第2章 天狗をみつけよう

 小津山おづやま

 小津市に昔からあり、小津市の伝承によればここはとても神聖な山だった。

 しかし今となってはそんな事はなく、ただの山として扱われている。

 特に高いわけでもなく、何が特別な物がある訳では無い。

 そんな山に勇敢な一人の少女がリュックサックに長靴を履き、水色のお気に入りのワンビースを着て、最後に安全第一のヘルメットを着けて。山に突入しようとしていた。


「見つけるぞ!天狗!」


 数日前


 喫茶店メモリアにくいなと結衣が居座って居た。

 結衣はメロンフロートのバニラアイスをつつきながら、カウンターの中にいる焔を見ていた。

 くいなはミルクセーキを口いっぱいに頬張り、頭がキーンとして頭を抱えていた。


「あのさ、焔」


 皿を洗いながら焔は答える。


「あ?なんだ?」

「くいながさ、小津山登りたいんだって」

「なんで」

「天狗見つけるんだって」

「はぁ?」

「なんかの本でも読んだのかな。それで天狗を知って、山に居るんじゃないかってワクワクしててさ」

「バカは高ぇ所好きなのは本当なんだな………」


 その言葉を聞いたくいなが言い返す。


「あたいバカじゃないもん!」

「なぁお前知ってるか?バカじゃないって言う奴が本当にバカなんだよ」

「むー!焔兄ちゃん勝手に牛男も倒しちゃうし!ミルクセーターおかわり!」

「ミルクセーキな」


 焔は皿洗いを済まし、ミルクセーキを作る。

 すると、大きな袋を持ったフレアが喫茶店に戻ってきた。


「おかえり、フレア。買えたか?」

「こんなに買って……ほんとに大丈夫なのか?パッと見この店売れてるように見えんが……」

「そんな簡単に黒字でたまるかよ、赤字なのは毎度の事だよ」

「大丈夫なのか………」


 フレアは本格的にこの店の経営が不安になってきた。

 結衣は話を続ける。


「んでさ、焔。さっきの話なんだけど」

「くいなが山登りだっけか?」

「一緒について行って貰えない?」

「え?」

「ほら、くいなもまだ小学二年生だから、1人で山登りとか危ないじゃん。私はサッカーで忙しいし、だったら焔が丁度いいかなって」

「でもよ……」

「くいなには自由でいて欲しいんだ。私が同じくらいの時には、親が死んで、大変だったから」

「確か……殺されたんだっけか」


 霧峰家の両親は何者かに殺された。まだ結衣が10歳で、くいなは2歳だった。

 2人が心地よく寝ていた時に、悲鳴が聞こえ、結衣が見に行くとそこには、ナイフを持ち狐の面を被った厚手のコートの人間が居た。

 男か女かはわからなかったが、持っていたナイフには血が付いており、奥には両親が倒れていた。

 結衣は怖くて、くいなを抱きあげて、必死に逃げた。

 くいなは泣き叫んだが、今はそんな事よりも、誰かに助けを求めた。

 幸い近くに駐在所があり、そこに駆け寄り、2人は何とか生き延びた。

 しかし、両親はもう既に戻らぬ人となっていた。

 そして、当時も入っていたサッカークラブの監督に養って貰い、今に至る。

 当時の結衣は余裕がなかった。

 親が死んだショックが大きかったのだ。

 だから、くいなには自由でいて欲しいと思っている。

 くいなには辛い思いをして欲しくないと。


「だからさ、頼む!」


 焔は少し考え、こう言った。


「しゃあねぇな。付き合ってやんよ」

「それじゃあ、今週の日曜日に。頼んだよ」


 そして当日の日曜日。

 霧峰家に焔は山に行くための最低限の格好で来た。


「くいな、行くぞ」


 ドアを開けるとくいながまるで飼い主の帰りを待つペットの犬の様に待っていた。


「待ってたぞ焔兄ちゃん。今日こそはあたいが勝ってやる!」

「何に勝つんだよ……」


 焔は呆れながらもくいなとともに山に向かった。


 その頃、結衣は監督と共に車でサッカークラブのコートへ向かっていた。


「良いのか?くいなと行かなくて」


 助手席に座る結衣は車窓から見える景色を眺めている。


「大丈夫だから……」

「……休むか?」

「休んだら、みんなに迷惑でしょ」

「そうだけどな……最近お前、我慢し過ぎじゃないか?少しはさ、わがまま言ってもいいんだよ?」

「私は姉だからさ……、こんくらいは平気だよ」

「……そうか」


 その時、横から大きな衝撃が来た。

 結衣は吹き飛ばされ、地面を転がった。

 車のフロントはくしゃくしゃにした紙のように壊れ、監督の手が出ていた。

 これでは、もう監督は生きていないのだろう。

 そして、追突したトラックから若い男が1人降りてきた。

 男は直ぐに電話をかけていた。おそらく119番にかけていると思われる。

 だがその時、結衣の意識はうっすらと消えていった。


 その頃、くいな達は山の中を進んでいた。

 焔は迷わない様に木に紐をかけているが、くいなはそんな事など知らずにずかずかと山を進む。


「あたいはー最強なのーどんな敵だろうとーこのあたいの前では膝まづいてへこたーれる」

「いや待てどんな歌だよ」

「あたいの歌だ」

「……そうか」


 焔は内心こいつは少し羞恥心を知った方が良いと思い始めた。

 山奥に進むと、何かの建物が見えてきた。


「……なんだあれ」

「秘密基地だ!!!!!!!!」

「いや違ぇだろ、ただの廃墟だろ」


 くいなはすぐ様廃墟に向かった。


「あっこら先に行くな馬鹿!」


 廃墟はほとんど壊れており、窓はひび割れ、中には蜘蛛の巣が張り巡らせていた。


「汚ぇぞ。こんな所に天狗がいる訳ないだろ」

「でも秘密基地にはうちゅーじんが居るんだぞ!」

「おめぇここはエリア51じゃねぇんだよ」

「エリア……ごじゅーいち?」

「……後で調べろ」


 焔も咄嗟に言ったのでそんなにエリア51は知らなかった。

 焔も廃墟の机の引き出しなどを調べてみたが、出てくるのは木製の玩具やボロボロのお絵かき帳などで、パッと見は保育園といった感じだった。


「保育園……か。でもなんでこんな山奥に」

「ひっ……」


 くいなの冷たい悲鳴が聞こえ、焔はすぐに向かった。


「どうした、くいな……って」


 くいなが目にした物は、人骨だった。

 床が抜けていたそこには、大量の人骨が山のように置かれ、まさに骨塚とでも言うべき物だった。


「なんだよ……これ」


 くいなにとって人骨を見るのは初めてである。

 少し腐敗臭もしており、あまり長居したくはなかった。


「くいな、早くこんな所出るぞ」

「……うん、あたいもう帰りたい」

「そうだな」


 2人はすぐに帰ると決めた。

 廃墟を出て、2人はさっさと山を降りる事にした。

 すると、目の前の木が突如2人の方へ倒れ始めた。


「あぶねっ!」


 焔はくいなを庇い、倒れる木を避けた。


「いきなりなんだ……」


 その頃、結衣は。意識を取り戻していた。

 しかし、何かがおかしい。

 体が全て回復している。

 さっきトラックに追突され、身体は吹き飛ばされ、全身骨折や内蔵の1、2個はやられていてもおかしく無いのに。

 そして、何よりおかしいのはトラックの運転手と思われる男も倒れている事だ。

 さっさ119番をかけようとしていたはずなのに。

 結衣はトラックの運転手に駆け寄る。

 すると、ある事に気づいた。

 のだ。

 トラックの運転手は死んでいた。


「どうして……」


 なんで自分が生きていて、トラックの運転手は死んでいるのか、全く分からなかった。

 すると、心臓の鼓動が早くなり、身体中が熱くなり始めた。

 結衣はトラックに倒れ込み、意識が遠のき始めた。

 しかし、意識は消えなかった。

 一気に熱が冷め、自分の体は安定した。

 だが、何かが違う。

 体つきに違和感を感じた。

 トラックのバックミラーから自分の姿を確認してみると、そこには。

 半魚人のような自分の姿があった。


「……なに……これ」


 結衣はショックのあまり逃げだした。

 こんな化け物の姿になってしまった自分が怖かった。

 どこへ行くのかは自分でも分からない。


 こうして、霧峰結衣は


 くいなと焔は、早く山から降りようとしているのだが、さっきから何かが2人を防ごうと木を切り倒し、邪魔をしていた。


「んだよ……おいくいな……ってくいな?」


 さっさまで居たはずのくいなが居なかった。

 さっさまであんなに怖がっていた筈なので、勝手にふらふらと離れる訳が無い。


「はぐれたか……探さねぇと……」


 すると、背中を誰かに勢い良く押されたような衝撃が走り、焔は吹き飛ばされ、木に激突する。


「ったく、誰だ!」


 焔が叫ぶと、木の葉が吹き荒れ、そこから現れたのは、山伏のような服装に、天狗の面を被った男だった。

 しかし、天狗の面は被っていると言うよりかは、張り付いていると言うべきか。


「まさか……魔獣か?」


 すると、天狗は一瞬にして消え、木の枝の上にたっていた。

 そして天狗の脇にはくいなが抱え込まれていた。


「お前が誘拐犯か」


 天狗は持っていたヤツデの葉のうちわを焔に向けた。


「俺もやるってか?」


 すると、再び天狗は消え、くいなを木に括りつけ、焔の顔面を殴り飛ばし、焔は鼻血を垂らす。


「いってぇな……ちょこまかと……」


 焔はしゃがみ、周りをしっかりと見て、警戒した。

 すると、天狗が一瞬背後から来る気配を感じた。

 焔は反射的に天狗を蹴ろうとしたが、その足は空をきる。


「なっ」


 天狗は焔の真正面に現れ、焔の顎を殴りあげ、焔は空中に飛ばされ、バレーボールの様に次々と跳ねていく。

 すると、その時剣が天狗を攻撃し、天狗は攻撃を辞めた。

 焔は地面に打ち付けられたが、木の葉がクッションとなり、何とか肺が潰れそうになるくらいですんだ。


「フレア、なんでここにいんだよ……」

「なんか怪しいと思ってついてきたらこの通りだ!」


「ああそうかよ」


 焔は剣を握り、構える。

 しかし、天狗のあまりの素早さに、対応しきれなかった。


「おい、フレア」

「何よ」

「なんかないか、足を早くする魔法とか」

「無いわね」

「なんでだよ、そんくらい作れよ」


 焔は文句を言いながらも、天狗の早い動きを対応し、剣で防ぐ。


「一応言っておくが、魔法を作るのも大変なんだからな!魔力をどうやってこれに変換するとか」

「ああもうわかったうるせえ。なんか動体視力あげる魔法とかはねぇのか?」

「それならある」


 フレアは焔の脳内に直接その呪文を伝えた。


「気持ちわりぃななんで言葉で伝えねぇんだよ」

「喋ったら発動してしまうだろ」

「そうかよ、超感覚エクシード


 すると、突如目の前の景色が見えすぎるようになり、耳が張り裂けそうなほど響く。

 焔は剣を落とし、その場に耳を塞ぎ倒れ込んだ。


「強すぎん……だよ」

「バカ、感覚を上げすぎだ!少し抑えろ!」


 その声も聞こえすぎる程聞こえた。

 焔はもう一度剣を持ち、感覚を研ぎ澄まし、天狗の攻撃をじっと待つ。

 すると、右から天狗が走ってくるのがかすかに見えた。


「そこだ!」


 焔は剣をあえて振りかぶらずに、刃を横にした。

 天狗が攻撃を仕掛けると、天狗の腹に剣の刃が腹にくい込み、天狗は吐血した。

 天狗は叫び声を上げ倒れる。


 フレアは人の姿になって木に登り、木に縛り付けられたくいなを下ろす。


「良いのか?殺らなくて」

「ああ、とりあえずそこら辺の木の実食ってりゃ生きられるだろ」


 下で構えていた焔がくいなをキャッチし、そのまま山を降りようとした。


「そんじゃ、人質は解放したし、もう俺らを、というか人間を襲うんじゃねぇぞ。天狗」


 しかし、天狗は諦めずに立ち上がり、自分を鼓舞するかの様に叫んだ。


「俺はちゃんと忠告したからな。フレア」

「わかった」


 フレアは再び剣となり、焔が持つ。

 天狗は無我夢中に襲いかかった。

 焔とほぼ数センチの距離で天狗は目の前から消え、背後に回り込み。手から爪を伸ばし突き刺そうとした。

 その刹那、焔は剣を振りかぶり、天狗の首筋に刃を食い込ませる。


「魔獣に眠りを《チェックメイト》」


 その刃をさらに食い込ませ、天狗の首をはねた。

 天狗の首の切断面から炎が溢れ、天狗は消滅した。


「仏の顔は三度だが、俺の顔は1度しかねぇ」

「何うまいこと言ってんのよ」


 フレアが小言を入れ、3人は山を降りた。


 結衣はとにかく遠くへ走っていた。

 途中で元の人間の姿に戻っていたが、いつあんな化け物の姿になるのかわからず、パニックになっていた。

 そして、誰も近寄らないような廃墟へ着いていた。

 流石に息は切れ、立っているのも辛かった。


(私に……何が起きてるの……?)


 あの時、自分は死に、この世から消えた筈。

 それなのに、どうして。

 すると、突然どこからか一人の男が慌てて逃げてきた。


「……どうしました」


 男は慌てながら答えた。


「たっ、助けてくれ!殺されそうなんだ!」

「何に……」


 結衣は答えるだけで精一杯だった。


「もしかして君も魔獣なのか?!」


 魔獣。

 その単語を聞いて、確信した。

 先日に焔から聞いた言葉を思い出す。


「確か死んだ人間が、蘇って生まれた異形の生物……」


 義弘のように自由に姿を変えられないものの、今の自分はまさにそれであった。


「とにかく、魔獣ならすぐに逃げろ!狩人ハンターが来る!」


 結衣は必死に立とうとするが、もう立てるような足では無かった。


「……無理か」


 男は突如構えると、8個の目に牛のような角が生え。蜘蛛と牛が混ざりあったような怪物に変わった。

 男は結衣を片手でつかみ、鍵がかかっていたドアを破壊し、そこに彼女を置いた。


「ここでじっとしてろ。ゆっくり休め!」


 男はすぐにその部屋から去った。

 結衣は彼にお礼を言おうと、床を這いずりながら部屋の外を見ると、そこには、さっさの男とサイドカーに乗っている2人の男女がいた。

 バイクには革ジャンを着ている。飢えた獣の様な男が乗っており。

 隣にはローブを羽織った。紫色の髪をした少女が座っていて、眠そうな細めをしている。

 バイクに乗っていた男が降り、男に近寄る。


「お前……魔獣だろ」

「俺は魔獣だが、人は食っちゃいない!」

「そういうやつを何人見たかなぁ……ルナ」

「29人」

 サイドカーに乗っている少女が言う。


「ほう、お前で30人目……だな」

「や、やめろ……」


 ルナと呼ばれる少女は光りだし、両手につける篭手となり、男の両腕に付く。

 そして、篭手は光だし、男は魔獣の男をじわじわと角に追い詰める。


「やめてくれ……今後も人は食わない!なのにどうして殺そうとする」

「俺は……全ての魔獣を殺す狩人ハンターだからだ」


 狩人の男はは右手のパンチを打ち込んだ。

 拳は魔獣の男の腹を貫通し、そこから炎が吹き出す。


「魔獣に眠りを《チェックメイト》」


 魔獣の男の体は燃え尽き、消滅した。


「また、荒々しくやってくれたわね……」


 篭手が離れ、少女の姿に戻るも、少し咳き込んでいた。


「もう少し、私に負担をかけさせないでちょうだい……喘息が酷くなるわ」

「どうせ死なないんだろ、喘息程度で苦しんでんじゃねぇ」


 2人はサイドカーに乗り、再び走り出した。

 結衣は、後悔した。

 この街に、居てはならないと確信した。

 To Be Continued

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