銃弾より速く死ね
古川
1
「僕さ、桐野くんがぶっ壊れるところが見たいんだよね」
俺は三谷のその発言をいつもの意味不明な冗談だと聞き流したのだがどうやら違うらしい。電柱に激突してボンネットの左前方が潰れた車内にて、俺は自分の命の危機に背筋を震わせた。
マジのやつらしい。三谷は本気で俺をぶっ壊そうとしている。その証拠に今、まったく必要のない状況で突如ハンドルを切り、わざわざそうしなければそうならない角度であえてアクセルを踏み込んだ上で電柱へと激突した。当てにいっている。俺を潰しにいっていた、確実に。あともう少しスピードが出ていたら今頃俺は助手席でぐちゃぐちゃになっていただろう。
運転席の三谷は「あぁ勢いが足りなかったぁ!」と言って頭を抱えていて、もはやこいつと言語でのまともなコミュニケーションは無理だと判断した俺は、やや歪んだようにも見えるドアを押し開けて車内を脱出する。
「ちょっ、ちょっと桐野くん!? どこ行くの!?」
帰るに決まってんだろうが。
「このへんイノシシ出るらしいから車からは降りないようにってレンタカー屋さん言ってたけど!」
助手席でぶっ潰れるよりはイノシシに食われたい。
「あ! イノシシ! 来てる来てる来てる! 早く車に戻ってぇ!」
そんな嘘に騙されるかバカが。
俺は田んぼ道を進んだ。両側は見渡す限り田んぼ田んぼ田んぼ。その向こうに山山山。その向こうに空空空。美しい風景と言えるかもしれないが、今俺は自分の命の危機から逃れようとしているのだ、それどころではない。だから横からイノシシが突進してきているのにも気付かず、気付いた頃にはくるりと向きを変えて再び車へ走り戻るしか選択肢が残されておらずそうした。
「危なかったねー。怖いねーイノシシ」
三谷がほっとしたように言う。それから「ごめんねーやっぱ安全運転で行くね。動くかなぁ」と言いながらエンジンをかけ直そうとするのでその腕を横から掴んだ。
「俺と代われ……!」
三谷は俺を見て驚いた表情をしたが、プリンが崩れるようなだらしなさでへらっとした顔になって頷いた。邪魔になった時に自分でざくざくと切っているらしい不揃いな髪の毛が、その肩のあたりでばらばらと跳ねた。
よくわからないタイミングで発動する、よくわからない無邪気さのようなもの。こいつにおける、本当に嫌いな部分だ。
三谷とは小三で同じクラスになった。らしいが俺は覚えていない。
三谷はガキの頃から吹けば飛んで散り散りになって消えそうな弱々しい奴だったので、奴に関する具体的な記憶などまるでない。しかしなぜか三谷は俺に関する俺ですら記憶していないエピソードをいくつも持っていて、ことある事に思い出に浸る感じで語り出す。
掃除をサボる奴の頭の上からちりとりのゴミをぶちまけて「掃除もできない奴はゴミと同等とみなす」と言ってそいつの荷物から何からゴミ箱に突っ込んだ話とか、弱い者いじめをする奴らを「人の嫌がることをする奴は人に嫌がることをされても文句は言えない」と言ってそいつらの給食をひっくり返して回った話とか。
「桐野くんのそういうのが正しいのかどうかはわからないんだけどさ、自分のそういう信念を迷いなく他人に叩きつけることができるっていうの、すごく好きだな」
思い出話の後、三谷はよくそんなことを言う。俺の記憶していない過去の俺を他人が記憶していて何度も咀嚼しているらしい現実はまあまあぞっとする。
小中高を同じ学校で過ごし、大学になってそれぞれ別の場所へと進学したにもかかわらず、なぜか三谷は常に俺の連絡先を把握していて突然電話してきたり家に訪ねてきたりした。特別用事があるわけでもなく、自分の近況を報告したり俺の近況を聴取したりして満足気な顔になって帰っていくのだった。
俺の方は別に三谷に用があるわけでもないしこちらにもこちらの都合があるのでもう来るなと何度も言った。それでも何度も来るのでだんだん来るなと言うのも面倒になってきてその流れが続いたまま今に至る。
「桐野くんと一緒に見たい作品があるんだ」
どこどこの駅まで電車、その後レンタカーを借りてどうのこうの。運転は自分がするからいいよなどと、俺が断る可能性についてははじめから考慮されていなかった。結果的に、のどかな田んぼ道をボンネットが半分潰れたレンタカーで走りながら、なんとかいう美術の祭典的な場所を巡ることを目的とした小旅行に付き合わされている。
電柱への衝突の余韻もおさまって頭が冷静になってくると、この状況への苛立ちが正しく湧き上がってくる。旅行に付き合ってやっているのになぜ殺されそうにならねばならないのか。
これから向かう芸術祭的なものが三年に一度開かれる国際的なでかいやつだということや、どんな作家のどんな作品があるだとかいうことを楽しそうに喋り続けている三谷に低く重く告げる。
「次に俺に危害を加えようとした時は、その一瞬前に、俺がお前を殺すからな」
本気でやる態度には本気で対応せねばならない。電柱衝突に関してはまったく予期していなかったため事前の対処ができなかったが、三谷がそのつもりで来るとわかっている今なら余裕だと思えた。俺がハンドルを握っている限りは三谷の生死は俺が握っているし、この先も諸々握り続けるつもりだ。三谷ごときに殺される俺じゃない。
俺の「殺す」発言に、三谷は小便をちびった子供のような顔をしてからそれを誤魔化すようにくたっと笑って「やっぱり桐野くんはぶっ壊せないかぁ」と呟いて助手席でしょんぼりした顔を見せた。しかしその横っ面はどこか嬉しそうにも見えて、またすべてが面倒になった。
そんなこんなしながらナビに従っていくと、田んぼ道を抜けたその先に突如として妙な形の建造物が現れた。美術館だった。
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