チートチーズ

@noberu

第1話 モテ期

「このくっさいチーズを騙されたと思ってお食べなさい」

オカマのママが僕にチーズを差し出す。

僕はママの言う通りにチーズをかじった。「くっさ!」

僕はハイボールでチーズを胃に流し込んだ。

「これはね。チートチーズって言って味は酷いけど、あんたの人生を美味しくチートにしてくれるチーズなの」

またママが訳の分からないことを言っている。

「あんた信じてないでしょ。あたしにはわかるんだから」

ママは自分のグラスにウィスキーを注いだ。どうやらママは僕の心をお見通しのようだ。

「じゃあ、ママ教えてよ。人生をチートにするって僕はこれからどうなるの?」

僕はもし本当にチートになるのだとしたら、どんなふうにチートになるのか気になって聞いた。

「あんた、今悩んでいることあるでしょ?それを解決する為のスペックがもうすぐ手に入るわよ」

ママはウイスキーを喉に流し込んだ。

その時、僕を頭痛が襲った。

「痛っ!」僕は頭を抱えた。こんなに痛いのは人生ではじめてかも知れない。やばい、意識が飛びそうだ。

「ママ、これは?」

僕は痛みに悶えながら聞いた。

「チートチーズ効いてきたみたいね。安心しなさい。その頭痛はもうじきに収まるわ」

ママはそういうけどこの痛みが本当に引くというのは信じ難かった。

視界に光がチカチカするのが見えた。自分の脈がどんどんわかりやすく強くなっているのを感じた。

「ママ、これヤバイやつじゃない?」

僕の意識は飛んでいってしまった。



「あれ、ここはどこだ」

僕は目を覚ますと周りをキョロキョロ見渡した。僕の肩にはブランケットがかけられていた。

「どこだじゃないでしょ。あんた寝過ぎよ。もう終電も終わったわよ」

思い出したぞ。ママにチートチーズなるものを食べさせられてから頭が痛くなり、眠ってしまったんだ。

「ママがくれたチーズでこうなったんじゃ…」

僕がママに口答えをしようとすると、ママはそれを制するように「あんたが人生が無理ゲーだの愚痴ばっかり言うからチートチーズをあげたまでよ。自業自得なんだからいい加減にしなさい」

ママは怒りながらも、僕の目の前に水の入ったグラスを出してくれた。僕はママに謝罪と礼をいうと、ゴクゴクと水を飲み干した。

「あんた、今日どうするの?うちに泊まっていく?」

ママは優しく僕に尋ねたが、少し身の危険を感じたので僕はタクシーで家に帰ることにした。



僕はタクシーの中で、ママが言ったことを思い出していた。確かママはチートチーズを食べたのだから特殊能力(スペック)が覚醒しているはずだと言っていた。しかも、このスペックは僕の願望を叶えるのに役に立つみたいだ。しかし、一体どんなスペックが覚醒したのだろうか?どんなスペックが覚醒したかよりも自分の願望について考えてみた方が近道か。僕はそんなことを考えているとうちにマンションの前に到着した。

「お客様、着きましたよ」

タクシーの運転手がボーッと考え事をしている僕に言った。

「あっ、何円ですか?」

僕は財布からお金を出そうと鞄を探った。

タクシーの運転手は珍しく若い女の子だった。よく見るとなかなか可愛らしい子だ。何故僕はタクシーに乗る時に彼女の可愛らしさに気がつかなかったのかと少し悔やんだ。

「1800円です」

彼女は可愛らしい声で応えた。その時、彼女とミラー越しに目が合った。するとその瞬間、僕の頭の中に一つのイメージが飛び込んできた。

涙を浮かべる彼女。病室で横たわる男性。「お父さん!」と言いながら男性の手を握る彼女。周りには看護師、医師がいる。彼女の大きな瞳から溢れて出る涙。

僕は財布からお金を出し、彼女に手渡す時に声をかけた。

「辛いことがあったんですね。お父さん、まだ若かったのに…」

「えっ、どうして…」

彼女は涙が溢れそうになるのを堪えた。

「すみません、何となくそんな気がしたもので」

僕は理由にならない理由を述べた。

僕らは車内でしばらく話した。彼女のお父さんはガンで亡くなったみたいだ。発見が遅れた為かなり進行してたみたいだ。余命3ヶ月ということだった。彼女は、お母さんを小さい頃に事故で亡くなっており、お父さんが一人で彼女を育ててきたみたいだ。そんな唯一のお父さんが急に余命3ヶ月と言われてもなかなか現実を受け入れられず辛かったんだろう。

僕は帰り際にLINEのIDを書いたメモを渡した。「もし、辛くなったら連絡ください。話ぐらいなら聞けるので」

彼女ははっとした様子で「ありがとうございます」と深くお辞儀をした。

「あ、でも迷惑だったらそのメモ捨ててくださいね」

僕は彼女の顔を見ずに言い残し、その場を立ち去った。



翌朝、僕は目を覚ますと2件のLINEが届いているのを確認した。

一件はオカマのママからだ。チートチーズを食べた後どうだったかと僕の身体を心配した内容だった。

僕は心配してくれたママに大丈夫であることを伝えるメッセージを送った。

もう一件はタクシー運転手の彼女からだった。

昨日のお礼が長文であるものの読みやすく丁寧な文章で書かれていた。

僕は彼女ともっと親密になれる未来を少し妄想したが、モテない僕がここで何かしても良いことなんかないので簡単な返事を送ることにした。


僕は今29歳で未だに女性経験がない。大学時代に少しだけいい感じになった女の子はいるが結局付き合うには至らなかった。いわゆる彼女いない歴史=年齢ってやつだ。

自分で言うのもあれだが顔もそこまで悪くはないはずなのに彼女ができることはなかった。きっと相当なイケメンでない限り、男が必死こいてアプローチしないと彼女なんかできないんじゃないかと思う(できたことないから真偽の程はわからないが)。

そんな僕がLINEのIDを女の子に渡すことに成功したのは29年間で最大のイベントかも知れない。しかも、相手からLINEが届いているのは凄いと思う。


そんなことを考えていると、彼女から返信が来た。

僕は想像以上の即レスに少し気持ちが高揚してるのを感じながらスマホの画面をタップした。

「もし、迷惑でなければまたは会ってお話したいです」

僕は自分の目を疑った。

「えっ、これってまた彼女と会えるわけ?」

僕は一人で呟いた。いや、心の声が漏れ出たというべきかもしれない。

僕は彼女と食事の約束を取り付けた。

僕らは案外気が合うらしく、好きな映画や本など話題には困らなかった。


とういうのは大嘘で、実は僕のスペックは相手の心の中にある印象的なイメージの一部を観ることできるというものだった。

なので、映画の話題になれば彼女の好きな映画の情報が僕の脳に流れ込む。

その情報を元に話題を広げれば会話は盛り上がるに決まっている。

この女性経験のない僕でもこんなに女の子と楽しく会話ができる。

こんなにも幸せなことはない。

そして、僕らは何の苦労もなく自然と結ばれた。

僕の部屋のベットで眠る彼女を見ると、僕は更に幸せな気持ちになった。

はじめての相手がこんなに綺麗な子で良いのだろうか。

僕はそう思いながらもうひと眠りすることにした。



「ママ、本当に人生がチートになったよ」

僕はチートチーズをくれたママにお礼を言った。僕は今最高にモテ期であることをママに話した。

「良かったわね。あんた、やけに男臭くなったわね。色気が抑えきれてないわよ」

ママはウイスキーをゴクリと飲んだ。

「それにしてもあんたの能力が心象接触とはね」

心象接触とは僕のスペックの名前だ。

目の合った相手の心の中にあるイメージを読みとることができる力だ。

「僕もこの能力が覚醒した時は驚いたよ。あんなに簡単に女の子を落とせるなんて最高の能力だね」

僕はこの時既に何人ものセフレを持つまでになっていた。

僕はこの心象接触を私利私欲の為に使い出していた。でも、今まで非モテの人生だったんだ。これぐらい美味しい思いをしないと帳尻が合わない。僕は自分自身のモラルのない行動に言い訳をつけていた。


「あんた、調子に乗ったらダメよ。きっと痛い目を見るわ」

ママが僕にキツく忠告をした。

「わかってるって。バレないようにやってるから。誰も傷ついてないよ」

僕はそういうと、スマホに届いた何十件もの女の子からのLINEを確認した。

「だって、みんな良い子なんだよ。今日は加奈子ちゃんの家に遊びに行くんだ」

「もう好きにしなさい」

ママは呆れた様子だった。

「加奈子ちゃんはちょっとメンヘラ気味だけど巨乳でスタイルが凄いんだよ」

僕は調子に乗ってベラベラと喋っていた。



僕は加奈子の家に着くと、会話もそこそこにしてシャワーを浴び、ベットに向かった。

ベットでやることなんか決まってる。数ヶ月前の僕では考えられないが、僕は彼女の身体をインスタントラーメンより手軽に楽しんだ。

僕は少し疲れたので、加奈子とゆっくり会話することもなく眠ってしまった。

朝起きると加奈子が朝食の準備をしていた。

「おはよう」

僕は頭かきながら言った。

「おはよう。朝一でこんなこと言いたくないんだけど、私以外の人と遊んでいるよね?しかも、何人も数え切れないぐらい」

加奈子は僕のスマホを握りしめていた。

「おい、ちょっと待てよ。勝手に見たのかよ」

僕はスマホを取り返そうと近寄った。

「勝手に見たかじゃないよ。こんなこと酷いよ」

加奈子は目に涙を溜めていた。

その時、加奈子の心が僕の頭の中に流れ込んできた。


「うぁ」

僕は咄嗟に目を閉じ、頭を抱えた。

加奈子が今まで沢山な男に裏切られてきた経験が僕の脳に入ってくる。悲しかったイメージが沢山入ってくる。脳がパンクしそうだ。苦しい、辛い、辛すぎる。

「やめてくれ!」

僕は意識を失った。


僕は目が覚めても目を開くことはなかった。

恐らくここは病院かどこかなんだろう。

アルコール消毒の臭いや心拍数を測る機械の音が聞こえる。

「もう人間の目は見たくない」

僕はひとり病室で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る