マッチョ売りの少女

「マッチョ~、マッチョはいかがっすかー?」


至る所でマッチョが売られている世界。

この世界では、労働の全てをマッチョによって担われている。


移動する時はマッチョにおんぶされ、時にはお姫様抱っこをされ移動する。

食事の際にはマッチョがブーメランパンツにエプロン姿で料理をし、当然「あ~ん」をしてくれる。

寝る時にはマッチョが野太い声で子守唄を歌い、寝るまでずっと横にいてくれる。


こんな世界で、最もポピュラーな仕事が『マッチョ売り』だ。


マッチョ売りとは、野生のマッチョを狩人から仕入れ、先の通りマッチョを民衆に売る仕事だ。

野生のマッチョは人類が住む地域とは別の未開の大地にて生息している。

マッチョの生態や繁殖方法などは以前不明となっており、マッチョを人工的に増やす事は出来ない。

なので、この世界でのスタンダードとしては、10~30歳程度のマッチョを買い、歳をとったマッチョは野生に返す事になっている。

野生のマッチョに関しては、元来狂暴で人類に従う事はないが、力が強く繊細で、労働力としてはピカ一だ。

では、何故野生のマッチョを売り買い出来るのかと言うと、狩人と言う職業が使う食べ物、プロテインにて餌付けしているのだ。

だが、野生のマッチョは狂暴で最初にプロテインを口にさせるまでは死闘となり、時には命を落としてしまう事もある。

その為、狩人の収入は非常に高いが相応のリスクもあり、また野生のマッチョに対抗するだけの力も必要となり、人気の職業ではあるが人口としては少なくなっている。

その点、マッチョ売りは狩人から仕入れたマッチョに定期的にプロテインを摂取させ売るだけの仕事の為、特に危険なことも無く、誰でも出来る事から非常に多くの人が付く職業となっていた。





「そこのおにーさん、このマッチョなんてどうっすか~?」


私こと加脳筋子(かのうきんこ)、通称脳筋ちゃんは昨日、初めて狩人からマッチョを買い付け、今日からマッチョ売りの仕事を始めた、昨日15歳になったばかりの女の子だ。

私が言うのもなんだが、正直マッチョを見る目に関しては自身がある。

何せ、私の両親は二人とも一流のマッチョ売りだ。

二人は共に、この世界で現在でもトップクラスのマッチョ売りとして、世界各地を回り、上質な筋肉を見極めている。

そうして私は、そんな両親に連れられて、毎日様々な筋肉を目のあたりに、時には触り匂いを嗅ぎ、筋肉に包まれ過ごして来た。

そうして私も、一流のマッチョ売りとなる為、15歳の誕生日に狩人から上質なマッチョを買う事に成功した。

ちなみに、この世界では15歳からマッチョ売りとして働く事が出来るようになる。

そうして、私は15歳になってすぐに、マッチョ売りとしての行動を始めたのだった。


「お嬢ちゃん、このマッチョは何が得意なんだい?あと、触ってみてもいいかい?」


「このマッチョは万能型っす!料理に裁縫に力仕事、それに適度に弾力のある筋肉で抱き枕としても抜群っすよ!」


お兄さんは、マッチョを上から下まで舐めまわすように観察し、そして上腕二頭筋や大胸筋を触ったりして物色している。


「万能型か。それだけ色々出来るなら、それなりに高いのかな?」


「この子は私のマッチョ売りとしての初めての子。だから、銀貨5枚の大サービス品だよ!」


この世界の通貨価値は

銅貨100枚=銀貨1枚

銀貨100枚=金貨1枚

金貨100枚=白銀貨1枚

となっていて、通常平民の1ヶ月の収入は銀貨10~20枚程度だ。

銀貨5枚は収入の25~50%と、決して安い物ではないが、万能型で上質なマッチョは通常銀貨20~30枚程度だ。

銀貨5枚で万能型が手に入る事は、基本的にはあり得ないのだ。


「それは安いねお嬢ちゃん。でも、それだとお嬢ちゃんが大赤字になるんじゃないか?」


「まあ、仕入れ値が銀貨5枚だから、プロテイン代を考えると赤字なんだけど、銀貨5枚で良い代わりに1個だけお願いがあるんだ!」


「お願い?」


「そう、私は加脳筋子(かのうきんこ)って言うんだけど、今日からマッチョ売り始めたから、この辺での知名度って低いんだよね。だから、私の事を宣伝して欲しいんだ、子爵家のおにーさん!」


「ほお、なんで僕が子爵家だと思ったんだい?」


「だって、おにーさんて平民とは立ち振る舞いが違うし、あと服の隙間から見えるその家紋、ダンディー家の家紋でしょ?」


「よく見てるねお嬢ちゃん」


「私、目が良いのは自慢なんだよ!だから、私が選んだマッチョも当然最高品質なんだからね!」


「気に入った、買うよお嬢ちゃんのマッチョ。あと、宣伝も任せておきな。数日後に貴族の集まりがあるから、そこでお嬢ちゃんの事を貴族のみんなに話しておくよ」


「わー、ありがとうおにーさん!じゃあ、おまけにこの特別製のプロテインもつけておくね!」


「このプロテイン…貴族でもめったにお目にかかれない、最高品質のプロテインじゃないか。どうやってこれをてにいれたんだ?」


「んー、それはね、企業秘密だよ♪おにーさんが将来的に私の物になってくれるなら、その時は教えてあげてもいいよ!」


「それは、ダンディー家としてお嬢ちゃんのパトロンになれって事かな?」


「まあ、簡単に言っちゃえばそうだね。でも、まだまだ知名度も実績もないから、今はその時期じゃないいんだ」


「わかった、いつかお嬢ちゃんが一流のマッチョ売りになった時には、僕が…ダンディー家がお嬢ちゃんのパトロンになる事を約束しようじゃないか」


「わー、ありかとー、おにーさん!」


そう言って、筋子は子爵家のおにーさんに抱き着いたのだ。


「こら、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃないか、お嬢ちゃん」


「筋子。私の名前は筋子だよ。筋子って呼んでくれれば良いからね、おにーさん」


「わかったよ筋子。僕はダンディー家が嫡男、鳩胸板尾(はとむねいたお)だ。板尾と呼んでくれ」


「りょっす、板尾さん」


この日はこうして、板尾さんに万能型マッチョを売り、手持ちのマッチョも1筋肉しかいなかった為、その足で狩人組合に向かうのだった。

狩人組合では、常にマッチョ競りが行われていて、向かった時にもパワー型マッチョの競りが行われていた。

マッチョには大きく分けて①万能型②パワー型③スピード型④繊細型⑤包容型の5種類が存在する。

万能型は②~④の全てを備えているが、何か特別に得意な事があるわけでもないが、何でもこなせる為に一番人気の個体だ。

パワー型は工事など肉体労働に用いられ、土木系などの購入が多い。

スピード型はとにかく脚力が強く、郵便系などの購入が多い。

繊細型は料理や裁縫が得意で、特に料理店の購入が多い。

包容型は筋肉の弾力が良く抱き心地も良い為、夜の相手(添い寝)用としての購入が多い。


私としてはどこかに特化して販売をしたいわけではないので、万能型を基本にマッチョ売りをしていく予定だ。

私の父はパワー型やスピード型に力を入れ、大企業を相手に仕事をすることが多い。

母は繊細型や包容型に力を入れ、個人店や個人を幅広く相手にしてることが多い。


そんな競りを横目に、私は奥の部屋に行き、直接購入の場へと足を進めた。

マッチョの買い方は競り、又は狩人から直接購入の二通りだ。

競りは組合がある程度ランクを決めて競りを行う為、安心安全初心者でも間違いが無い購入方法だ。

直接購入は狩人の意向も強く、宜しくない狩人に当たればハズレを高値でつかまされる可能性がある為、初心者には不向きとされている。

だが、私には両親との生活で身に着けた、この目がある。

狩人にハズレをつかまされる事なんてありえないのだ。

そうして、私は奥の部屋へと行き、一人の狩人へと声を掛けたのだった。

いかにもガラが悪い、スキンヘッドで片目が潰れているアウトローなおっさんだ。


「久しぶりだな、頭目!」


「筋子ちゃんじゃないか、久しぶりだな!」


そう、このおっさんは父の取引相手の一人だ。

こんな見た目だが世話好きで優しいおっさんだ。


「頭目、今日は万能型は入ってるか?」


「そうだな、Sランクの万能型はいないが、AAAランクの万能型ならいるぞ」


「よし、そのマッチョ買った!」


「いいのかい?AAAランクだから、安く出来ても銀貨60枚だぞ?」


「良いんだよ!近いうちに貴族に近づける可能性があるから、AAAランクも必要なんだ」


「そうか、じゃあ特別に銀貨50枚にまけてやるよ」


「良いのか頭目?ありがとうな!」


板尾に売ったマッチョはAランクマッチョだ。

S、AAA、AA、A、B~Fとランクされているマッチョ。

Aランクでも基本的には貴族しか購入しない高級品だ。

AAランク以上となると、販売価格としては金貨1枚を超えてくるため、貴族でも一部の者しか購入出来ない。

他にもAランク以上のマッチョを複数購入し、合計で金貨5枚分のマッチョを購入していったのだった。




数日後、板尾は筋子との約束通り、貴族の集まりで筋子の宣伝をしていった。

板尾の話を聞いた一部の貴族が筋子に興味を持ち、その後筋子の所に行くこととなった。




「やあ筋子、久しぶりだな。この間話していた貴族の集まりで筋子の話をしたら、こちらの方々が筋子に興味をもったとの事で、本日お連れしたぞ」


「わー、板尾さんありがとー!」


「君が筋子ちゃんかい?ずいぶん若いね。今日はどんな筋肉がそそっているんだい?」


「私、まだ15になったばっかりなんすよ!今日はA~Sランクまで取り揃えてますよ~♪」


「なんと、Sランクもいるのかい!!是非見せてくれないか!!」


「もちろんオッケーっすよ、こちらにどーぞっす」


そうして、筋子は貴族の面々を店の裏のスペースへと連れて行った。

そこには多くのマッチョが所狭しとひしめき合っていた。


「この子が今の目玉のSランク万能型マッチョですよ~」


ひしめき合っている中でも、一段と黒光っているマッチョを指して言う。


「ほお~これは素晴らしい!!なんという美しい筋肉!色艶も完璧!このマッチョはいくらだ?」


「その子は目玉何で、出来れば他の子も見てほしいっていうか~」


「当然、他のマッチョも買うさ!そうだなSを1筋肉、AAAを1筋肉、AAを5筋肉、Aを20筋肉購入しようじゃないか」


「マジっすか!?めっちゃ太っ腹じゃないっすか!!」


「この品質を見れば当選だ!それで、今のでだいたいいくらになるんだ?」


「そっすねー、通常の販売価格だと金貨20枚に銀貨80枚っすけど、これだけ買ってくれるなら銀貨80枚はサービスで、金貨20枚でどうっすか?」


「よし、それで買おう!」


そう言うと男は、懐から金貨20枚を出し支払いをしたのだった。


「マジ太っ腹じゃないっすかー!」


「これだけの上玉揃いのマッチョだ。今買わないでどうするんだ!」


「よかったな筋子。彼は公爵家の嫡男、男尻鳴雄(だんじりなるお)様だ。彼とパイプを持つのは非常に筋子の為になると思うぞ」


「板尾さん、マジ感謝っす!」


そうして、他の貴族のマッチョ買いも終わり、本日の売り上げはトータルで金貨40枚程となった。

その後は、公爵家の男尻様の口利きもあり、王家との取引も行う事が出来るようになり、私はこの国で上位のマッチョ売りになることが出来た。


それでも、両親に比べれば私なんてまだまだひよっこも同然。

これからも、色々なマッチョと出会い筋肉に囲まれ、時には筋肉に抱かれながら明るい将来を描いている。


これからも、素敵な筋肉との出会いがありますように!!

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