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「すごく良くない?」
「いや、まったく笑えねぇけど」
「笑うやつじゃないんだけど」
複雑に入り組んだ構造の巨大な創作物を前にして、俺の眼球と三谷の眼球はおそらくまったく違う世界を見ているに違いないと確信する。俺の目は「芸術」を捉えない。
広大な里山的風情の土地を舞台にいくつもの美術館や創作物が点在していた。ただのくそ田舎に不自然に現れる彫刻やモニュメントや建造物。意味不明だ。
三谷は終始楽しそうにしていて、こいつが美術系の大学に通っていることを思い出した。俺は三谷の作品とやらを見たことはないし、それほどがつがつやっている風にも見えない。時々髪の毛に粘土の塊のようなものをこびりつけていたり、爪が常に限界まで短く切られているあたりにだけ、なにかしらの創作作業の痕跡があるくらいだった。
死んだ動物の骨を組み合わせてできた巨大な作品を前に、三谷は座り込んで動かなくなった。お目当てのやつらしい。小高い丘の上に突如出現するそれは、生き物の気配を含んでいるせいか妙に気持ち悪かった。
「死は分解。それを構築し直せばまた、新しい誕生になる。いいでしょ、死への希望だよ」
「何言ってるかわかんねーな」
「まぁね、わかんないよ僕も。でも僕が死んだらさ、僕の骨もこういうふうにしてくれない?」
「は? そんなもん墓にぶっ刺しといてやるよ」
三谷はけらけらと笑った。
平日ということもあり、人は少ない。時々遠くにぽつぽつ見えたり、ごくたまにすれ違う程度だった。俺は草の上に寝転んだ。
「中一の時にさ、美術の授業で人物画描いたの、覚えてる?」
また思い出話かよ。俺は無視する。思い出を語る三谷に相槌は不要だ。勝手に喋るので。
「僕が描いた絵、リアル過ぎて気持ち悪いって騒がれちゃって。僕もその時は加減を知らなくて、真面目に写実なんかしちゃったからいけなかったんだけど。それでなんか僕は気持ち悪い奴だってなって避けられたりいじられたりして、その流れで階段から突き落とされて手首折って。大事になるのも面倒だったから自分で落ちたってことにしてたんだけど、ある日桐野くんが陸上部の瞬足エース檜山くんを蹴り飛ばして。『才能の行使がそれに見合った人間にしか許されていないなら、お前のその足はお前には不必要だ』という決め台詞と共に、桐野くんは檜山くんの足の靭帯をどうにかしちゃったんだよね、くくくくっ、はははは!」
心底楽しそうに笑っている。若干の脚色を施された俺の過去が、こんなふうに三谷を愉快にさせているというのは普通に不愉快だった。
「確かに僕を階段から突き落としたのは檜山くんだったよ。でも、なんでそれを桐野くんが知ってたの?」
その声が妙な期待を孕んでいるのがまた鬱陶しくて、あくびだけして無視する。しかしまぁその時のことはよく覚えている。あの後しばらく学校に行けなくなったからだ。
檜山はその件に関しては無関係を主張し続けたし、三谷も自分の不注意による事故であると言ったきりそれを訂正することはなかった。結果的にわけもなくキレる暴力的生徒による一方的な暴行事件として処理されることとなり、俺は危険人物として扱われ、しばらくの間家から出ることを禁じられた。
そこでの学びは確かにあった。この世は一本の直線的な理論を軸にして成り立っているわけではない、ということだ。悪は悪であり、善は善である、というシンプルな構造にはなっていない。もっと複雑に入り組んだ、気色の悪い成り立ちをしているのだと。ただのガキだった自分の、あの頃の吐き気を覚えている。
その時ふと風の流れが変わったので目を開けると、二本の手の平が俺に向かって伸びてきているところだった。三谷が、寝転ぶ俺の首へと掴みかかってきていた。
その手が俺の喉元を触る前に、俺は右手を突き出して三谷の首を掴んだ。三谷は喉からぶぐぉ!という音を出しながら仰向けに倒れた。
「ごぁっごめんごめんごめんごめんごめん……っ!!」
掴んだままの右手を握り締めると、三谷の「ごめん」が歪む。この感じなら片手で握り潰せそうだ。両手ならもっと早くいけるだろう。こいつがひょろひょろした奴でよかった。俺の片手の圧だけで起き上がることすらできずにいる。
ぎりぎりのところで掴まれずに済んだ安堵と、思った以上に簡単に殺せそうなことにほっとする。それから右手の力を緩めずに言う。
「だから、お前が俺を殺す速度より、俺がお前を殺す速度のが速いんだって」
三谷は俺の言葉に左右非対称に口角を上げた。へへっ、という息がそこから漏れる。目が若干泣いているが、殺しても死ななそうな光があった。手を離すと、自分が空腹なことに気付く。
三谷はごへっと咳き込んでからよろよろと体を起こし「もー喉ひゅんってなったよー、怖いよー桐野くん」とぐだぐだ言っている。
「今ならいけると思ったんだけどなー、だめかぁ。桐野くんはやっぱ強いなー頑丈だなー」
「飯。腹減った」
俺のそれを聞くと、三谷は一瞬ぽかんとした顔をした後、弾かれる玉のように笑った。
笑い方にもいろんなバリエーションがあるもんだと感心する。そこには確かに悪をもたらすという意味での邪気はない。が、別の意味での不気味さ、例えば巨大な怪物の気配みたいなものがいつもあって、俺は未だにそっちの方の三谷を掴めずにいるのかもしれないと思った。掴むべき首は、そっちの三谷のような気もした。
適当に飯を食ったのであとは帰路につくだけ、のはずが、三谷が海に行きたいと言い出した。
「日本のこっち側の海、見たことないんだよね。ま、行っても帰ってもどっちでもいいけど。桐野くん決めて」
思い付きなのか計画通りなのか掴めない顔で言う。なぜか試されているかのような空気すらあり、それをぶった切るためにアクセルを踏み込んだ。
「どっちだよ海」
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