第5章 魔獣として、人して

 真夜中のコンビニ

 女の店員が手を震えながら、弁当をレンジへ運んでいた。

 レジの向かいには、一人の男が飲み物と充電ケーブルを置いている。


「いやー秋になりましたけど、結構寒くなりましたね」

「は、はい……」


 店員は恐る恐る答えた。

 男はなんともないようにレンジで温められる弁当を待つ。

 店員にとって、その間の時間は早く終わって欲しいものだった。

 何故なら、彼以外の客は全てその場に倒れていた。

 中には首から血を吹き出して倒れているものあり、更には頭を粉砕されている物もあった。

 一瞬警察に通報しようとしたが、男が怪物に変わった瞬間に人の本能とでも言うべきものが、今警察に通報しようものなら自分も殺されると思ったからだ。

 レンジから終了の合図の音がなり、店員は弁当をレジ袋に入れた。


「あっそういえば」


 男の発言に店員は固まった。

 男は財布から何かを出そうとしていた。

 すると、そこからポイントカードが出てきた。

 店員は少しほっとしたのもつかの間。


「ここ、ポイント貯められます?」


 男はこう言った。

 店員は焦りを覚えた。

 ここの店は彼が持っているポイントカードは使えない。

 もし正直に言ったらどうなるのだろうか、いやほぼ確実に殺されると思った。

 さっきまでこのコンビニには男女のカップルが周りの事など考えずに騒いでいた。

 真夜中にも、それなりに客はいると言うのに。

 レジ打ちをしながら彼女は2人に罰でも当たれば良いのにと思っていた。

 実際に罰は当たったと思うが、こんなにしなくてもと若干恐怖を覚えた。

 でも、無理して使えると言ったら後で嘘をついたとして余計殺されるかもしれない。

 何しろ自分はアルバイトだ、大学で田舎の両親から仕送りを貰っても賄いきれない生活費を何とかする為にこんなバイトをしているのだ。

 私は生きる為にこれをしている。

 正直に使えないと言うべきだ。

 多分死んでも地獄の軽い罰で済むと思う。

 そもそも地獄なんてあるのか分からないが、この一言に命をかけた。


「……それは……使えません」


 男は眉をひそめた。

 店員に背筋が冷える。


「ならしょうがないや、大丈夫です」


 男は意外にもそう言った。

 その後男は店員を襲う素振りなど見せず普通の人の様に飲み物と充電ケーブルをレジ袋の中に入れて、お釣りを貰ってコンビニを出た。

 男が去ったのを確認すると、汗がどっと出て、腰が抜けてしまった。

 彼女はこのバイトは辞めようと確信した。

 今度は、目の前で人が死なないバイトをしよう。

 そう決心した。

 コンビニを出た男は線路下のトンネルを通っていると、トンネルの天井を歩く女と出会った。


「久しぶりですね、萌衣めいさん」


 萌衣は天井から逆転するように地面に降りた。


「まだ弁当とか食べてるのか?とても真っ当な趣味だね」

「それって、変な趣味って意味ですか?まぁまだあの時の味忘れられなくて、ところで話何なんですか?わざわざこんな所まで呼んできて」

「この人を保護して欲しい」

「それって……始末するって事ですか?」


 萌衣は首を縦に振った。

 そして萌衣は写真を渡した。


「名前は、烏丸良二からすま りょうじ


 その頃、焔とフレアは。


「……起きろ……おい……起きろ。起きろって朝だぞ」


 焔は、目をうっすらと開けると、鬼丸が焔を看病していた。


「……んだよ」


 焔が起き上がると、隣にはフレアがぐっすりと寝ていた。

 そして周りを見渡すとそこは6畳程の部屋で少し古いアパートの一室だった。

 玄関の隣にあるキッチンにはお粥が出来ていた。

 そして畳の床の真ん中にはちゃぶ台が置かれ、その上には、湿布や包帯が置かれていた。

 改めて焔は伸びをしようとすると体に包帯やら湿布がついていたのがわかった。


「ちょ……多くないか?」

「結構ボロボロだったんだぞ、それくらいで良いだろ」

「と言うか、そもそもお前俺を食おうとしただろ。なんでこんな事してんだ」

「……ごめん。俺、なんか、悪いなって思って。兄貴が死んでさ……大切な物が死ぬって、こんなに辛いんだって思ってさ。せめて、罪滅ぼしって奴?そんなのかな」

「……なるほど」


 すると、フレアが目を擦りながら起き上がる。

 そして周りを見渡すと少しびっくりして硬直し、焔を見た。


「ここは……どこだ」

「こいつの部屋だよ」


 フレアは彼を見るなり少し睨んだが、敵意が無さそうなのを確認すると、すぐに立ち上がった。


「私は帰る」

「ちょっ、待てって!」


 フレアが歩こうとすると、胸に痛みが走る。


「まだあいつにやられた怪我が治って無いんだよ……しばらくここで休んで良いから」

「でも、あんな奴を放っておけないのよ、同じ者として焔もなんか思わないの?」


 焔はフレアの言葉に耳を貸さずに1人でお粥を食べていた。


「美味いなこのお粥。なんか入れてる?」

「ああ、消化しやすい様にニラを刻んで入れてる、後は卵をといて混ぜてるよ」

「ああこれニラなのか、結構いけるな」

「私が意見求めてるんだけど?!」

「これ後で作ろ……んで犬飼のことか? あいつはあいつで好きにやらせとけばいいだろ、俺らが関わる事じゃ無い」

「どうして……そんな白状なのよ。あんたは」

「白状なんかじゃねぇよ、あいつは死ぬ気で狩りをしてんだ。本気になってる奴の邪魔なんてしたくは無い。ただ俺は、あいつに対して生半可な気持ちで関わる気は無い。もしあいつが斐川みたいな魔獣に手を出したら、俺は死ぬ気であいつに歯向かう。そういう気でいる」

「そう……なんなのよ、あなたの考えは矛盾してるんじゃ無い?」

「そうか?にしても美味いなこのお粥。フレア、お前も食えよ」

「話をすぐにお粥に戻さないでくれる?!」

「だって美味いんだもん……」


 その後も黙々と食べ続けていた焔であった。




 その頃、結衣は芦原と共に街を歩いていた。

 街とは言っても人など誰も通っていない工場の間を通る道などではあるが。


「あのさ、芦原……くん」

「正人でいいよ」

「正人……くん。ってさ、なんで魔獣になったの?」


 芦原はしばらく悩みながら答えた。


「あんまり分からないんだよな……気がついたら……こう?って感じ」

「そう……なんだ」

「うん、君は?」

「事故にあって……それでたまたま」

「身内とか居なかったの?」


 芦原の何気ない言葉に結衣は言葉を詰まらせた。

 くいなや焔は今頃どうしてるのだろう。

 焔はまだあの時のように魔獣を倒しているのだろうか、あの時はとてもかっこよかった。

 でも今の自分は焔から見れば殺される側の存在となっている。

 もし、焔が知れば。

 どうなるのか想像もつかなかった。


「居る……けど」


 そう言うと芦原は結衣に少し強めに言った。


「いるなら、ちゃんと言うべきだよ」

「……でも、気味悪がれたら……どうしようって思って……」

「そういう時こそ身内に頼らないと駄目だと思うよ、僕は居なかったから分からないけど、そういう時は家族に話すのが1番だと思う」

「そうだけど……」


 結衣は芦原の元を離れた。


「ちょっ、どこいくの?」

「少しだけ……1人にさせて」


 そのまま結衣は消えていった。

 芦原は少し追いかけようとしたが、やめておくことにした。

 すると、芦原に1人の女性が近づいてきた。

 その女は白いベールに身を包み聖母のような顔立ちをしていた。


「あら、お久しぶりですね」

「……三幸みさき……様」


 2日後

 焔はメモリアに戻って普通に経営を3人でしていた。

 基本的に焔がレジ打ちを、フレアがコーヒーなどのドリンクを担当し、雄一は料理を作っている。

 今日は珍しく客が多く、少し忙しさを感じていた。


「えっと……3番テーブルににコーヒーフロート……あと7番テーブルに抹茶パフェと……お待たせしましたー」


 もうフレアは完全に店になれており、どこが何番テーブルなのかも覚えてしまった。

 焔はレジ打ちに苦戦しつつも何とかやれている。


「ったく、なんで今日は居るんだよ……」


 焔は愚痴をこぼしつつ、レジ打ちを続ける。

 そんな時、鬼丸がやって来た。


「あっここって焔の店?」

「ああ、ってかなんで来てんだよ」

「いやチラシ見て来たんだけど」


 鬼丸がそのチラシを見せるとそこにはでかでかと最近始めた新作のパフェと雄一が載っていた。

 ちなみに雄一の画像の下には『私がつくりました』と書いてある。

 これではまるで地産地消の野菜の解説である。


「雄一見ないと思ったらあのやろ……広告作ってたのかよ……」

「まぁ普通に美味しそうだからさ、来てみた訳」

「とりあえず空いてる席座ってろ」

「んじゃ焔。パフェ1つな」

「あいつに言ってくれ」


 その時、窓を突き破り何者かが突然現れた。

 それは蜘蛛の怪人とも言える怪物だった。

 客は逃げ出し、その場に残ったのは喫茶店の3人と鬼丸だけだった。


「……お客さん、ドアから入るの知らない?」


 雄一が厨房から顔を出して言った。


「いやぁ、すみません。少し彼と話がしたくて」


 蜘蛛の怪人は焔を指さし、あっさりとそう答えた。


「いやぁ……流石に困るなぁ、それでも窓を割られちゃあ、こっちも商売な物でね」


 雄一は少し困りながらも蜘蛛の怪人と話している。

 鬼丸はなんでこんな化け物と平然と話せるんだと蜘蛛の怪人の事よりも彼の方が気になっている。


「後で弁償しますので、それで良いですかね?」

「いくら出すんですか?」


 雄一は聞いた。

 そして蜘蛛の怪人は答えた。


「彼の命……でね」


 その刹那蜘蛛の怪人は店中に糸を貼り、蜘蛛の巣を作り上げた。


「ちょっとお客さん、店内で蜘蛛の巣なんて作るんじゃねぇ。来い、フレア」

「わかった」


 フレアは剣になり、焔は剣を持って構えた。


「なるほど、どうりで始末して欲しい訳だ」


 蜘蛛の怪人は糸を吐き、焔を拘束しようとするが焔は剣の糸を絡め取り、防ぐ。


「ちょっこれ気持ち悪いんだけど!」


 フレアがとても嫌そうに叫んだ。


「仕方ねぇだろ、何とかしろ」

「剣だからどうにも出来ないわよ!」

「んじゃ我慢しろ」


 蜘蛛の怪人は次々と糸を吐くが、焔は剣で防ぎ、徐々に間合いを詰めていく。

 蜘蛛の怪人は狭い場所では不利と感じ、割った窓から飛び出して逃げた。


「野郎っ、ぜってぇ弁償させてやる」

「そんな事よりもこのべちょべちょの糸取ってよ〜気持ち悪いんだけど!」

「あぁ? んなもん我慢しろ」

「えぇ〜」


 焔が追いかけると、蜘蛛の怪人はとある女と合流していた。


「誰だ……お前」

「やぁ、よく会うねぇ烏丸良二」

「烏丸? 俺は焔三幸だ」

「そうか、記憶を持ってるんだったね、とても真新しいわ、青空での日々は」

「はぁ?何言ってんだお前、日本語習いたてか?」


 蜘蛛の怪人はこう言う。


「すまないね、萌衣さんは天邪鬼なんだ」

「そう、私は天邪鬼。何もかも、逆さま」


 そう言うと、萌衣は身体中が矢印のマークに絡まれた様なミイラの姿に変わった。

 そして、顔には隙間から小さく目が見え、角もちょっとだけ生えていた。

 萌衣は身体についた矢印を1つ剥ぎ取ると、それが真っ直ぐ伸び、剣へ変わった。


「2対2……これで平等ですね」


 蜘蛛の怪人はそう言った。


「ええ、とても不平等」

「……萌衣の言う通りだな」


 焔は皮肉混じりに返した。


 結衣は1人で自分の母校に来ていた。

 いや、と言うよりかはつい最近まで通っていた高校だ。

 今は土曜日なので部活動をしている人しかいないが、どことなく懐かしさを感じる。

 結衣はひっそり隙間から校舎に入った。

 あの時の図書室に入る。

 義弘と勉強した思い出はもう思い出したくない。

 と言うか今考えたらものすごく距離が近かった。

 ほんとに食料として見ていたと思うと寒気がする。

 しかし、今は自分も同じ立場だ。

 少し嫌になるので屋上へ出ようとするが、自分の高校は屋上が閉められていたのを知り、諦めることにした。

 前にいた教室に入ると、自分の机には花瓶が1個置かれていた。

 花瓶には白いユリの花が置かれていた。

 もし人間の時ならばもはや、いじめの話になるが1度死んでいる。

 置かれても納得しかない。

 でも、自分は人ならざるものとして生きている。

 死者なのになぜまだこの世に居るのか自分でも嫌になる。

 さっさと天国に行きたいと思った。

 でも、また死ぬのは怖かった。

 そんなあやふやとした思考を巡らせていた。

 その時、どこからか悲鳴が聞こえた。

 中庭からだ。

 すぐに向かうとそこには、女子生徒が猪の様な怪人に襲われていた。

 女子生徒は怯えて校舎の隅に追い込まれていた。

 結衣は助けるかどうか迷った。

 今なら何とか出来るかもしれない。

 でも、あんな姿を見られたくはない。

 しかし、猪の怪人はヨダレを垂らし、今にも彼女を食い殺してしまいそうだった。


「……助けて」


 女子生徒のか弱い声が聞こえた。

 その光景はあの時の自分そのものだった。

 焔《あいつ》なら、こういう時は。絶対に助けるはずだ。

 結衣は魔獣の姿に変わり、猪の怪人の首を片手で掴み、そのまま地面に押し付けた。

 女子生徒は小さな悲鳴をあげた。


「……化け……物」

「逃げろ」


 結衣はそう言った。

 女子生徒は怯えながらその場から逃げ出した。

 猪の怪人は起き上がり、結衣は思わず腕を話した。


「なんだぁ……美味そうなおなごが逃げちまただ」


 結衣は決心した。

 魔獣として、人間として。

 


「さぁ、来なさい」


 To Be Continued

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