、殺したくなくても、やったことはあるからな」


 すると、ジェニーが話した。


「あんた、あの時の人だよね? まぁ私が魔法少女だってのはもう察せるだろうけどさ。

 陽炎は貴方とは違う。ただの人間だから」

「……言うな」

「……そうか」


 焔はある事を思いついた。

 そして2人に頼み込んだ。


「……2人に頼みがある」

「なんだ?」

「俺を、殺してくれ」


 To Be Continued

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