第2話 ギャンブラー
「また結構なお金をスッてしまったよ」
僕はバーのママに愚痴をこぼした。
「あんた、そろそろ辞めたらどう?スロットで生計立てるとか普通の人間には無理に決まってるでしょ。それこそ特殊な才能がある人じゃないと」
ママは至極真っ当なことを言いながら、ウイスキーを用意した。
「もういい加減ツケでばかり飲まないでね」
ママはウイスキーを僕の目の前に置いた。
僕はママに入れてもらったウイスキーを飲みながら「でも、僕がスロットで勝てば全部払うよ」と大口をたたいた。
ママは呆れた様子で自分の食べるつまみを用意していた。
「ママ、そこにあるチーズ美味しそうだね。
一つちょうだいよ」
僕は図々しくもお願いした。
「あんたにこれはちょっと危ない気がするけど…」
ママは渋々チーズを取り出し、僕の前に置いた。
「うぁ、ラッキー!ありがとう!ママ!」
僕は迷わずチーズを口に入れた。
「うぇ、くっさー!」
僕は慌ててウイスキーで流し込んだ。
「あんた、馬鹿!ちゃんとチーズの説明も聞かずに食べたわね。後で大変なことになるんだから」
ママはえらく慌てた様子だった。
「痛っ!」
僕は頭を抱えた。
凄く頭が痛い。さっきのチーズが危険というのはこう言うことか。
「あんたが今食べたのはチートチーズって言ってね。あんたの脳に作用して特殊能力(スペック)を覚醒させてくれるの。そのスペックはあんたの願望を叶える為に役に立つはずなんだけど…」
ママはチーズの説明をした。
「マジで?ママ」
僕はそういうと意識を失った。
「あんた、いい加減起きなさい。もう終電終わったわよ」
ママが乱暴に僕を揺さぶる。
「ちょっと、揺らさないでよ。頭が痛いんだから」
「それは自分がチーズを無理矢理食べたからよ。で、あんた今晩どうするのよ?もう遅いし、うちに泊まっていく?」
ママは畳み掛けるように言った。
「いや、タクシーで帰るよ」
僕は冷静に考えて身の危険を感じたので即答した。
*
僕は家に着くと水を飲もうと思い、コップを取り出した。その時、手が滑りコップを落としてしまった。
ガッシャーン!
ガラスのコップは割れてしまった。
しかし、僕は割れたコップを見つめながら、さっき起きた不思議な現象を思い出していた。
僕がコップを手から滑らした時、時間の流れが変化しスローモーションになったように感じた。
コップがゆっくり床に落ちていった。
普通なら一瞬の出来事のはずなのに凄く長く感じた。
これは一体なんだ?まさかママの言っていたチートチーズの効果か?
気になった僕はすぐにママにLINEをした。
すると、ママからすぐに返事がきた。
それがあんたの特殊能力(スペック)よ♡
危機感を感じたり、集中したりするとあんたの脳が高速で情報処理して時間の経過が遅くなったように感じるのよ♡
動体視力が尋常じゃないぐらい強化されているんじゃないの?スペック名は超動体視ってところかしらね♡
僕はママからの返事を読みながら、なるほどと納得した。
凄いぞ。これは使える。このスペックがあればスロットの動きを読むなんて朝メシ前だ。
僕は財布、スマホ、家の鍵だけを持って部屋を飛び出した。
早くスロットがしたい。その一心で走った。
「よし、やるぞ」
僕はスロットマシンの前に気づいたら座っていた。
僕はスロットマシンのレバー下げた。
よし、僕の超動体視発動!
すると、マシンの動きがスローモーションになりはじめた。
りんご、バナナ、スイカ…
スロットに表示される絵柄がよく見える。
これはいける。僕はボタンを適切なタイミングで押した。
「やったー!!」
絵柄が全て揃った。僕はひとりで大喜びをした。
結局、僕はこの1日で20万円近く稼いだ。20万円と言えば、僕の毎月の手取りよりも多い。今手に入った20万を見ると今後会社で働く必要性があるか疑問に感じはじめていた。
正直なところ、僕は会社を辞めたい。毎日上司には怒られ、帰りも遅く、楽しみと言えばスロットぐらいなもんだ。
仕事が無駄に忙しいせいで彼女を作ろうにも時間がないし、女の子と遊ぶお金もない。
僕は気がつくと、「会社 辞め方」とGoogleで検索をかけていた。
「いやいや、ちょっと君何言ってんの?今繁盛期だよ。わかるよね。なんで急に会社辞めるの?」
上司の松田は焦っているようだった。松田の部下が辞めるのは今年で3人目になる。ここまで続くと流石に人事評価に傷がつくのだろう。とにかく僕の退職を止めたいようだった。
「そう言われましても、もう心に決めたことてすので…」
僕は松田の意に反して折れなかった。
僕はこの一ヶ月後に退職した。
仕事がない毎日は凄く楽だ。
毎日、朝早くから起きる必要もないし、月曜日の憂鬱も金曜日の憂さ晴らしも必要ない。ちょっとお金が欲しかったらスロットをすればいい。今の僕は負けることはない。
お金はいくらでも作れる。僕は欲しいものは大体手に入れてることが出来た。
まず僕はスロットでラスベガスに行く旅費を稼いだ。ラスベガスで勝てばもっと効率的にお金が得られると思ったからだ。これは成功した。僕は何十億も稼ぐことが出来た。
このお金で都内にタワーマンションをキャッシュで買った。
僕はそのマンションで毎日のように綺麗な女の子を呼んでパーティーをした。
どうやらお金がこれだけあれば大抵の女はどうにかできるらしい。
あんなに綺麗な子たちがお金持ちの僕になら簡単に身体を差し出す。
サラリーマン時代に散々無視されてきたようなSランクの女達が簡単に攻略できる。
僕は完全にチートな人生を歩み出していた。
*
「ママ、本当にありがとう。あの時、チートチーズをくれたおかげで僕はこんなにお金持ちになれたし、超幸せだよ」
僕はママに今までツケを払うのと同時に年代物のワインを渡した。
「ありがとう。あんた、かなりお金持ちになってしまったようね。こんなワイン簡単には手に入らないでしょ?」
「いや、こんなワイン、今の僕にとっては大したことないよ」
僕は笑みを浮かべた。
「あんた、あんまり調子に乗ると痛い目見るわよ。チートスペックは使い方を間違うと、人生をめちゃくちゃにするんだから」
「それはどうかな?チートスペックで不幸になる奴はきっと頭の悪いんだよ。僕みたいに賢く使えば何も危なくないよ。そうだ。ママ、久しぶりにいつものウイスキーを入れてよ」
僕はママにお願いした。
「本当に調子に乗ってるわね」とママは呆れ顔を浮かべ、ウイスキーを用意し始めた。
僕はママに入れてもらったウイスキーをグビグビ飲み、たまには普通のウイスキーも美味しいなぁと感じた。
最近の僕といえば、美女と飲む高級なお酒ばかりだ。たまにはオカマのママと飲む安い酒も悪くない。
彼女達とドンチャンしながら飲むお酒はどこか寂しい。オカマと飲むお酒はどこか温かな気持ちになる。
僕はこんなにもお金も女も手に入れたのに足らないと感じてしまっている。
人間って奴はどこまでも強欲だなぁと思い、ウイスキーを飲み干した。
「ママ、ありがとう。そろそろ帰るよ」
「あら、今日はやけに早いわね」
「うん、美女と予定があるんだよ」
僕はママにニコッと笑った。
「あんた、本当にそれでいいの?寂しそうよ」
ママは心配気な表情を浮かべた。
「ママ、何言ってるの?僕はこんなにもハッピーだよ」
僕はそういうとバーを後にした。
*
「痛っ!」
僕は頭を抱えながら目を覚ました。
昨夜も結局、女の子を何人も呼び出してドンチャン騒ぎをしてしまった。
ベッドを共にした女の子からの手紙がテーブルの上に置かれていた。
丁寧に感謝を述べられていた。文末に「由美より」と書かれていたが、今この瞬間に僕は彼女の名前を知った。
僕は痛みのせいでほとんど回らない頭を抱えながら、外でコーヒーを飲むことにした。
ふと目についた読みかけの本を持って家を出た。
適当なコーヒーチェーン店を見つけたので、そこに入ることにした。
少しドンチャン騒ぎばかりの自宅から離れたかったのだ。
コーヒーを飲みながら読書なんていつ振りだろうか?
お金をやたら使って遊びまくるのにもちょうど飽きてきたところだったので、心の底から読書を楽しめた。
よし、これからはもう少し真っ当に生きるぞ。僕は心に誓った。
明日、ハローワークでも行って仕事でも探してみようかと思った。
僕は自分自身がチートスペックに支配されていたことに気がついた。
そんなことを考えながらコーヒー屋を出て少し散歩していると、小学生の女の子がボールを追いかけて道路に飛び出すのが見えた。
「危ない!!」
車がボールを追いかける女の子に向かっていた。
このままだとあの子はひかれる。僕は超動体視のおかげですぐにわかった。能力の効果で既に時間がゆっくり流れ出していた。しかし、このスペックは身体の動きを高速化することはできない。間に合うかわからないが僕の足はは女の子の方へ向かった。
よし、まだ間に合いそうだ。僕は車よりも早く女の子のそばまできた。しかし、これは女の子は助かっても僕は車にひかれるな。僕はそんなことを冷静に考えながら、女の子の背中を押し、車にひかれない位置まで移動させた。これなら彼女はせいぜい擦り傷ぐらいで済むだろう。もう間も無く車が僕の身体に激突するはずだ。やっぱり痛いのかなぁ、嫌だな。せっかく人生これからやり直そうと思ってたところだったのにな。そう言えば、ママが調子に乗りすぎるなって言ってたよな…こんなことを超スローな世界で考えていると、突如僕の意識は途絶えてしまった。
あれ、ここはどこだ。やけに真っ白な天井だな。ピコン、ピコンと電子音が鳴り響いていた。
「あっ、目が覚めた!」
女の人の声がした。
僕はベッドに横たわっており、横に長髪の綺麗な女の人がいた。どこかで見覚えのあるような顔をしている気がしたが、たぶん気のせいだろう。
彼女は僕の横にあったケーブルの付いたボタンをカチッと押し、誰かに話しかけていた。
しばらくすると、医師や看護師が集まってきた。どうやら、僕は車にひかれてからこの病院に搬送されたらしい。
しかし、助かるとは思わなかった。確実に車にひかれる瞬間は死んだと思った。
*
「という訳で、僕はあの後死にかけたんだよ」
僕はオカマのママに自分の身に降りかかった事件の一部始終を話した。
「あんた、本当に助かって良かったわね。それにしてもあんたが子どもを助ける為に自分の命を犠牲にしようとするなんて信じられないわ」
ママはやけに驚いた様子だった。
「僕だってそう思ったよ。でも、気がついたら子どもを助ける為に足が動き出してたんだ」
「いやー本当に立派よ。チートチーズによって覚醒した力も正しく使えているわ」
ママは二杯目のウイスキーの準備を始めていた。
「ママ、報告はまだ終わってないよ」
僕はママの目をまっすぐみた。
「えっ、まだ何かあるの?」
ママは目を見開いた。
「実は、警察官になる為に公務員試験を受けようと思うんだ。きっとこのスペックは警察官になればかなり役に立つと思うんだよ。今回の一件みたいに誰かを助けたりもできるというのもわかったからね」
僕は少々ドヤって言ってしまっているのを自覚した。
「あんた、良い顔になったわね。しかも、薬指には指輪までついているじゃないの?男は守るものがあると強くなるわね〜」
ママは嬉しそうに言った。
「そんなんだよ。実はママ…」と僕が言うと、ママは言葉を遮り、「皆まで言わなくていいわよ。急に可愛い娘もできて良かったわね」と言った。
チートチーズ @noberu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。チートチーズの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます