第3章 狩人

 天狗退治から少しして、焔はくいなを抱き抱えて、フレアと共に山を降り始めた。

 山を降りて、しばらくするとくいなは目を覚ました。


「……ここは?」

「起きたか。山降りたぞ」

「そう……なのか……」


 くいなは少し眠そうに目を擦りながら歩いた。

 もう既に日は落ちかけていて、カラスがカァカァと鳴いている。

 焔はくいなを降ろし、手を繋ぐ。


「歩けるか?」


 くいなはゆっくり首を縦に降った。

 そしてメモリアに着くと、雄一が慌てて3人の元へ駆け寄った。


「焔君。くいなちゃんは!?」

「あ、少し疲れてますけど」

「実は……」


 雄一は焔の耳元である事を囁いた。


「結衣が……そんな」

「まだ見つかってないから、そうとは限らないけど……」


 くいなは眠気混じりの声で言った。


「お姉ちゃんが……どうしたの?」


 焔は少し言葉に詰まり、どうしようか少し考えた。

 雄一の方を見ると、雄一は目線を逸らした。


「くいな……」

「なぁに?」

「結衣と監督が、事故にあったらしい」


 くいなの眠気は一気に覚めた。






 その一言から3週間程経った。

 くいなはメモリアに住むことになり、学校に行かずに、部屋にずっと引きこもるようになってしまった。

 結衣は未だに行方不明で、周りの人にはもう既に死んでいると言われ、ただでさえ精神的に辛かったくいなにトドメを刺してしまったのだろう。

 その後、俺らは監督の葬式に向かった。

 サッカークラブの人達や監督の親戚、たくさんの人がいたが、皆気持ちは一緒だった。

 お香の匂いがムワッとときたのが印象的だった。

 でもそんな事よりも、1人になってしまったくいなは感情がプツリと無くなった。

 今まで平和な空気で包まれていたメモリアも重く暗い空気に飲まれ、今や焔自身でさえも辛かった。

 最初は仕方ないと考えていた。車の事故など、世界中である。

 死んでしまう事もある。

 でも、いざ結衣が消えてなくなると、心に穴がぽっかりと空いたようで。そこを通る風が冷たい。

 いつもはうるさく、明るい朝も、ただ光が差し込む程度になり、最初は返事くらいしたくいなも今では何も言わなくなった。

 あの元気で無鉄砲なくいなはどこへ消えたのか。

 そんな状況が続いていた。

 焔がカウンターでひとりぼーっとしていると、一人の男が入店してきた。

 焔は頬杖をついて男の顔を見ないようにする。

 ただ単に気に食わないというか、あまり人の顔を見たい気分では無かったからだ。

 その男はジーンズに赤いシャツの下に黒いTシャツを着た若者だった。

 歳は焔より年上で一応成人はしていると思われる。


「………っと。店員は?」


 焔は無視した。


「ほらそこの青二才くん。店員知らない?」


 焔は面倒くさがりながも少し反応する。


「……んだよ」

「店員さん知らない?」

「……知らねぇよ」


 すると、エプロンをつけたフレアが2階から降りてきた。


「あっいらっしゃいませ〜」

「おー可愛いお嬢ちゃん。コーヒー貰える?」

「あっはいかしこまりました〜」


 もう既にフレアに店員のイロハが身についてる事に少し驚くが、フレアがさっさとコーヒー豆を煎る所をみるとかなり慣れているのがわかる。


「あっブラックでお願いね〜」

「かしこまりました〜」

「フレア、同じの」

「かしこまりました〜」


 もうこいつは1人で食っていけると焔は確信した。


「ねぇ青二才くん」


 渋々焔は返事をした。


「……なんだよ」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「……なんすか」

「サイドカーに乗ったカップル知らない?」

「知らないな。ほらさっさとコーヒー飲んで帰ってくんないか、こっちはあまりこうやって砕けた話したくないんだ」

「まぁまぁ青二才くんさ、似たようなもんなんだしさ。少しは付き合ってくれよ」

「何にだよ……」

「サイドカーのカップル探しに」

「……なんで。ってか誰だよ」

斐川勇河ひかわ ゆうが、オカルト雑誌のライターだよ、よろしく。青二才くん」


 フレアが2人にコーヒーを渡し、2人はそれを貰い、飲みながら話を再開した。


「俺は焔三幸だ。ここに住んでるけど別に働いてる訳じゃないからな」

「へえ、そうなのね。青二才くん」

「なんで青二才なんだよ、俺のどこが青二才なんだよ」

「性的経験が青二才っぽいから」


 焔は飲んでいるコーヒーが逆流しそうになった。


「なっ……おめっ」


 斐川は軽く笑い焔に肩を叩く。


「当たりでしょ?」

「そうだけどさ……」

「そんじゃ青二才くん。探しに行きますかね?」

「サイドカーのカップル探しにか?」

「いや、君の初経験相手探しに」

「っざけんなてめえ!」

「なーに冗談よ冗談」


 焔はため息をつき、仕方なく斐川について行くことにした。

 焔は内心、なんでこんな男がメモリアに来たんだと思った。


 その頃、結衣は目が覚めた。

 あの狩人を見てから疲れで寝ていたようだ。

 今あの狩人はもう居なかった。

 結衣は不思議な事に腹が空いていない。

 魔獣はそんな簡単に腹は減らないのだろう。

 結衣は起き上がり歩く事にした。

 出来るだけ人の通らない道を通りながらどこかひっそりと住めるような場所を探して歩き回った。

 すると、とある廃工場を見つけた。

 入口の門にはボロボロの看板が立てかけており、『青空』と書いてあった。

 工事内に入ると機械は全く動いていないが、ある程度綺麗にされていて、サビなどは落ちてはいないが清潔であるのに変わりなかった。

 建物の中には適当に高さを合わせた2つのドラム缶の上にビール瓶の箱を逆さまにしただけの椅子が4つ置かれていた。

 結衣はとりあえず椅子に座り、周りを見渡した。

 特に誰かが寝ているとかそういうのは確認できない。

 すると、山のように積まれた廃材の中から1人の男が現れた。

 あまりにも意外な登場なので結衣はびっくりしたが、改めて見ると普通に同年代くらいの青年だとわかった。


「……君誰?」


 男はそう言った。


「霧峰……結衣です」

「へ〜人間?」


 男の問いに結衣は戸惑った。


「いや、なんというか……その」

「魔獣とかならはっきり言えば? 俺もそうだし、って言うかよくこんな所見つけたね。そんな簡単に見つかるような場所じゃないのに」

「えっ……あなたも」

「うん、俺の名前は内山照幸うちやま てるゆき、ヴァンパイアだよ」


 内山はそういうとあくびをして伸びをして体を起こし、廃材の山から降りた。


「君も魔獣って事で良いのか?」

「あっ……う、うん」

「そんな感じだと最近なったばっかりって感じだな」

「もしかして……ここって魔獣達の……」

「ああ、ここは青空の魔獣の拠点だよ」

「青空……?」


 内山は椅子に座ってポケットからスマホを取り出し時刻や天気を確認しながら答える。


「青空って言う孤児院の育ちなんだよ。ある日からみんな魔獣になった。それで人を食う為にみんなで集まってる。ざっとこうかな」

「そう……なんだ」

「まぁみんなバラバラなんだけどね。たまに来るみたいなそんな感じ」

「そうなんだ……って今日は何日なの?」

「えっ10月25日だけど」


 あの日から3週間も経っていた。

 自分はあの日から何も食べていないのに。


「やっぱり……」

「魔獣になって不安なのか?」

「そりゃ……私だって……家族居るから」

「捨てろよそんなもん」


 その言葉に結衣は不謹慎さを感じた。


「なっなんでよ。あなただって居たでしょ! 

 孤児院とはいえ家族同然の様な人達が!」

「居たとしてもみんな魔獣だし、そもそも1回死んでる以上縁は無いんだぜ? 人間はただの食料。それだけだ」

「そんなの……おかしいよ」

「いずれ分かるよ。人間の頃の常識なんてどうせ無くなる」


 結衣は立ち上がり、建物から出ようとした。


「何?もう離れるの?」

「まだ、私は人間だから」


 そういうと結衣は内山の元を離れた。


「……そっか」


 結衣は内山から離れたものの、これからどうすれば良いのかわかっていなかった。

 このまま帰ればくいなに会いたいが、いずれ自分が魔獣だと知れば怖がるに決まってる。

 それなら、死んだと思わせた方がくいなの為にもなるんじゃないか。

 結衣は高く昇った日を浴びながら、座り込んでいた。

 すると、誰かが肩を叩いた。

 結衣が振り向くとそこには、作業着のツナギの上半身の部分を腰に巻き、白い下着が見えている青年だった。

 第一印象は鉄工所にいる若い青年という感じである。


「君、魔獣?」

「……はい」


 結衣はそう返事した。


 その頃焔と斐川はサイドカーに乗ったカップルを探していた。

 とりあえず街の人達に聞き込みをしまくったものの、情報は何一つ見つからない。

 焔は半分諦めかけていた。


「なぁ、本当にそんな奴が居るのか?」

「居るって。何しろそのカップルは化け物って言われてんだからな」

「化け物ねぇ……オカルトライターのお前が好きそうだな」


 そんな雑談をしながら横断歩道を渡っていると、子供が2人を走って横切る。

 すると道路から暴走するトラックがやってきた。

 焔はすぐに子供を助けようとしたが、焔より先に助けに飛び出した存在がいた。

 斐川だった。

 しかしそれと同時に、斐川の背中から蝙蝠の様な翼が生え、悪魔のような姿のへ変わり果てた。

 そして斐川はトラックを片手で止め、子供を抱えていた。

 子供は怯えながらも、安心感を感じていた。


「ほら、気をつけろよ」


 斐川は子供を降ろし、子供はそのまま歩道に逃げていった。

 斐川は元の人間の姿に戻り、横断歩道を渡った。


「青二才くん、青だぞ?」

「あっ」


 焔はすぐに横断歩道を渡った。

 2人は街の散策を再開したが、焔は斐川が魔獣である事に動揺を隠せずにいた。


「斐川……さん……魔獣なのか?」

「魔獣? ああ、言ってなかったか?それなら丁度いい俺は1回死んで……」

「ああ、そういうのはわかってる」

「もしかして青二才くんも魔獣?」

「あ……それは」


 焔は少しだけ戸惑った。

 魔法少女と共に魔獣を殺していると言ったら。批判されるのか、それとも嫌われるのか。


「ちょっと……そういうのに関わった事があって……」

「へぇ、んじゃ話は早い。まあ俺は人間を食べたりなんかはしないけど」

「そうなのか?」

「ああ、まぁ人間で言うヴィーガンみたいな奴かな。人間の魔力を食わずに、社会に溶け込んで普通に食事して仕事して……って奴も居るぞ。俺みたいな。青二才くんはそんな魔獣と会った事ないのか?」

「いや、まぁなんというか……人間を食料としか見てないようなのしか」

「ほとんどそうだよな……」


 斐川はそう言った。


「さっきまで言ってなかったけど、サイドカーのカップルは、魔獣を殺してるらしいんだ」

「……なんで隠してたんだ」

「初めて魔獣知る人がそんな事聞かされても分からないだろ」

「まぁそうか……」


 すると、2台のバイクが止まり、2人の前に立ちはだかる。

 1人は赤い髪の男でもう1人は白い髪の男だった。


「よぉそこの青年とおっさん」


 赤い髪の男がチャラチャラとした口調で言った。


「なんだよ、ナンパは女にしろよ。それともお前らホモか? 生憎俺はゲイでもホモでもねぇんで」


 焔も少しムカついたのでぶっきらぼうに返す。

 しかし、2人はその煽りとも受け取れる返しを受け流し、バイクから降りた。


「やるか? 兄貴?」

「まぁまて鬼丸おにまる。お兄ちゃんがこいつらは食えるか判断してやる」


 そういうと2人は馬のような怪物に変化した。

 しかし、白い髪の男は頭に角が生え、赤い髪の男からは翼が生えた。


「いくぜ兄貴!」


 兄弟の魔獣は2人に襲いかかる。

 その時、魔獣達を黒いサイドカーが吹き飛ばし、魔獣達は河川敷に転がり落ちた。

 サイドカーのバイクには男が乗っており、もう片方のサイドカーには女が乗っていた。


「いってぇ! 弟ぉ!? 生きてるかぁ?!」

「くそ痛え! 兄貴! なんだよあいつ! いきなり引きやがって!」

「待ってろ弟ぉ! お兄ちゃんが今からあの暴走サイドカー野郎をボコボコにしてくる!」


 白い髪の男はサイドカーの方へ歩き、サイドカーのバイクに乗っていた男の胸ぐらを掴んだ。


「貴様!どこに目をつけて走って」


 その刹那、白い髪の男は殴られた。


「ぶっほぉァ!」

「兄貴ぃ!?」



 赤い髪の男は心配そうに兄である白い髪の男の元に来る。

 サイドカーのバイクに乗っていた男は言った。


「魔獣にそんな口答えする権利はねぇ……」

「貴様……」

「とりあえず、お前ら兄弟には……死んでもらおうかな」


 男はバイクから降りると首の骨を鳴らし、拳を握って骨を鳴らし、軽く体を解した。


「こい、ルナ」


 サイドカーの女が読んでいた分厚い本を閉じ、男の方を振り向いた。


「はいはい」


 男が両手を上げると女は光だし、サイドカーから消えた。

 そして男の両手には篭手が付いていた。


「まさか……兄貴」

「そのまさかだ……噂には聞いていたが……実在するとは」


 兄弟は唖然とし、焔もまた驚愕し、固唾を飲んでいた。


「あいつも……俺と……同じ」


 男の名は、犬飼裕二いぬかい ゆうじ。魔獣を狩る狩人ハンターである。


「全ての魔獣は……俺が狩る」


 To Be Continued

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