魔法少女は武器になる

椎茸仮面

第1章 魔法少女は剣になる

 小津市おづし

 人口約5万6000人の関東の都心から少し離れた所にとある都市だ。

 その市の中にある蒼馬そうま地区にある創真そうま商店街の隅にひっそりと佇む喫茶店があった。

 喫茶店の名は『メモリア』

 ラテン語で、記憶を意味する。

 壁はツタ植物で絡まれ、知る人ぞ知る店というイメージがある。

 2階にはベランダがあり、上が家になっている事がわかる。

 そんな目立たない喫茶店に、朝から姉妹と思われる2人が喫茶店の前に立っていた。

 1人はセーラー服を着て、スカートがかなり短く、すらりとしているがとてもがっしりとした足を露出している。

 そしてダイオウグソクムシのストラップがついた学生のカバンを持っていた。

 黒髪のショートで、顔つきは勇ましく、明るく、元気なスポーツ少女というのが妥当と言える。

 もう1人はメンダコのストラップが着いたランドセルを背負い、水色のワンピースを着て、頭には少し時代が古いんじゃないかと思われる黄色い通学帽を被っていた。

 顔つきも幼く、幼女らしい。

 そんな2人がまだ扉に『CLOSE』と書かれているにも関わらず、喫茶店の前に立っていた。

 そして、セーラー服の少女が叫んだ。


ほむら〜!先に行っちゃうぞ〜!」


 追い討ちをかけるように幼女も叫んだ。


「そーだぞー!焔兄ちゃん!置いてくぞー!」


 すると、ベランダから男がのりだしてきた。


「うるせえな朝からギャーギャーとよく叫べるな……わーったよ今行くから待ってろ」


 男はボサボサの黒髪をかきながら、ベランダから身を引く。

 そして喫茶店の扉から学ランを着て、カイコウオオソコエビのストラップを着けた学生のカバンを持ち、さっきベランダから2人に声をかけた男が来た。

 顔つきは少し悪く、黒髪も少し乱れており、パッと見のイメージは不良と言ったところ。


「遅いよ、焔」

「そーだよ!」

「飯食ってねえんだよこっちは……まだ7時半だろ……」


 男はあくびをし、背をのばして何とか身体を起こそうとした。


「全く……よく動いてよく寝る割には何も部活に入ってないんだから焔はもっとスポーツに興味持ちなよ」

「焔兄ちゃん、ねーちゃんみたいにサッカーやれば?」

「だからただの玉転がしに興味ねぇっての」


 彼の名は焔三幸ほむら みゆき16歳。

 喫茶店『メモリア』に住んでいる青年である。

 そして、記憶喪失である。

 8年前、彼が8歳の時から前の記憶が無いのだ。

 山で生き倒れていた所を、メモリアの店主が拾い、今に至っている。

 彼自身も本当の名前はわかっていない。

 今の名前は山で記憶を無くしていた時に彼の手元にあったハガキの宛先の名前からとったのだ。

 しかし、彼も8歳から前の記憶を取り戻そうとは思っていなかった。

 生きていればいい、ただ自然の流れにのって。

 何事にも興味を持たず、無気力に生きている。

 そんな彼である。

 そして、セーラー服の少女は霧峰結衣きりみね ゆい

 焔と同じ高校に通う少女で、女にしては珍しく現在サッカークラブに入っており。女のため試合には出られずに居るが、クラブ内の紅白戦ではチームのエースになる程の腕前である。

 明るく、焔とは記憶を喪失してからの仲の良い友人である。

 そして彼女の妹である幼女の名は霧峰くいな。

 ちょっと元気でやんちゃな小学生2年生ある。

 例えば川でカッパを見つける為に見張っていたら眠くなって溺れかけたり、テレビで見た徳川のまいぞー金(埋蔵金の事らしい)を見つける為に山に登って穴を掘ったら出られなくなるなど結構破天荒な方である。

 そんな3人は学校へ向かい、歩いていた。

 すると、くいなはある事を話した。


「あたい見たんだ!例の牛男!」

「あ?またよく分からん小学生の噂か?」


 焔が面倒くさそうに答える。


「噂なんかじゃないもん!塾の帰りに、路地裏に行ったのを見たの!だから次はあたい、その牛男をボコボコにしてやるんだ!」


 くいなは腕を組み、自信満々の顔で言った。

 焔は笑い、くいなの頭を撫でた。


「まっせいぜい頑張りな、その牛男ってやつをボコボコにしてみろよ」


 焔は笑いながら言う。

 くいなはその言い方に不満があったのか、不貞腐れた。


「もー!ばかにしてー!」

「実際そうだろ」

「あたいばかじゃないもん!」


 くいなは必死に反抗するが、焔にとってそれはとても可愛らしい行動である。

 焔はそんなくいなを可愛がっていた。

 くいなは小学校に着き、2人とは別れた。


「焔兄ちゃん!絶っったい牛男ボコボコにしてくるから!」

「頑張れよー!」


 焔はそう言い、くいなに手を振った。


「俺も居るのかな……ああいう兄弟」


 焔は少し悲しげに言う。


「もしかして、8歳以前の記憶のこと?」


 結衣は聞いた。彼女も別に興味がある訳では無いが、とりあえず彼の記憶喪失の事は少し気にしている。


「……良いんだ、俺は。このままでいい。忘れた事なんだ、無理に思い出そうとすると、俺が俺じゃ無くなる気がして」

「でも、気持ち悪くないの?記憶喪失で」

「別に、だってもう8年前だぜ?今更思い出して何になるんだか」

「そっか……」


 結衣は悟っていた。焔が、ほんの少しだけ、8歳以前の記憶を取り戻したいと思っているのを。

 そして2人は高校の校舎にたどり着き、それぞれ授業を受けていた。


 そして時は流れ放課後。

 玄関で、焔は結衣とばったり出会った。

「結衣、帰るか?」


「ううん、私少し図書室で勉強してから帰るから、一緒にする?」


 焔は少し悩み、答えた。


「いいわ、じゃな」

「じゃあね」


 焔は帰り、結衣は図書室に向かった。

 図書室はそこそこ広く、校舎の2階の突き当たりにある。

 本棚は少し空いていたり種類も乏しいものの、勉強する机はたくさんあり、放課後にするにはうってつけな場所だ。

 結衣は数学のワークとノートを開き、問題を解き始める。


「ここは………公式を使って……と」


 少しずつ問題を解いていると、応用の問題に差し掛かり、少しずつ難しくなっていった。


「これは……」


 数分悩んでいると、横から綺麗な男の声が聞こえた。


「ここは、判別式を使えば出来ますよ」


 結衣は驚き、振り向くとそこには眼鏡をかけた青年が居た。

 結衣はその青年の顔に少し見覚えがあった。


「生徒……会長さん?」

「はい、3年の新田義弘にった よひしろです」


 義弘はそう言うとメガネを整えた。

 結衣も慌てて自分の名前を言う。


「私、1年の霧峰結衣です」

「霧峰さん、ですか。熱心にやってますね。隣いいですか?」

「あっ、はい別に構いませんよ」

「ありがとうございます」


 義弘も勉強道具を広げ、勉強を始めた。

 そんな時間が何分続いたのかは2人とも知らず、義弘がぽつんと呟いた。


「最近噂になってる牛男って……知ってます?」


 結衣は唐突な話題蜂起に驚きながらも答えた。


「え、まあはい、妹が最近話してはいます」


 義弘は微笑んだ。

「あらあら、随分と可愛い妹さんで。そう言う噂に振りまわされてみたいものです。」


「そう……なんですか?」


「よくオカルトとか、都市伝説とか言うものはただの人の考えた絵空事と言われてる事がほとんどだと思います。まぁその界隈に入り浸ってる人の大半もそうかもしれませんが」

「は、はぁ」

「でも、案外単純に全て事実だったりするんですよ。まぁ例えるとすれば、昔は居ないとされていたパンダが実は伝えられていた通りに実在した。とか」

「え、じゃあ生徒会長さんも、牛男……信じてるんですか?」

「まぁ、案外信じてみるのもロマンあるんじゃ無いですか?」


 結衣は少し変わった人だなと思いつつ、ワークを進めた。


 その頃、焔はメモリアに戻っていた。


「ただい……って」


 昔のシックな雰囲気の喫茶店内には、嗅ぐだけでお腹いっぱいになりそうな程色んな美味しそうな匂いが混ざりに混ざっていた。


「あっおかえり焔君!いい所に来たね!今ラーメンのスープに何がいいかなって迷っててさ、焔君はなんのスープがいいと思う?煮干し?豚骨?それとも昆布?」


 この喫茶店の良い雰囲気をぶち壊すようなガチガチのラーメンのスープを作っている男こそ、メモリアの店主、中神雄一なかがみ ゆういちである。

 父親の経営していた喫茶店メモリアを受け継いだものの、彼は少し料理に対する創作意欲が強く、ラーメンの前にはエスカルゴを作るためにわざわざフランスへ修行に行こうとする程である。

 ちなみにフランス修行はお金が無いので頓挫した。


「何やってんだよ……雄一さん。ここ喫茶店なのわかってるのか?」

「まぁまぁ、喫茶店だからってラーメン作っちゃ駄目って訳じゃ無いでしょ?あとさ、顧客の層も厚くしないと〜お客さん少ないんだしうちは」

「いや……まぁそうだけど」

「んでさ、麺も困ってるんだよね〜細麺にするか多加水麺にするか、細麺だと歯ごたえがあって良いんだけど多加水麺特有のモチモチ感触も捨て難いし何よりみんなに親しみあるしな〜」


 料理の腕は確かではあるのだが、彼の感性は少し常人とは5mほどズレている。

 焔はこのままだと店がラーメン臭くなると判断し、すぐに答えた。


「細麺の方がラーメンとしていいと思うけど」

「そうかい?! なら細麺に合うように豚骨にしよ! んで、煮卵を乗せようかな……」


 迷いが吹っ切れた雄一は麺を茹で始め、焔も荷物を2階の自分の部屋でおろした。

 焔の部屋は6畳ほどで布団を敷き、適当に漫画やゲームが置かれている。普通の男子部屋という感じである。

 すると、壁にかけられたコルクボードに貼られたボロボロのハガキが目に止まった。

 それは、焔が山の中で生き倒れていた時に持っていたものだった。


「………」


 焔はコルクボードからハガキを取り外し、ハガキの宛先を見る。


『▉▉▉県▉▉▉市▉▉番地 焔三幸様』


 住所や番地の文字は汚れていて読めなかった。


『▉▉▉県▉▉▉市▉▉番地▉▉ ▉▉▉様』


 氏名も汚れており、誰が本当の焔三幸に送ったのか、さっぱり分からなかった。

 裏面も見ると、やはり文字が霞んでおり読むことは出来なかった。


「本当の焔三幸は、どこにいるんだか」


 そう呟き、焔はまた1階に戻った。

 1階に戻ると、そこにはしっかりとした豚骨ラーメンを雄一が作っていた。


「出来たぞ!雄一スペシャルラーメン!税込650円!」

「ラーメンにしちゃ安くねぇか?」

「いや〜これでも高くした方だよ?ほらほらー食べて食べて」

「こんなにあるならもう夕飯だな……まだ5時だけど」


 焔はラーメンの麺を啜った。


「………」

「どう?」

「………なんというか……美味いんだけど……」

「……だけど?」

「個性がねぇんだよな……」

「……え?」

「いや美味しいんだ、決して不味いわけじゃない。ただなんというか、個性が無いんだよな。癖と言うか」

「厳しいね……」

「うん……でもこうだぞ」

「ほんとかな……?」


 雄一も試しにラーメンを啜る。


「……確かに美味しいけど……個性が無いね」

「だろ?」


 数日後に、ラーメン計画は頓挫する事になった。

 しばらく材料消費の為、夕飯はラーメンばかりになるのを2人はまだ知らない。


 後日

 焔は、適当に街を散策していた。

 理由は特に無いが、とりあえずメモリアから出たかったというのが一番の理由だろう。

 結衣の家に寄ろうとも思ったが、今はサッカークラブの練習をしていたのを思い出し、諦めた。

 街の人通りはあまりなく、たまに老人が歩いていたり、外国人と思われる人が自転車を漕いでいたりしている位だった。

 そんな街道を歩いていると、焔は呼び止められた。


「そこのあなた」

「………ん?」


 振り返るとそこには、赤い三角帽子に、コルセットの入っているようなミニスカートのドレスを身にまとった。赤髪の少女が居た。

 顔はくいなよりかは年上に見えるが、まだまだ子供と言う感じだ。

 一言で言うならその見た目はだ。


「私と共に……魔獣を倒してくれないか!」


 少女はいきなりそう言った。

 焔は唐突な発言に、驚きを超えて呆れ、笑いだした。


「ふっ……ははっ」

「なっ、何がおかしい!私は本気だぞ!」


 焔は少女の肩を叩いた。


「まだ可愛げがあるうちなら、そういうの許されるからな。中坊になったらそんな事すんなよ」


 そう言って焔は少女の元を離れようとしたが、少女はなんと着いて来た。


「だから、魔獣退治ごっこはしねぇよ。お嬢ちゃん」

「私は本気だ!本当に魔獣を君に退治して欲しい!君には常人を超越した魔力が備わっている!だから君でないと魔獣は倒せないのだ!」

「あのなぁ、いきなりそんなに新情報をペラペラ並べてもわかんねぇんだよ、何がどうで俺じゃないと駄目なんだよ」


 流石の焔も少女の言う事に飽き飽きし始めたが、少し付き合ってやろうと思った。


「……すまない、私が悪かった。君の家に上がって、ゆっくりお茶でも飲みながら話そう」

「いやなんで俺ん家で話すんだよ」


 すると、少女の腹から音がなった。

 それはそれは大きく、空腹なのは明らかだった。


「…ったくしゃあねぇな。俺ん家喫茶店だから適当に食わせてやる。さっさと来い。というか、お前名前なんて言うんだ」

「フレアだ」

「……本名は?」

「本名だ」


 焔は渋々メモリアに戻った。

 焔の部屋に戻ると、とりあえず荷物を片付け、1階からお茶を入れて、フレアに与えた。


「おらよ、粗茶だけど」

「ありがとう。それじゃあ詳しく話してやろう」

「なんで上から目線なんだよ……」


 焔は渋々話を聞き始めた。


「まず、魔力についての説明から始めよう。魔力は全ての人間が持っているがほとんどは水1滴ほどでほとんど身体の中には無い。魔力が多いのは、かなり珍しいんだ。そして、魔獣は特定の人間が死に、蘇った異形の獣だ。魔獣は、人の体にある魔力を喰らい生きている」


 焔は粗茶を飲みながら話を聞く。


「そして、私は見ての通りその魔獣を倒す為に居る魔法少女だ。だが、私には戦う力がない」

「は?」

「私には無いのだ、そう言う敵を攻撃する力が、さらに正確に言ってしまえば。私は剣だ」


 焔はお茶を吹き出し、咳き込んだ。


「ちょっ、何言ってんだお前。魔法少女って戦えるもんだろ。ってか剣ってなんだ」

万聞まんぶんは一見にしかず。まぁ見てくれ」


「1つから2つくらい桁が多いぞ」


 すると、フレアは光に包まれた。

 焔はあまりの眩しさに目をつぶった。

 眩しい光が消えて、目を開けると、そこには赤く光る剣が転がっていた。


「これが……お前?」


 焔が剣にそう呼びかけると、剣からフレアの声聞こえた。


「ああ、これが私の本来の姿だ」


 焔は剣を握りじっとみる。


「……そろそろ戻りたいのだが」

「あ、ああ悪い」


 焔は床に剣を置き、少し離れた。

 そして剣はまた眩しく光だし、フレアの姿に戻った。


「私は常に魔法でこの姿になっている。要するに九十九神みたいな物だな。そして剣を扱うには魔力が多いお前しか握れない。だから、君に魔獣を倒して欲しいのだ」

「なるほど……」


 焔は粗茶を飲み干し、少し考えた。


「どうだ、私に協力してくれるか」


 焔はきっぱりとこう言った。


「無理だな」

「え………」


 フレアは意外な答えに驚いた。


「何故だ?!人を食らう魔物を倒せるんだぞ?!人が殺されても良いと言うのか?!」

「それじゃあお前は、人に命を奪わないで生きろと言えるか?」

「それは……」


 フレアは黙り込んでしまった。


「だろ、俺ら人間だって、牛や豚、植物なんかの命を奪って生きてる。それなのに人間はそう言う弱肉強食の関係からから外れてると思ってるのか? そんなの俺は違うと思うんだ。人間だって人間を殺すし、ほかの獣に食われることもある。だから、魔獣もその自然の摂理にのっとって人を食って良いんじゃないのか? それともあれか? お前はどんなに人間を食べない優しい人畜無害な魔獣でも殺すってのか?そんなの、人間が人間を殺してるのと同じ事じゃねぇか。魔獣だからお前みたいな存在に殺される。そう言うのは、俺は絶対間違ってると思う」


 フレアは焔の言葉に何も言い返せなかった。


「わかった。また別の人間を探すよ」

「そうか、ならそうしな」

「………最後に聞いても良いか?」

「ああ、なんだ?」

「お前の名前はなんだ」

「……焔三幸だ」

「焔……三幸か、覚えておくよ」


 フレアは焔の部屋を去った。

 その足取りはどこか重たそうだった。

 焔は窓の外を見て、帰るフレアを見ていた。


「言いすぎたかもな……」


 焔は少しだけ、罪悪感を覚えた。


 その夜。

 結衣は、サッカークラブの練習で遅くなり1人で夜道を歩いていた。


「くいな……ちゃんとご飯食べてるかな……」


 すると、歩道の向こうに誰かが居た。


「あっあなたは」

「義弘……さん?」

「おやおや、奇遇ですね。私もさっきまで塾でしてね。今は暗いですし、2人で帰りますか」

「あっありがとうございます」

「例のアレも出てきそうですし」

「あ、ああ……」


 2人は一緒に夜道を歩いた。


「あなたは夜遅くまで何を?」

「サッカークラブに入ってまして」

「へぇ、女の子なのに凄いですねえ」

「こう見えてわがまま言って入ってるんで。うち、そもそも両親亡くなってて、監督に養って貰ってて、それでサッカークラブにも居させて貰ってるんですから……もうただのわがままばっかりですよ」


 義弘は少し微笑んだ。


「ふふっ、そうなんですか、でもいいじゃないですか。人生1度きり、そう言うわがままを言うのも悪くない」

「そう……ですか」

「ここから行くと信号を渡らなくて済みますよ」

「えっ、そうなんですか?」


 義弘が指さす道は夜道でも一層暗い路地裏だった。

 結衣はとりあえず義弘について行った。


「ここはあまり知られてなくて、通りやすいんですよ」

「よく知ってましたね、こんなところ」

「ええ、ここが良いんですよ」

「良い……?」


 しばらく歩くと、道は行き止まりになっていた。


「あれ、義弘さん。行き止まりなんですけど……」

「ええ、良いんですよ。これで、


 すると、義弘の顔に模様が浮かび上がり、身体が粘土のように変わっていった。


「なん……ですか……」


 義弘は牛の骨格の様な頭に三日月のような2本のツノを生やし、両腕にも鎌のように尖った角を持つ怪物へと変化した。

 それは正しく、噂どおりの牛男だった。


「だから、言ったでしょう?噂は案外、本当だと言うのは」


 結衣は青ざめ、腰を抜かした。


「おやおや、そんなに震えて、良いですねぇ」


 義弘は結衣に右腕の角を刺そうとしたが、結衣は何とか避ける。

 右腕の角は塀に突き刺さり、塀のコンクリートが脆く崩れ落ちる。

 結衣はすぐに警察に連絡しようとしたが、義弘に吹き飛ばされ、壁に強く打ち付けられ、携帯電話を地面に落とし、手元から遠く離れてしまった。


「さて……もう少し悲鳴をあげて欲しいものですが……まあいいでしょう。それにしても、あなたの魔力は活きがいいですね。図書室の時からずっとそうだった……」


 義弘は結衣の首を掴み上げ、じわじわと首をしめていく。

 喉がじわじわと潰れ、結衣は息が出来なかった。


「た……すけ……」


 結衣が何とか助けを呼ぶと、義弘に何者かが体当たりしてきた。

 それは、フレアだった。


「だ、誰?!」

「そんなのは後だ!早く逃げろ!」


 結衣はすぐに逃げようとしたが、足がすくんで上手く立てない。

 あまりの怖さに腰が抜けていた。


「おやおや、あなたのような少女に何が出来るのですか?」

「私に力は無い。でも、諦めない心がある!」

「そうか、その無謀な心がどこまで通じるかな」


 義弘はフレアに体当たりし、フレアを吹き飛ばした。

 フレアは壁にぶつかり背中に大きな衝撃が走る。


「焔……」


 結衣は何とか電話を取り、何でもいいと思い、電話をかけた。

 出てきたのは、焔だった。


『あー?なんだ?』

「焔!?助けて!」

『どうした』

「怪物が……牛の」


 少しの間焔の返事が聞こえなかった。


「……焔!?」

『今どこだすぐ行く』

「路地裏!」

『分かった!』

「えっでもめじ」


 電話がプツリと切れた。

 義弘はフレアを地面に引きずり回し、壁に頭を打ち付けた。


「あまりこういうのは好きじゃないけど……仕方ないか、必死に刃向かってきたんだから。これくらい当然だなさてと……」


 義弘は結衣の方へ目を向け、角を結衣に向ける。


「それじゃあ、いただっ!?」


 その時、義弘は自転車に吹き飛ばされた。

 義弘は壁にぶつかり、塀にぶつかり塀は粉々に砕け、その家の庭が丸見えになった。


「今度は誰だ!今日は次から次へとぶつかりやがって!」

「その声は………生徒会長か?」

「お前……小津高校おづこうこうの奴か……」

「お前が魔獣だとはな。なんで結衣なんか狙った」

「簡単な事だ。こいつの魔力の活きがいいからさ、今まで何人もの魔力を食ってきたが、どいつもこいつも腐った肉の様に不味い。だがこいつからはとても美味そうな匂いがするのさ。だから他の奴らに食われる前に俺が頂くのさ」

「……じゃあひとつ聞く」

「……なんだ、冥土の土産か?」

「今まで食った奴らに感謝しているか」

「………は?何に感謝するんだ、人間は魔獣の餌だ。魔獣の方が地位が上なんだよ。人間はな、魔獣にとって搾取される存在なんだよ」


 その言葉を聞いて、焔は拳を握りしめた。


「おい、フレア。起きろ」


 フレアは立ち上がった。


「焔……」

「俺に力を貸せ」


 フレアはその言葉を聞き、心が晴れたような気分になった。


「一緒に戦ってくれるのか!」

「ああ、こんなクズ、俺がやってやる」


 義弘は首の骨を鳴らし、両腕の角をぶつけ、臨戦態勢に入った。


「お前ら……2人で何が出来る」

「おい、生徒会長よーく聞け。人は人として死ぬべきなんだ。お前の勝手で死ぬなんてごめんだな」


 義弘は焔に突進し始めた。

 フレアは剣に変わり、焔の手元に飛んできた。


「死ねぇ!」


 義弘が焔に体当たりすると、義弘は逆に吹き飛ばされた。


「ぐあっ……なんだ……」


 そこには、深紅の髪になり、赤く光る剣を持つ焔が居た。

 焔は義弘に斬り掛かる。

 義弘はそれを腕の角で受け止めようとすると、右腕の角が切断され、さらに腹に蹴りを入れられる。

 先程までの焔であれば出せないような重く強い蹴りだった。


「これが……フレア……お前の力」

「ああ、そうだ。そろそろトドメを刺そう。呪文はわかるな」

「ああ、でも脳みそに直接伝えんなよ、気持ち悪い」

「何を言ってる貴様!」


 義弘はさらに突進するが、避けられ、カウンターで背中を斬られる。

 義弘はUターンし、もう一度突進するが、また避けられる。

 焔は疲れたのか、両肩の力を抜き、脱力していた。

 義弘はチャンスと思い、力を頭の角に全集中させ、角を青い炎に包ませる。


「死ねぇ!!!!!!!!」


 義弘が今までより数倍速い突進をする。

 そして焔と激突する直前、焔は剣を振るい、義弘の腹に刃を食い込ませた。


「魔獣に眠りを《チェックメイト》」


 すると、剣はさらに赤く光り義弘の身体を燃やし尽くした。

 そして焔は更に剣を振り、義弘の身体を真横に切断した。


 義弘の身体は燃え尽き、完全に消滅した。


「……ふぅ」


 焔は剣を置いた。

 フレアは剣から人の姿になった。


「……焔」

「……あっ」


 焔は頭を悩ませた。


「どう説明しよ………これ」


 後日

 焔と結衣とくいなは、またいつもの様に登校していた。


「えぇー!?焔兄ちゃん。牛男倒しちゃったの?」

「まぁな、真っ二つにしてやった」


 くいなはヤキモチをやいたのか焔の足をポカポカと殴った。


「あたいが倒すってきめてたのにー!」

「まっ別の奴らを倒したらどうだ?」

「むぅー!」


 結衣はそんな2人が微笑ましいと思っていた。


「くいな、危ないから何かを倒そうとしないの。にしても、焔が魔法少女と手を組んでたとはね……」

「いやあん時はたまたま組んだだけだ。あんなクズに食われてたら、可哀想だしな。お前」

「その言い方だと、他の魔獣なら私、食われても良いみたいになるけど」

「そ、そうじゃなくてな……」

「冗談だよ冗談。ところであの子は今何してるの?」

「俺ん家でバイトしてるぞ、雄一さんが人手欲しいって言ってたから」

「へぇ、それじゃあまた今度行こうかな」


 まだ焔は知らなかった。

 フレアと出会う事により


 小津の辺境にある廃工場に1人の男が居た。

 その男はTシャツにジーンズ、靴はスニーカーとシンプルな服装だ。

 いかにも好青年という感じであり、体つきも良い。


「また、1人消えたか」


 男は壁に取り付けられたパイプを力任せに握り、潰した。

 すると、天井を歩く学校の制服と思われるセーターを着た少女が来た。顔つきはとても可愛く、今どきの女子高生という感じだ。


「そうか。それはとっっっっっっても嬉しいな」

「お前はいつも天邪鬼だな」

「いいでしょう?」


 すると、廃材の山から1人の男が起き上がる。

 髪は寝癖で乱れており、目にもクマが出来ていて不健康そうな見た目をしている。


「ねぇ眠いからさ、少し静かにしてくれないか?」

「悪いな、ついカッとなってしまった」

「やっぱり僕ら青空の魔獣が野良を統治するべきなんじゃない?自分勝手にしてバレてるような奴も多いし」

「だが、全てはあの方の命令でなければ俺たちは動けないんだ。今も青空の魔獣で集まってるのはこれだけだし」

「そうだね、ほんとにここのメンバーは集まりが早いんだからねえ」

「それは集まりが悪いって解釈で良いか?」

「不正解」

「正解って事ね。まだ昼だし、僕はまた寝るね。おやすみ、ワイバーン。アマノジャク」


 廃材の上に寝てた男はまだ廃材の中に埋もれ、寝始めた。


「全てはあの方の為にだ……」


 男はそう言い、背中に翼を広げた。

 それは竜の様な羽を。

 To Be Continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る