第12章 孤児院

「お前……思い出したのか」


 烏丸は首をゆっくりと縦に振る。


「犬飼……頼みがある……」


 烏丸は、両手を上げた。



 8年前。

 孤児院『青空』。

 小津山の山奥にある孤児院であり、約20名の子供達と5人の女が居る。

 山の中は柵の中であればどこでも遊べて、子供達はのびのびと過ごしていた。

 そこに仲の良かった3人組がいた。

 烏丸良二。

 犬飼裕二。

 猿渡健次さわたりけんじ

 3人は兄弟のように仲が良く、いつも木に登ったり、川で釣りをして遊んでいた。

 そして、いつも汚れて帰ってきて、とても怒られていた。

 そんな3人はいつものように木に登って横になってみんなで昼寝をしていた。


「なぁ、犬飼、猿渡」

「どした? 烏丸」


 猿渡が聞く。


「俺達ってさ、どんな人になるんだろうな」

「さぁな……」


 そんな事を言いながら、3人は太陽を浴びながら眠りについてしまった。

 数時間がたち、天野萌衣がやってきて3人を呼び起こし、烏丸は落ちてしりもちをつきながらも孤児院に戻っていった。


 その夜。

 烏丸は昼寝をしていた為、あまり寝られずにいた。

 尿意もかなりあったので烏丸はトイレにうとうとと向かって行った。

 その時、何か話し声が聞こえてきた。

 いつも三幸達が居る部屋で自分達は入っては行けないことになっている。

 しかし、烏丸は好奇心が故に少し覗いてしまった。

 そこには三幸達5人が座り込んで話していた。


「……そろそろですね」

「ええ、あの子達はこれからの世界の為の、大いなる犠牲になります」

「犠牲とは言い方が良くないですよ玲子れいこさん。英雄……とでも言った方が良いです」

「そうですか」


 烏丸には何を言っているのか全く分からなかった。

 烏丸は尿意が来ていたのを思い出し、すぐにトイレに向かった。

 用を足し終わると、まだ三幸達が話し込んでいたのが分かった。

 でも烏丸には何が何だかさっぱりだったのでとりあえず寝室に戻り、眠りについた。

 翌日。

 焔はある話があると、三幸に呼ばれた。


「良二君」

「……なんですか」

「貴方にね、とてもいい話があるの」

「話……?」

「里親が来たのよ」


 里親、烏丸にはわかる。

 それもそうだろう烏丸には両親が居ない、だからこの孤児院に居るのだ。

 しかし、みんなと別れる辛さの方が大きかった。

 物心ついた時から一緒にいた兄弟同然のみんなと、別れるという辛い事実でもある。


「そう……なんですか」

「ええ、あなたにとっては辛いでしょうね。ですが、別れもまた人生で避けられない事です。里親の写真でも見ますか?」

「……いや、あの……少し、友達と話していいですか……?」


 三幸は少し間を開けて、答えた。


「ええ、良いですよ」


 烏丸はいつもの木に登っていた犬飼と猿渡にその事を話した。


「……そうか」


 意外にも、犬飼の返事はあっさりとしていた。


「ごめん……なんか、いきなりで」

「別に、烏丸と二度と会えないって訳じゃないだろ?」

「そうだよ、そんなんで泣いてたらきりないよ」

「……じゃあ、また後で詳しく……話すね」

「「ああ」」


 烏丸が木を降りた後、2人の目からは涙が出ていた。

 そしてその夜、三幸は焔を連れてとある場所に連れて来た。

 そこは廃工場であり、所々錆び付いていた。


「……なんです?……ここ」

「里親と会う場所ですよ」


 その時、烏丸は首筋に電流が走る。

 遠のく意識の中、烏丸は三幸の手に何かを持っていたのを覚えている。

 今思い出してみると、あれはスタンガンだった。

 そして目が覚めると目の前に明かりとして軽く焚き火が置かれ、、烏丸は両手足を拘束され、口には呼吸器を取り付けられていた。

 呼吸器から通る管の先には大きな機械があった。


「烏丸君、あなたは知りすぎたようですね」

「……なにをですか?」

「まぁ、知らなくても、烏丸君、貴方はいずれそうなる運命であり、そしてそれが最高の人生への始まりでもあります」


「……え?」

「それでは、新たな人生の始まりです」


 三幸は機械のレバーを下げた。

 その瞬間何かが鼻と口から入り込んだ。

 肺は針を突き刺したように痛み、血を吐きそうになった。

 烏丸は悲鳴を上げようとしたが、呼吸器で上手く呼吸出来ず目から血が出そうな程の痛みを味わった。

 それがどれ程続いたのかは、烏丸自身には分からない。

 その間、三幸の表情はとても微笑んでいたのは鮮明に覚えている。


「あなたが……始まりの英雄として……新たな世界の創造をするのです」


 その時、何かが機械に突き刺さり、機械が故障したのか呼吸器から何も送られなくなった。

 何かが飛んできた方向を見るとそこには女が1人いるのが分かった。

 必死にここを探していた様で、息が上がっているのがわかった。


「二美加……なぜ邪魔をするのですか」

「貴方は……間違っているから」


 機械には剣が突き刺さっており、二美加が投げたと思われる。

 すると不思議な事に剣はみるみると変わっていき、とある少女の姿に変わった。

 少女とはいえ自分よりも明らかに年上なのは分かった。

 少女は赤い三角帽子に、コルセットの入っているようなミニスカートのドレスを着ており、魔法少女と言える姿だった。


「君! 早く逃げて!」


 少女は両手足の拘束を取り、烏丸を逃がした。

 烏丸はすぐに逃げようとしたが、自分の体の違和感に襲われた。

 心臓は爆発しそうなほど鼓動し、身体中が暑くなっていた。

 焔は再び、意識を失ってしまった。

 目が覚めると、そこにはさっきの魔法少女と女の人が居た。


「……起きた?」


 魔法少女はそう言った。


「…………誰?」

「フレア、よろしくね。君の名前は?」

「烏丸……良二」

「烏丸……くん。大丈夫?」


 烏丸は首を縦に降った。

 すると、女の人は烏丸の首に聴診器らしき物をつけた。


「……うん、大丈夫そうね。ああ、私は焔二美加、よろしくね」

「ふみか……さん。みさきさんと苗字が同じだ。姉妹?」


 烏丸のなんともない質問に二美加は少し戸惑った。


「……まあね。でも、あんなのは姉妹じゃない」

「……え?」

「気、気にしなくていいよ。とにかく、あの人には近づかないで?」

「なんで? 僕に何をしたの? みさきさんはなんでこんな事をするの? 僕の親は?」


 二美加は烏丸の質問に答えず、両肩を掴んでこう答えた。


「あなたは、何も知らなくていい。知ったら、とても悲しむから」

「……なんで」


 その鬼気迫る返事に烏丸は涙目になりかけた。


「どうして……そんなに」

「いや……その……怒ろうと……」


 二美加も少し言い過ぎたと思い、口をつつしむことにした。


「もう……二美加さんは三幸をおってください。私がこの子の面倒見ますから」

「う、うん。ごめんね? 悪気は無かったからね?」


 二美加は必死に謝りながらどこかへ去っていった。

 烏丸はフレアからせんべいを貰い、それを食べた。


「ねぇ、姉ちゃん」

「ん?」

「なんでそんな格好なの?」

「えっ」

「恥ずかしく……ないの?」


 フレアは顔を赤らめた


「いや、あの……変かな?」

「なんか……イタい」


 フレアは凄く恥ずかしくなった。


「着てる服が……これしかないの……」


 凄く悲しそうな声で、フレアは答えた。

 フレアは着る服を変えようか少し迷い始めた。

 烏丸はまだ状況を把握しきれず、少し戸惑いがあった。

 どうして三幸はあんな事をしたのか。

 フレアと二美加は何故助けたのか。

 二美加と三幸はどうして仲が悪いのか。

 主に分からないのはこの3つだった。


「ねえ、姉ちゃん、なんで二美加さんは三幸さんと仲が悪いの?」

「あっ……それは……まだ話せないんだ」

「僕は……どうすれば良いの?」

「君は、私と一緒に居れば良いよ。二美加さんが安全な場所に連れていくから」

「……僕の親はどうなるの?」

「親? どういう事?」


 烏丸はここに来た経緯を話した。

 その話を聞いたフレアは


「それは、おかしいよ」

「……え?」

「だって、あなた達は

「じっけん……たい?」


 フレアは自分が口にした事がとんでもない事実だと言うのに気づいたが、フレアは決心した。


「あなたの肉親、つまり本当の親は、三幸に殺されたの、あなた達を管理するために邪魔な親をね。そしてその子供達を自分の実験の材料にした訳」

「じゃあ……僕は……実験の道具?」


 烏丸はその事実が信じられなかった。


「……そう」

「嘘だ……そんなの!」


 烏丸は否定した。

 その事実を。


「……でも」

「そんな訳ない! 三幸さんは、僕に優しくしてくれた! そんな悪い事をするわけがないよ!」

「……だよね」


 フレアはそれを肯定し。


「でも、そうなの」


 否定する。


「それが事実なの、嘘をついてるのよ、あの人は」


 烏丸は涙を流し、拳を握りしめ、フレアから逃げた。


「信じたくない……そんなの」

「あっ、ちょっと!」


 フレアは追いかけるが、曲がり角で烏丸を見失ってしまう。


「烏丸くん……」


 烏丸は廃工場を出て道に出るが、そこは山道で車は全く通っていない。


「どうしよう……」


 すると、二美加が山から降りてきた。


「烏丸くん?! フレアと居るんじゃ無いの?」

「……酷いよ」

「え?」


 二美加は右腕に怪我をしており、それを左手で抑えていた。


「どうしたの、危ないよ? 早く戻って……いっ」


 烏丸は痛そうにしている二美加を見て放っておけなかった。


「……大丈夫?」

「あっ、うん」


 烏丸は聞いた。


「なんなの」

「えっ」

「どっちが嘘なの」


 烏丸は聞きたかった。

 二美加達と、三幸達。

 どっちが真実なのか。


「……聞いたのね、フレアから」

「…………うん」


 烏丸は首を縦に振る。

 二美加が何かを言おうとした時、何かが草むらから現れ、二美加のもう片腕を切り裂いた。


「いっ!」

「大丈夫……だから」


 草むらから飛び出てきたのは、カマキリの怪人だった。

 少し胸に膨らみがある為、女と思われる。


「あら、二美加さん……お久しぶりで……」


 カマキリの女は、腕の鎌を舐め、刃先を二美加に向ける。


「うちの子……返して……ぷっ……ふっ……ははっ……あっはははははははははははははははいーひっひっひっひっ!」


 突然カマキリの女は腹を抱えて笑いだし、涙が少し出ていた。


「相変わらず、笑いの沸点は低いのね」

「……麗美さん?」


 カマキリの女は、笑うのをやめ、烏丸をまじまじと見た。


「……あらぁ、烏丸君じゃないの〜私のこの姿見るのは初めてだったわねぇ」

「えっ……麗美……さん……なの?」


 烏丸は腰を抜かし、その場に倒れ込んでしまう。


「……これが、真実なの」


 すると、フレアが駆け寄ってきて、烏丸を庇った。


「大丈夫?」


 烏丸は首を縦に振り、フレアは烏丸を工場内に避難させた。

 しかし、烏丸は少し気になってしまい、少し遠くからフレア達を見ていた。


「フレア、行くよ」

「はい」


 フレアは突如光だし、烏丸はあまりの眩しさに目をそらす。

 そして光は消えると、そこには剣を持った二美加が居た。


「あくまでも、あの子は守ると」

「ええ、あなた達の勝手で、犠牲が出ては行けないもの」


 麗美は鎌を振りおろし、それを二美加は剣で受け止める。

 麗美は二美加の腹に蹴りを放つが、それを二美加は耐えて、鎌を弾き飛ばし、剣を再び振り下ろすが、麗美はそれを避けて間合いを取る。


「いや〜やるねぇ」


 麗美は素早く鎌を振るう、それを二美加は剣で弾くが、少しづつ押されていく。


「どうしたどうした〜? 怪我が効いてるのかなぁ〜?」


 すると、遂に剣が弾かれ、二美加の胴はがら空きになってしまった。


「じゃあね〜」


 麗美が鎌を振り下ろしたその瞬間。

 何かが二美加に体当たりし、少し体制が崩れた。

 そして鎌は、二美加の右腕を切り落とした。


「烏丸……君?」

「何? 味方する気なの?……ぷっははっ………あははははははははははははいーひっひっひっひっひっひっ」


 最近までただの楽しそうな笑いに聞こえていた麗美の笑い声も今となっては狂気にしか聞こえない。

 烏丸は落ちた剣を拾い、麗美の前に立ち塞がる。


「二美加さんから……離れろ」


 フレアは剣の状態で、烏丸に注意する。


「無理よ! あんたじゃ勝てない!」

「やってみなくちゃ……分からないでしょ」


 烏丸は我武者羅に剣を振るうが、麗美にはかすりもせず、軽く剣を弾かれる。

 しかし、烏丸は諦めずに、剣を振るった。

 腕がちぎれそうな程の痛みが走っても、構わなかった。

 何がここまで自分を動かすのかは分からないが、とにかく、今は、二美加さん《このひと》を助けなくては。

 そう考えているのは、わかった。

 その時、1回だけ、たった1回だけ、麗美の鎌を弾き飛ばした。

 そして胴ががら空きになる一瞬に、烏丸は剣を腹に突き刺した。

 麗美の腹からは血がダラダラと出て、剣を抜くと血が吹き出した。


「ぐあっ……烏丸くん……酷いよぉ……育ててもらった恩は……無いのかな?」


 痛みに悶えながら、麗美はその場を引いた。

 返り血を浴びた烏丸は、自分の体に着いた大量の血を見て、少しふらっと立ちくらみを起こしてしまった。

 疲れもあり、そのまま意識を失ってしまった。

 烏丸も一日に2回も意識を失うのは初めての事だろう。

 そして、再び目を覚ますと、やっぱり廃工場だった。


「……起きた?」


 そこにはフレアと片腕の切断面を包帯で覆った二美加が居た。


「二美加……さん」

「あっ大丈夫よ、まだ片腕あるし」

「……ごめんなさい」


 烏丸は自分の責任だと思い、謝った。


「良いのよ、死んじゃうかもしれなかったから。むしろ、ありがとう」


 それでも、烏丸はやっぱり自分の責任だと感じていた。


「……あの」


 烏丸は聞いた。


「何?」


「三幸さんと、二美加さんって……姉妹なんですよね……それなら、喧嘩なんかしないで……ちゃんと……話し合えば……」


 烏丸は決死の思いで言った。


「……それが出来れば、苦労はしないの」


 二美加は少し厳しく言ってしまった。

 彼女も怒るつもりは無かったが、三幸の事を考えると、どうにも怒りが収まらなかった。

 烏丸は恐れずにはっきりと言った。


「苦労してもいいじゃない! 二美加さんが傷つくのがよっぽど辛いよ! だったら! ちゃんと面と面を合わせて……話した方が……みんな、傷つかない」


 二美加は少し考えて、そこに落ちていたハガキを拾った。

 工場の何かの報告が書かれていたが、その上にある程度の文を二美加は書き始めた。

 二美加はそれを書き終えると、表面に宛先を書いて渡した。


「ポストに……届けておいて、また後日。あなたの言うとおり、ちゃんと話してみる」

「……わかった」


 烏丸はポストなど待てないと思い、すぐに青空に向かうと決めた。

 自分が2人の争いを止められたら。

 みんなが傷つかないで済む。

 そう思い、走った。

 そして青空に着いた。


「みんな……」


 その時、心臓が跳ねるように動いた。

 体が熱くなり、その場で倒れてしまう。

 すると、目の前になにか2人が居るのを見た。

 視界がボヤけてよく分からないが同い年の男の子であるのはわかった。

 そして意識を失うかと思ったが、突然目が覚めた。

 華やかな草原に、人形達が次々とやってくる。

 何かの夢の中にいるようだった。

 烏丸の心は快楽に溢れていた。

 人形達が自分の手で簡単に壊れていくのが、とても快楽に感じ、次々と壊していった。

 そしてもう壊すものが無くなると。





















 血だらけの青空のみんなが居た。















 空は暗く、豪雨が降っていた。

 烏丸は今まで自分が何をしていたのか、自覚した。

 両手を見ると、怪物の様な両手に変わっており、窓を見ると、そこには鳥の怪物の様な自分がいた。

 烏丸は逃げた。

 必死に豪雨の中、山を降りて行ったのか、登ったのかも分からなかった。

 自分の犯したことが信じられず、何もかもわからずにただ走った。

 その時、足を滑らせ、山の斜面を転がり落ちた。


 そして、烏丸は気を失った。


 手に持っていたのは、汚れたハガキただ1枚。

 かろうじて読めるのは。


『焔三幸様』


 To Be Continued

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